コーチングの一つの手段として「ロルフィング」を考える理由

はじめに

お陰様で、ロルフィング・セッションを提供するようになってから10年目を迎えた。今回は、ロルフィングはコーチングの延長と考えているが、その理由についてまとめたい。

この記事は2024年1月に書いたものに、同じ月に書いた別の記事の内容を加えて、一本にまとめ直したものである。ニュートラルであるとはどういうことか、それが外れるのはどういうときか、そして相手の言葉を待つということについて、後半に書き足した。

コミュニケーション・スキルを磨くための模索

20代のほとんどを研究機関(大学院)で過ごし、ようやく30代に入り、民間会社に就職した。数年経った時に、周囲の人たちと仕事をしていく上で、 「コミュニケーション・スキルが重要だよ」 「コミュニケーション能力を磨きましょう!」 と上司や同僚から言われるようになった。

そうはいうものの、民間会社で求められる「コミュニケーション・スキル」って具体的に何か?当時、今一、ピンとこなかった。そうはいうものの、周囲から言われるから、意識せざるを得ない。そう意識していると、コミュニケーションの能力を磨く、チャンスが訪れることだ。

私自身、読書が好きなため、コミュニケーション・スキルを磨けるような本を多数手にとって読んでいた。一環として、速読術に興味を持った時期があった。

フォトリーディング(速読術)との出会い

色々と調べていくうちに、写真を撮るように速読できる術=フォト(Photo)リーディング(Reading)の術が日本で学べることを発見。インターネットで検索した結果、講座があることがわかった。

2008年9月13日と9月14日の2日間、速読術のフォトリーディングをジーニアス・ブレーンで受講した。

何と!2日間で10万円もする講座!

フォトリーディングを開発したのはポール・シーリィ(「あなたもいままでの10倍速く本が読める」参照)。

フォトリーディングの講座の面白かったのは、講座の7割が「マインドブロック外し」に費やしたところだった。 「マインドブロック外し?何?」 って一瞬疑問に思うのだが、フォト・リーディングの読み方は奇想天外な方法で行うのだ。

ほとんどの人は、文字を追って読むという固定概念があるが、その概念を外さなければ、フォトリーディングの手法が使えない。 その概念を外す=マインドを外す=マインドブロック外し が行われるのだ。

速読術からNLPとCTIのコーチングへ

そして、マインド・ブロック外しに神経言語プログラミング(Neurolinguistic Programming、NLP)が使われているのだ。

実は、NLPは、コミュニケーション・スキルを磨くための実践的な方法が満載なメソッドなのだ。

しかも、NLPはコミュニケーションのみならず、自己肯定感。自己受容感、セルフ・イメージをあげるのに役立つことがわかり、ジーニアス・ブレーンの関連会社であるNLP-JAPANラーニングセンターのNLPプラクティショナーコースを2008年10月に受講することを決める(NLPについて詳しく知りたい方は「はじめてのNLP超入門」をご参照ください)。

受講生との出会いを通じて、もう一つのCTIジャパンの「コー・アクティブ・コーチング」の基礎・応用コースにも出会う(CTIジャパンの提供する「コー・アクティブ・コーチング」については「コーチング・バイブル(第4版): 人の潜在力を引き出す協働的コミュニケーション」参照)

最終的に、2009年6月にNLPマスター・プラクティショナーコース、2009年12月にCTI・コ・アクティブ・コーチングの応用コースを終了。NLPとコーチングの2つのスキルは、ロルフィングのセッションでコミュニケーションを取るときに大いに役立っている。

コーチングとは何か?〜テニスから生まれた考え方

コーチングは、0の状態にあった人をプラスの方向へ変える、モティベーションを上げる、と考えていいが、 私は、行動ではなく、その人が大切にしている価値観に目を向け、変化させると自ずと行動が変わる。 そのようなことを手助けするのがコーチングだと思っている。

この考えは、プロのテニス・コーチから生まれた考え方で、「「コーチング」のベースとなった本〜「インナーゲーム」」に書いたのでもし興味があったらチェックしてください。

NLPとコーチングの違いをざっくり言うと、

  • 1)コーチングは、右脳を使い、大枠でBEINGとDOINGを見ていく方法
  • 2)NLPは、左脳を使って、細部にBEINGとDOINGを見ていく方法 と考えてもいい。

余談だが、 タロット・カードはコーチングとNLPの2つの要素が入っているので、その面白さを機会を見つけて、伝えている。

コーチングとNLPは相補関係にあり、2つを学ぶことでコミュニケーションスキルが磨けると思う。 どちらかというと、私はコーチングの方が面白いと思っているが・・・。

ロルフィングとコーチングはどう繋がるか?

さて、 「ロルフィングとコーチングがどのようなつながりがあるのか?」 だが、大いにある。

ロルフィングは、身体の筋膜に触れることで、自然と身体が本来の場所に向かって動き出す。施術者のロルファーはあくまでも相手が変化するのを待ち、ガイドする役だ。結果として、自分で「楽な姿勢」は何か見つけていく。

コーチングもBEING=価値観に触れていくことで自ずと方向性(DOING=行為)が決まっていくので、ロルフィングに近い。しかも、それを言語を介さずに、身体を通じて行うことができる。

私が、コーチングの延長=ロルフィングを考えているのは、このような理由があるからだ。

実際、ロルフィング10回を終えたあと、いままで決断できない人が、突然決断すると言ったことに何度か体験したが、考えられるのは「楽な姿勢」=「価値観」ということだ。

ニュートラルとは、最小限の情報を渡すこと

コーチングとNLPの両方で強調されたのが、ニュートラルになることだった。中庸になる、ジャッジしない、初心に戻る。言い方はいくつもある。

セッションの現場で、私はこう言い換えている。
相手には、最小限の情報を与え、相手が答えを出すために考える時間と心のスペースを用意する。

知識が豊富であることを示そうと思えば、すぐにできる。だが一人一人の身体は違う。今までの知識が通用するかどうかは分からない。むしろ「全くこの人については私は分かっていない」という前提で接するほうが、うまくいく。

相手のことを全て知っているという前提で接すると、相手は「理解されない」「ジャッジされている」「この場が安心安全ではない」と感じて心を閉ざしてしまう。

「言語化」を「待つこと」の難しさ

相手の悩みや問題点が言語化されるには、思いの外、時間がかかる。

鷲田清一さんの「「待つ」ということ」には、その点の言語化が上手いので、少し引用したい。

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「聴くということがだれかの言葉で受け止めることがあるとするならば、聴くというのは待つことである。話す側からすればそれは、何を言っても受け容れてもらえる、留保をつけずに言葉を受け止めてくれる、そういう、じぶんがそのままで受け容れてもらえるという感触のことである。とすれば、

<聴く>とは、どういう形で言葉がこぼれ落ちてくるのか予測不可能な<他>の訪れを待つということであろう。

なぜ言葉を迎えに行くのが<聴く>ことの最悪の形とになるのかといえば、語ることが自らに距離をとることだからである。苦しい時に、ひとはだれかにかたることでその苦しみを分かち持って欲しいと願うが、しかしその苦しみは最も語りにくいものである。苦しければ苦しいほど語りは難しい。理由は何重にもなっている。

まず、苦しい時にはそもそもそれを他人には語らないものである。苦しいはなによりも忘れたいことであり、語ることでそれをわざわざ思い出すことはない。苦しいことはまた、本人以外にはなかなか判りづらいものである。」

ニュートラルから外れる場合(1)〜役立ちたい!

現場でセッションを提供していると、ニュートラルから外れることがある。

例えば、 「自分はこの人のために役立てよう」 「治してあげたい」「このスキルを使いたい」 等。

いずれも、ニュートラルから離れ、自分の内面に入りすぎ(主観的になりすぎている)てしまい、自分の考えと他人の考えの区別ができなくなってしまう状態になってしまっている。このような場合は、相手がどのようなことを考えて、どういったことを課題を持っているのか見失ってしまう。

ニュートラルから外れる場合(2)〜目に頼りすぎる

身体を観察するときもそうだ。

目に頼り身体を観察すればするほど情報量が増えてしまい大切なものを見失ってしまうことがある

情報収集が多くなると、その人をありのままに見るのではなく、知識や技術が先走って、その人のためにならないセッションになってしまう。

対策は、目的をはっきりさせながら、情報を絞り込んでいくこと。ロルフィングでは、Less is Moreと表現。最小限の施術で最大限の効果が得られることへつながる。

これは、人の話を聴くときや「筋膜」へアプローチする時も同じこと。相手が自分の内面に入り、自分で解決策を見つけ出す手助けをすることが重要。できるだけその人の話を聞いて、相手のガイド役となることだ。

会話に集中し 「気になったことを質問すること」 や 「直感で思い浮かんだことを問いかけてみること」 を行うこと。その結果として、情報が自然に絞り込まれていき、見えてこないことが見えてくるようになる。そして、相手が、自分の言葉で自分の状態を語り、必要とする解決策を自分で見つけることができれば大成功といえる。

まとめ

今回は、ロルフィングはコーチングの延長上にあると考えている理由についてまとめさせていただいた。あわせて、ニュートラルであるとはどういうことかについても触れた。

ロルフィング・セッションに向いている人は、自分の価値観を言語化するのは難しいが、是非とも価値観を知りたい。それを身体の姿勢を通じて、価値観を知る人なのだろう。

ロルフィング・セッションについては随時募集中です。もしご興味がありましたら、是非ともお越しください!

2026年9月の注記

この記事は、コーチングとロルフィングが同じことをしていると書いている。

10年前にも、同じことを書いていた。ロルフィングのトレーニング中に書いた「Sensing・Doingとコーチング〜CTIの教育システムから考えてみた」がそれで、コーチングで学んだ Being と Doing の区別を、施術中の Sensing と Doing の悩みに当てている。2009年に学んだ枠組みで、2014年に新しい技術を理解しようとしていた。

違っているのは、待つことの扱いである。

2014年の記事には、待つという語が出てこない。あるのは「Beingと向き合うことにより、予想外の変化も起きるかもしれない。その時に臨機応変になること」という一文だけで、何が起きてもいいように構えておく、という書き方になっている。

この記事で初めて、待つことが正面に出た。しかもその言葉は、自分の中から出てきたものではない。鷲田清一さんの本を読んで、そこから借りている。聴くというのは待つことである。どういう形で言葉がこぼれ落ちてくるのか予測不可能な<他>の訪れを待つ。

借りた言葉で自分のしていることを言い当てた、という形になっている。

その翌年、2025年のアドバンスト・トレーニングで、同じことが別の側から来た。

そこで示されたのは、待つための心構えではなく、身体の置き方だった。手の形(Shape the Hand)、背後の空間を感じること(Finding Back Space)、肚につながること。この3つでニュートラルを養う(「「ニュートラル」をどう育むか?」)。起きるに任せることと、関わって起こすこと。その2つのバランスを取ることが「正しい行為」だと講師の Ray McCall は語った(「Advanced Rolferの認定までの歩みについて【総括】」)。

本を読んで言葉にした1年3か月後に、身体の側から手順が来たことになる。

2014年は、名前がなかった。2024年は、本から借りた名前で言った。2025年は、身体のどこをどう置くかで示された。同じことを3度、違う場所から受け取っている。

もうひとつ、この記事にしかないものがある。

2025年に示されたのは、ニュートラルを養う方法だった。この記事が書いているのは、ニュートラルが外れるときの形である。役に立ちたい、治してあげたい、このスキルを使いたい。そして、目に頼って観察するほど情報が増え、大切なものを見失う。

養い方は教わった。外れ方は、現場で自分で見つけていた。

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka