経絡という見方──筋膜は経絡とつながっている、とはどこまで言えるのか

はじめに

筋膜が経絡の実体ではないか。この仮説を読んだのは2018年6月です。ダニエル・キーオン(Daniel Keown)の『閃めく経絡』の日本語版が出た直後に買い、すぐに読み終えました。

ただ、経絡そのものを学んだのは、その5年前になります。2013年、ヨガの指導者養成の課程の中でした。順序が逆になっています。

私はアシュタンガ・ヴィンヤーサ・ヨガを定期的に練習してきました。経絡は、その実践の延長で出てきたものです。正直に書くと、当時の私は経絡に全く興味がありませんでした。ワークショップで学んでいましたが、求めていたのはポーズ(以下アーサナ)が深まることで、氣の通り道の話ではありませんでした。

その後、ヨガのアーサナを練習するだけでは上達できないことがわかり、ロルフィングへ向かいます。筋膜のパターンそのものを扱う方法の探究が始まりました。さらに、東洋医学から遠ざかっていきます。

ところが、経絡の考え方の方が徐々に入ってきました。

このページは、経絡をどこで、どういう形で入ってきたのか?をまとめたものです。入口は五つ、8年分あります。並べてみて分かったのは、私が経絡を選んだ場面が一度もない、ということでした。

やがて筋膜ともつながっていきます。その点については最後に

五つの入口

まずは、五つの入り口から紹介します(以下、敬称略)。

時期どこで何を学んだか
2013年8月経絡ヨガ インストラクター養成講座(阪崎義勝、金子賀津子、ホリスティックヘルスケア研究所)12経絡に対応するアーサナ、体軸論、五行色体表
2013年11月陰ヨガ ティーチャートレーニング(サラ・パワーズ、Under The Light Yoga School)中国経絡理論、気、陰陽、五要素、臓器と感情の対応
2018年6月ダニエル・キーオン『閃めく経絡』筋膜こそが経絡の実体ではないか、という仮説
2018年11月〜2021年12月IMAC(佐藤博紀、全11回)可動域による経絡の評価
2019年4月〜10月からだの学校【東洋医学】(安部雅道、全6日)陰陽説、五行説、氣・血・水、経絡、弁証

最初の二つは実技。三つ目は本で仮説として知り、四つ目はどのように測定するか?として。五つ目は理論として。同じ経絡を、四つの切り口で学ぶことになります。

姿勢の差が、経絡を分ける

経絡について、一番最初に触れたのは、経絡ヨガインストラクター養成講座(ホリスティックヘルスケア研究所、以下経絡ヨガ)でした。驚いたのは、アーサナと経絡が一対一で対応していることでした。

長座位で前屈すれば膀胱経と腎経。座位開脚の側屈が胆経と肝経。督脈と任脈は屍のポーズ。12経絡と2経絡が、七つの形にきれいに割り振られていることがわかりました。

面白かったのは、そこから先でした。同じ長座位の前屈でも、背筋を伸ばして胸を張れば腎経、背中を丸めれば膀胱経になります。鋤のアーサナなら、手の平を外上に向ければ肺経、外下に向ければ大腸経。姿勢の名前は同じで、微細な差だけが違います。

手の平の向きと、脚の開き。それだけで対応する経絡が変わります。経絡がどこを通っているかを、姿勢の側から逆に指し示している形です。

このワークショップにはもう一つ、体軸論という柱がありました。運動科学研究所の高岡英夫氏の理論に基づくもので、体軸は身体を横から見て1軸から4軸まであり、3軸は背骨の直前か中を通ります。その位置が、土踏まずの少し後ろから始まり、内くるぶしの間を通り、会陰を抜け、背骨の前寄りを通って、百会を抜ける。

会陰と百会は、任脈と督脈の要所です。体軸という言い方をしていますが、通っている場所は経絡の中心線と重なっています。

そして体軸を作る前提条件は脱力することだ、と教わりました。理由として挙げられたのが、前庭、三半規管、筋紡錘、足裏の圧力受容器です。筋肉に過剰な力が入っていると、筋紡錘からの情報が重力に関する情報を歪めてしまう。だから重力を感じるために脱力が要る、と。

ロルフィングの基礎トレーニングを始めるのは、この1年後です。そこで扱われる Tonic Function は、重力に対して身体がどう応答するかを、視覚と足と内耳の三つ組から見る枠組みでした。同じ受容器の並びを、1年前に聞いていたことになります。

中心を走る、一本の線

その3か月後、2013年11月に、サラ・パワーズ(Sarah Powers)の陰ヨガ ティーチャートレーニングを5日間受けました。ロルフィングの最初のセッションを受ける1か月半前です。

こちらは季節にフォーカスするものだ、というのが当時の私の受け取り方でした。経絡ヨガは12経絡を巡していく。二つを並べて比べていたようです。

陰ヨガで学んだことは、経絡ヨガとかなり違いました。

経絡は Jing-luo で、Jing(経)は通り抜ける、luo(絡)は繋がるもの、網のようにくっつくもの。その働きとして四つが挙げられ、そこに腱と骨を潤すこと、関節に良い効果をもたらすことが入っていました。組織の名前が出てきます。五要素にも、対応する組織が割り当てられます。腱、血液、血管、皮膚、骨と歯、関節の水分。身体の材料が五つに振り分けられている。

臓器と感情の対応も、ここで学びました。五つの臓器それぞれに、不均衡のときに出る感情と、均衡しているときの状態が対で置かれています。腎臓と膀胱なら、恐怖心と知恵。肝臓と胆のうなら、怒りと思いやり。

気については、テッド・カプチャックの『織り手がいない編物』が引かれていました。

matter on the verge of becoming energy, or energy at the point of materializing

エネルギーになりかけている物質、あるいは物質化しかけているエネルギー

そして、督脈と任脈について教わりました。十二経絡と重ならない独立した経絡であり、中医学でいうこの二本が、サンスクリット語のスシュムナー、もしくはセントラルチャンネルにあたる、と。

中心を走る一本の線です。興味深いことに、ヨガの側の語彙と、東洋医学の側の語彙が、ここで同じものとして繋がりました。

仮説が来る

ここから経絡については、5年空きます。

2018年6月、キーオンの『閃めく経絡』の日本語版が出ました。原題は The Spark in the Machine。筋膜こそが経絡の実体ではないかという説を、発生学と現代医学の側から検討した本です。買ってすぐ読み終え、面白かったので同年12月に英語版も読みました。

この本が持ち込んだのは、答えではなく問いでした。経絡がどこを通るかは、ヨガの二つの課程で既に学んでいます。そこに、それは筋膜のことではないか、という別の記述が重なりました。

同じ年の8月に、Erich Blechschmidt の発生学の本を買っています。きっかけは、胎児の発生学について興味があったからです。そして11月、大阪のIMACの内臓クラスで、佐藤博紀さんから発生学を学ぶことになります。半年のあいだに、発生学を三つの経路から学んでいたことになります。

実体を問わずに、可動域で評価する

IMACは、佐藤博紀さん(以下ヒロさん)が開発した方法です。2015年12月から2021年12月まで、6年、21日間学びました。詳しくは総括に書きました。

IMACは経絡から始まっていません。出発点は臨床での三つの疑問で、答えを探していく過程で経絡に行き着いたことです。構造の側から東洋へ向かっている形です。私が受講を始めた2015年の時点で、講座に東洋医学は入っていませんでした。IMACのカリキュラムに入ってくるのは2019年です。

ここで学んだのは、経絡を可動域で評価する方法でした。

方法は西洋、対象は東洋です。可動域は関節がどこまで動くかを角度で見る指標で、機能解剖学の道具です。誰が測っても同じ数字が出て、施術の前と後で比べられます。その道具を、目に見えないと言われてきた経絡に当てる。

東洋医学を西洋医学の言葉で説明しようとした試みは、これまでにもありました。経絡は神経ではないか、リンパではないか、筋膜ではないか。いずれも、経絡が何であるかを言い当てようとするものです。

IMACはそこを問いません。経絡が何であるかは措いて、経絡ごとに対応する筋肉の並びを決め、その可動域を測る。左右を比べ、施術の前後で比べる。実体を規定せずに、測れる形だけを取り出しています。そこが革新的だと思いました。

2019年4月に書いた記事に、肺経の例が残っています。肺に関わる経絡を調べるとき、鎖骨下筋、烏口腕筋、上腕筋、円回内筋といった筋肉のつながりを見ていきます。肺の状態が悪ければ、このつながりのどこかで可動域が取れない可能性が出てくる。左右を同時に調べ、滞りのない側を整えると、滞りのある側が整っていきます。

経絡が、筋肉の並びとして書かれています。

そして磁石があります。経絡の原穴に磁石を置くと、その経絡に関わる可動域が変わる。ヒロさんは、この発見によって意図的に制限を作れるようになり、地図を作っていくことが可能になった、と書いています。磁石は施術の道具ではなく、地図を作る道具でした。制限を人工的に作れれば、その経絡に対応する可動域と筋肉を一つずつ調べていけます。

その地図では、経絡が表層と深層、そして前面・側面・内側・外側で分類されていました。ロルフィングが表層と深層で身体を扱うのと、同じ枠組みで経絡が並んでいます。

道具の外側から見る

2018年11月のIMACの内臓クラスで、鍼灸師の安部雅道さんと出会いました。参加者同士で手技の練習をする時間に組むことになり、練習をするはずが、ヒロさんと安部さんが実験を始めました。経絡上にある筋肉の可動域と、ツボに刺激を与えたときに身体がどう変わるかを調べていきます。そこで初めて、東洋医学を理論ではなく体感として知りました。

翌2019年4月から10月まで、安部さんの「からだの学校【東洋医学】」を受けています。全6日、計12コマ。陰陽説と五行説から始まり、五臓五腑を木火土金水の順にたどり、氣・血・水を扱い、経絡へ進み、最後は弁証で終わる構成でした。

受けた動機は、東洋医学そのものを学びたいというより、IMACが何を測っているのかを東洋医学の側から知りたい、ということでした。可動域で経絡を測る方法は手に入っています。では、測られている経絡とは何なのか。道具の外側から見たかったのだと思います。

五つの入口の中で、東洋医学を体系として通しで学んだのは、ここだけです。

基準を、どこに置くか

最初の日に教わったことが、いまも残っています。

陰陽は、何を基準にするかを決めた上で比較する。だから比較するものによって、何が陰で何が陽かが変わる。基準を自分で決められるところが東洋医学の面白さであり、便利なところだ、と安部さんは話していました。

これは、私が通ってきた道と逆向きです。

解剖学は分けることで進んできました。筋肉に名前をつけ、起始と停止を決め、神経支配を調べる。私が研究していた免疫学も、製薬会社で扱っていた薬の開発も、同じ方向です。分けて、名前をつけて、一つずつ確かめる。そして正常かどうかは、集団の平均値で決まります。

同じ対比を、その4年前にも聞いていました。2015年、医師でヨガを伝えている方の講座で、西洋医学は大多数に共通するものを正常とし平均値を用いるが、東洋医学は個人ごとに正常を判断する必要がある、と教わっています。

どちらが優れているという話ではありません。平均値があるから、薬の効き目を人に説明できます。基準が自分の中にあるから、目の前の一人に合わせられます。私は両方を通ってきたので、どちらも捨てるつもりがありません。

分けると、消えるもの

ただ、分けるという手順には代償もありました。

解剖では、筋膜は真っ先に取り除かれます。目的の筋肉や臓器にたどり着くために、周りを覆っているものを剥がす。しかも固定して薄く切った標本の上では、水を含んで流れている空間がつぶれ、密につまった組織に見えてしまいます。筋膜が長く見えてこなかったのは、そこに無かったからではなく、見る方法のほうがそれを取り除いていたからでした。このことは別の記事に書きました。

地図の作り方に、二つあるようなものです。地面を掘れば地層の順序は正確に分かりますが、掘った時点で、そこを流れていた水は失われています。掘らずに地表を見る方法もある。どこに草が茂り、どこが雨のあとぬかるむか。それを記録して、地下に水脈がありそうな線を引く。断面は分かりませんし、線の位置も推定です。ただ、水は流れたまま見ている。

解剖学が掘るほうで、東洋医学が掘らないほうでした。だから東洋医学は、筋膜という組織を名指していません。名指したのは、地表に出る徴のほうです。顔色、爪、髪、姿勢、可動域、症状が出る場所。それを内臓と結びつけて、線として書き残しました。

そして近年、掘らずに中を見る術ができました。生きた身体に内視鏡を入れると、水を含んで動いている筋膜がそのまま映ります。そこで見えたものと、掘らずに引かれていた線が、部分的に重なって見える。

重なって見える、というところまでが、いま言えることです。同じものを別の方法で見ていたのかもしれませんし、たまたま似た形になっただけかもしれません。区別する手立ては、まだありません。

自ずと整う

五行にも驚いたことがありました。

木火土金水の五つには、相生と相剋という関係があります。互いに助け合い、互いに抑制し合う。だから五つのどこかが乱れると、身体は勝手にバランスが整う方向へ向かう、と教わりました。感情も、個性も、生理機能も、細かく分けずに同じグループに入れて、同じものとして扱う。

ロルフィングも、ソースポイントセラピーも、IMACも、バランスが整う方向へ働きかける仕事です。同じ形の考えが、まったく別の言葉で出てきました。

似た話は、西洋医学の側からも出てきています。臓器から臓器へ、細胞から細胞へ、メッセージ物質が行き交っていて、そのやり取りによって身体のバランスが保たれている。相生と相剋という言葉と、メッセージ物質という言葉が同じものを指しているかは分かりません。ただ、全体がやり取りをして整っていく、という形は共通しています。

6年後のアドバンスト・トレーニングで、この違いを言い分ける枠組みを教わりました。Jeff Maitland が挙げた三つのパラダイムです。癒し(relaxation)は、緩めることで回復を促す。矯正(corrective)は、症状やズレを直す。全体(holistic)は、統合と秩序と調和を回復させ、その人全体の機能を高める。三つは階層をなしていて、最も深いところから働きかければ、上の層にも及びます。

五行の相生相剋は、この三つでいえば全体にあたります。どこかが乱れれば全体が動き、全体が動けば整う方向へ向かう。部分を直しに行くのではありません。私が意識しているのも、この全体のほうです。

全体から入るための、順番

もう一つ、順序について教わりました。

証を立てるとき、いきなり五臓を見ません。まず陰陽と虚実、寒熱、表裏という八つの粗い枠で全体をつかみ、氣血水の状態を見て、五行まで絞ってから、最後に五臓へ入る。細部から入ると全体を見失うから、というのが理由です。五臓が最後だという点が、意外でした。

IMACの進み方と同じです。可動域という粗い指標から入り、そこから筋肉を絞り込んでいく。全体を見る、という言い方は曖昧になりがちですが、ここで教わったのは、曖昧なままの全体ではなく、全体から入るための順番でした。

五臓には姿勢が割り当てられている、という話もありました。腎は立つこと、肝は歩くこと、心は視ること、脾は座ること、肺は臥すこと。姿勢を扱う仕事の側から見ると、これは素通りできません。ロルフィングは、重力の中で身体がどう立つかを扱います。その立つという行為が、腎という内臓に結びつけられている体系がある。

因果として証明されているわけではありません。ただ、姿勢と内臓を結びつけて考える枠組みが、二千年前から書かれていた、ということです。

経絡は、身体の位置で並んでいる

経絡の回で教わったことを、いくつか書いておきます。

経絡には陰陽があり、強さに応じて身体の位置で並びます。前側が太陰(肺・脾)と陽明(大腸・胃)、後側が少陰(心・腎)と太陽(小腸・膀胱)、横側が厥陰(心包・肝)と少陽(三焦・胆)。身体の位置から覚えると便利だ、と教わりました。実際にグループに分かれ、一人のモデルにテープで12本の経絡を貼っていく実技をしています。貼ってみると、それぞれが身体の各位置にあることが確認できます。

筋肉の可動域を取るIMACと、本質的に似ている、と当時書いています。

そして督脈と任脈です。督脈は全身の陽経を管理し、背骨に沿って走ります。任脈は全身の陰経を管理し、身体の前側の中心を走る。安部さんは、この二本を先に整えてしまえば、十二正経で整える場所を絞り込めることを臨床の中で見出したと話していました。督脈と任脈は身体のセンターラインを整えるのだ、と。

ここで手が止まりました。ロルフィングの10回シリーズは、表層を整えながら中心線への準備をし、深層と中心線を整え、最後に統合する順序になっています。ソースポイントセラピーのダイヤモンド・ポイントも、中心線を整えるためのものです。中心を先に通しておく、という発想が同じ形で出てきます。

思い出したことがありました。2015年10月、道教の流れをくむ瞑想を学ぶ機会があり、そこで小周天という技術を教わっています。督脈と任脈を結んで回す瞑想で、英語では Micro Cosmic Orbit と呼ばれます。へそ、関元、会陰、仙骨、命門の五箇所を、点として意識してから線につないでいく。会陰は、経絡ヨガの体軸論で3軸が通る場所として出てきた地点です。命門は督脈の上にあります。

同じ一本の線が、ヨガでは体軸、道教では小周天、東洋医学では督脈と任脈、ロルフィングではミッドラインと呼ばれている。呼び名が四つあることに、このとき初めて気づきました。

そのときの講師の言葉で、もう一つ残っているものがあります。物理学でいうエネルギーと、気は、まったく違うものだ、と。エネルギーという語で説明されることが増えているけれども、同じではない、という指摘でした。

そして、2013年11月の陰ヨガでも、督脈と任脈はセントラルチャンネルにあたると教わっていました。6年後に安部さんから聞いたことを、私は最初の年に一度学んでいたことになります。

二度学んでいた

並べてみて分かったのは、いくつかの内容を二度学んでいたことでした。

五行色体表は、2013年8月の経絡ヨガと、2020年9月のIMACの両方で学んでいます。7年の間隔があります。臓器と感情の対応は、2013年11月の陰ヨガと、2019年4月のIMACの上肢編。督脈と任脈が中心を走る一本の線であることは、陰ヨガと、2019年9月の安部さんの講座。

一度目はいずれも、ヨガの課程の中で通り過ぎていました。腑に落ちていなかったことは、当時の記録にも残っています。2015年に書いたものに、陰ヨガの意義は分かるけれども、東洋医学の考えを実体験として感じられない、本当にそうなのか、と思う部分がある、と書いていました。

二度目に、身体で確かめられる形として学び直しています。二度目のほうが自分のものになったのは確かですが、一度目に何も学んでいなかったわけではない、というのが正確なところだと思います。

なお、五行と感情の対応そのものは、特定の誰かの説ではありません。肝は怒り、心は喜び、脾は思い、肺は悲しみ、腎は恐れという対応は、『黄帝内経』の素問まで遡ります。三つの経路で聞いた話が一致しているのは、同じ古典から来ているからです。

興味がなかったものが、入ってくる

五つの入口を時期で並べると、前の二つが2013年のヨガ、後の三つが2018年以降です。あいだの5年間に、ロルフィングの基礎トレーニングがあります。

基礎トレーニングに東洋医学は出てきませんでした。扱うのは筋膜と重力です。私自身、ヨガの側で見た経絡のことは、すっかり脇に置いていました。

ところが、認定を受けた後の学びの中で、経絡がまた現れます。

2016年10月、ロルフィングの継続教育の単位として、Jonathan Martine の神経筋膜のワークショップを12日間受けました。その案内に、後半の主題として「神経、内臓、エナジェティックな統合」とあり、経絡とエネルギーの流れに基づく評価がクラスの目標に挙がっていました。ロルフィングの正式な単位が付く講座の枠に、経絡という語が入っています。私はそこを目当てに申し込んだわけではありません。神経系から入れば筋膜が楽になる、という助言を受けて選んだ講座でした。

実際に手が動く形で経絡に触れ直したのは、その2年後のIMACです。ヒロさんも、経絡から始めた人ではありません。構造の側から来て、答えを探すうちに経絡へ行き着いています。

そして、なぜそこへ行き着くのかが、だんだん分かってきました。

ロルフィングのセッションで内臓に触れると、離れた場所の可動域が変わります。手技であれ動きであれ、身体に働きかけると内臓が応えます。その応え方に順序があり、どこがどこと結びついているのかを見ようとしたとき、筋肉と骨の地図だけでは足りません。内臓と身体の表面をつなぐ線が要ります。

経絡は、その線として書かれたものでした。

私は経絡を信じることにしたのではありません。内臓の状態を身体の側から読もうとすると、そういう地図がすでにあった、というだけです。興味がないまま通り過ぎたものが、必要になって戻ってきました。

そして、筋膜という問い

ここまでが、経絡をどう学んできたかの記録です。

筋膜はラテン語で結びつけるという意味を持つ語から来ていて、筋肉や内臓や骨や神経や血管を包み、つなぎ止めている連続した組織です。全身をひとつながりにつないでいて、電気を通しやすい性質も持っています。この網を整えることと、気の流れを整えることは地続きなのではないか、という言い方ができます。

キーオンの本は、経絡が筋肉と筋肉を結びつける筋膜の中を流れていること、そして胎児から新生児になる途中で臓器がどう動くかが経絡を作るうえで重要であることを、発生学の側から論じています。

魅力的な仮説です。ただ、五つの入口を並べてみると、これはいちばん新しく、いちばん確かめられていない一つでした。

どこまで言えるのか

最後に、境を引いておきます。

筋膜が経絡の実体である、という説は、まだ確かめられていません。示唆的な観察と、発生学からの推論があります。筋膜が電気を通しやすいこと、経絡の走行が筋膜の面と重なって見えること、臓器の動きが経絡の形成に関わるのではないかという考え。どれも面白い材料ですが、独立した検証が積み上がっている段階にはありません。

筋膜そのものについては、事情が違います。生きている連続体であること、感覚神経の終末が豊富に分布していること、弾力を持つこと、可塑性を持つこと。これらは繰り返し確認されてきました。もちろん、これも将来くつがえりうる知見です。科学に確定したものはなく、あるのは確からしさの度合いだけです。ただ、その度合いに差があります。

このページは、経絡が筋膜であると主張するものではありません。ロルフィングが病を治すとか、経絡を整えれば内臓が良くなるといったことを言うものでもありません。私がこれまで学んできたことと、いま手元にある問いを並べただけです。

そのうえで、この問いは面白いと思っています。確かめられていないから面白い。確かめられていたら、教科書に書いてあるはずです。

もう一つ、このページが扱っていないことがあります。陰陽や五行がどういう思想の中から出てきたのか、氣という語が何を指してきたのか、道教や仏教とどう関わるのか。そうした層には、ほとんど触れていません。思想の側は、別の場所で扱うつもりでいます。

おわりに

経絡は、身体の形として扱われてきました。姿勢として、位置として、筋肉の並びとして、可動域として。目に見えないものだと言われますが、五つの入口はどれも、見える形と結びつけて教えています。手の平の向き、体軸の通る位置、原穴と磁石、テープで貼った12本の線。

そこに筋膜という接点が、後から現れました。

私は経絡を探しに行っていません。ヨガのポーズを深めようとし、筋膜のパターンを変えようとし、施術がうまくいかないときに何を変えればいいのかを知ろうとしました。そのたびに、内臓と身体の表面をつなぐ線が必要になって、経絡がそこにありました。

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大塚英文(Ph.D.)|認定アドバンスト・ロルファー™/ロルフ・ムーブメント・プラクティショナー 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(医学博士)。外資系製薬企業でメディカル・マーケティング業務に従事した後、2015年より渋谷でロルフィング®セッションを提供。「科学と実践の統合」をテーマに活動。