【R#361】身体地図をめぐる冒険──ボディスキーマ、ボディイメージ、そして現象学へ(第1回)〜全3回・ヨガとの接点

はじめに

東京・渋谷でロルフィング・セッションと脳科学から栄養・睡眠・マインドの脳活(脳科学活用)講座を提供している大塚英文です。

私がアシュタンガ・ヴィンヤーサ・ヨガを始めたのは2006年。以来18年以上にわたり、日々の練習と共に、身体に関する理解も深めてきた。その中で出会ったのがロルフィングだった。

ヨガとロルフィングの架け橋・全3回・連載

ロルフィングは、筋膜へのアプローチによって構造を再教育し、重力との調和を取り戻すボディワークの一つ。今回の連載では、ヨガとロルフィングを架け橋にしながら、身体の深層にある知覚・構造・意識を結び直していく試みとして、以下の3つの視点から探究していく:

  1. 第1回・身体地図としての構造と感覚 ── ボディスキーマとボディイメージの違いを明確にし、それぞれにどのようなアプローチが可能かを考察する。ヨガとロルフィングが、それぞれどのように身体地図を再編成するのかを解き明かす。
  2. 第2回・現象学的身体とプレゼンス ── メルロ=ポンティの「生きられた身体」の視点から、身体が単なる物体ではなく“世界を知覚する媒体”であることを示す。ロルフィングとヨガの実践が、どのようにしてこの「生きられた身体」を育むのかを掘り下げていく。
  3. 第3回・構造と感覚の再統合 ── 筋膜ネットワークと身体の認知がどのように協働するかを理解することで、ロルフィングがいかにして“自動運転(無意識的な動き)”を再教育し、ヨガが“手動操作(意識的な動き)”を洗練させるかを示す。この両者の相乗効果によって、より深いプレゼンスに至るプロセスを描き出す。

この3つのテーマは、単なる身体技法の比較ではなく、「感じる身体」へと回帰するための哲学的・身体的な統合を目指すものである。ロルフィングの構造的アプローチと、ヨガ(主にポーズ・アーサナ)の接点を見出すことで、より深い身体の理解と変容のプロセスを提示していく予定だ。

第1回は、「身体地図としての構造と感覚」をテーマに、ボディスキーマとボディイメージという2つの異なる身体の“地図”に焦点を当て、それらがどのようにヨガやロルフィングを通じて書き換えられるのかを探っていく。

ボディスキーマとは、無意識的に働く身体の空間認識であり、動きの自動性を支える“神経のOS”のようなもの。一方でボディイメージは、内面からの主観的な身体感覚であり、身体をどのように「感じているか」という意識の現れとして考えることができる。

この2つの違いを理解することで、なぜロルフィングがまず“構造”から働きかけるのか、なぜヨガが「意識」を磨く実践であるのかが見えてくる。

ボディスキーマとボディイメージ──身体の“地図”を理解する

身体を「動かす」と「感じる」は別のレベルに存在している。 このことをわかりやすく整理してくれるのが、サンドラ&マシュー・ブレイクスリーの『脳の中の身体地図(The Body has a mind of its own)』という本だ。

ボディスキーマとは?(無意識的な身体地図)

“Your body schema is what allows you to scratch your head in the dark without having to look for it.” — Sandra & Matthew Blakeslee, The Body Has a Mind of Its Own

「ボディスキーマとは、暗闇の中でも自分の頭を掻けるような、無意識的な身体の空間地図である」

私たちが無意識にバランスをとり、歩き、手を伸ばせるのは、この“見えない地図”のおかげだ。

ボディイメージとは?(意識的・主観的な身体地図)

“Body image refers to how the body feels from the inside — a sense of self located in and through the body.” — Jeff Maitland, Spacious Body

「ボディイメージとは、内側から感じられる身体、すなわち身体を通して感じられる自己感覚である」

ボディイメージは、自分の身体をどのように“感じて”いるかという現象的な意識の働きだ。

しかし、ボディイメージは非常に主観的で曖昧なものであるため、直接アプローチするのは難しい側面もある。そのため、ロルフィングではまずボディスキーマ、すなわち無意識の身体地図に働きかけることで、結果的にボディイメージを変化させていくアプローチを取る。

ヨガのアーサナも、ボディスキーマを整えます。そのことで、ボディイメージを書き換えることをする。

身体と世界をつなぐ「現象学的身体」

哲学者モーリス・メルロ=ポンティ(Maurice Merleau-Ponty)は、身体を「世界との関係性の媒体」と捉えた。

“The body is our general medium for having a world.” — Maurice Merleau-Ponty, Phenomenology of Perception

「身体は、私たちが世界を持つための普遍的な媒体である」

これは、身体を単なる物体(object)ではなく、「生きられた身体(corps vécu)」として理解する現象学的視点と考えることができる。

つまり、私たちは身体を“持っている”のではなく、“身体そのものである”ということ。 この考えはロルフィングが追究する「プレゼンス=身体に住まうような感覚」と深く共鳴する。

“We are not only in the body; we are the body.” — Jeff Maitland
「私たちは身体の中にいるだけでなく、身体そのものである」

ロルフィングとヨガ──ボディスキーマとボディイメージの再統合

  • ロルフィングは、筋膜ネットワークと構造に働きかけることで、ボディスキーマ(自動的な動作パターン、身体のOS)をアップデートする。
  • ヨガのアーサナや呼吸法は、ボディイメージ(内面からの身体の感覚)を精緻にするトレーニングである。

この2つを組み合わせることで、身体の“自動運転と手動操作”の両方を整えることが可能になるといっていいでしょう。

ヨガでうまくポーズが取れない、左右差が消えない、呼吸が詰まるといった場合には、 無意識のレベルでの身体地図(ボディスキーマ)に歪みがあることが少なくない。

ロルフィングは、その「地図の書き換え」を構造レベルでサポートしていく。

まとめ:感じる身体と住まう身体へ

  • ボディスキーマとボディイメージは、運動と感覚の“両輪”である
  • ロルフィングは構造に、ヨガは意識に働きかける
  • メルロ=ポンティの「生きられた身体」は、その統合的体験を指している

第2回は、呼吸をテーマに「構造と感覚の再編成」について掘り下げていく。


参考文献

  • Sandra & Matthew Blakeslee, The Body Has a Mind of Its Own(邦訳『脳の中の身体地図』)
  • Maurice Merleau-Ponty, Phenomenology of Perception
  • Jeff Maitland, Spacious BodyEmbodied Being

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka