はじめに
こんにちは。渋谷でロルフィング・セッションを提供している大塚英文です。

この連載ブログの最終回となる第5回は、これまで探討してきた「愛着」「トラウマ」「自己感覚の糸取りとしてのフェルトセンス」「ポリヴェーガル理論」といった視点を振り返りながら、ロルフィングが支える「統合」の意味を、ダニエル・シーゲルの「統合の9つの側面」と照らし合わせながらまとめていく。
「統合」とは何か?~これまでの体験を一本の線にならべること
脳科学者ダニエル・J・シーゲル(Daniel J. Siegel)は、その代表作『The Developing Mind』の中で、
統合を下記の文章で表現している。

“Linking differentiated parts into a functional whole is called ‘integration’”
機能的な全体へとつながり直される、分化された諸要素の結びつき──これが“統合”と呼ばれる。
この考えにおいて、健康とは「統合の状態」であり、混乱(chaos)や硬直(rigidity)は、統合の欠如に起因するとされている。
ロルフィングの「統合」は、物理的な姿勢や動きの調和を中心に据えてはいるが、それは単なる構造の整理ではなく、身体を通じた「自己とのつながり」「重力との関係」「空間と他者との関係」を再構成することでもある。
統合をどう捉える?
ここに、ダニエル・シーゲルのいう神経系の統合、愛着の再構築、社会的関与システム(ポリヴェーガル理論)との接点が浮かび上がる。
- 愛着理論における統合とは、過去の人間関係の中で形成された情緒的記憶を、「今ここ」の身体的・情動的な感覚の中で再統合していくプロセスである。
- ポリヴェーガル理論における統合とは、背側迷走神経・交感神経・腹側迷走神経の3つの自律神経モードが、安全を土台として柔軟に切り替えられる状態にあること。
- フェルトセンスにおける統合とは、まだ言葉にならない身体的な違和感や感情にそっと注意を向け、それを感じきることで新しい意味が生まれてくる「身体の物語の再構成」である。
加えて、ロルフィングにおける「ニュートラル」の概念も、統合の理解に重要な視座を提供している。ニュートラルとは、判断や評価を手放した“中立的な在り方”であると同時に、感覚や関係性に対する「意図(intention)」と「志向性(intentionality)」を明確にすることでもある。
- ・意図(intention)とは「何を求めているか」という内的な方向性。
- ・志向性(intentionality)とは「どこに意識が向いているか」という現象学的な関係性。
ロルフィングにおけるタッチや姿勢の再構築は、この意図と志向性が合致し、身体のなかで“方向がそろう”ときに初めて統合的に機能する。
つまり、統合とは、単に構造や感情の調和を目指すだけでなく、「いま・ここにいる」という意識のあり方、すなわちニュートラルな状態における意図と志向性の整合が不可欠なのである。
ロルフィングが支える統合の多層性
ゆえに、ロルフィングは構造の統合であると同時に、神経の統合、感情の統合、関係性の統合、そして“身体が語る声”の統合をも含んだ多層的なプロセスなのである。
それは、単に「身体を整える」のではなく、「身体性」を再構築し、その中で「他者との関係」も再築することにつながっていく。「体験の統合」はそのまま「関係性の統合」でもあり、ロルフィングは「体を介した話し合い」の場となる。
シーゲルの9つの統合の考え方
シーゲルは、統合(integration)とは「異なるものがつながること」だと定義し、統合には以下の9つの側面があると述べています:
- 身体の統合(Body Integration):身体の感覚と意識のつながり
- 左右脳の統合(Horizontal Integration):論理と感情、理性と直感の協調
- 上下の統合(Vertical Integration):皮質と脳幹、思考と本能のつながり
- 記憶の統合(Memory Integration):過去の出来事と現在の意味づけのつながり
- 物語の統合(Narrative Integration):人生の体験を意味あるストーリーにまとめる
- 状態的・文化的統合(State Integration):多様な感情状態を包摂する柔軟さ
- 人間関係の統合(Interpersonal Integration):他者と自己の境界を保ちつつつながる
- 意識の統合(Conscious Integration):意識の流れに気づく力
- 時間感覚の統合(Temporal Integration):現在・過去・未来をつなぐ展望
これらはいずれも、愛着スタイルやトラウマ、神経系の防衛パターンによって分断されてしまうことがある。ロルフィングの実践は、これらの分断された統合を、“身体”という基盤から回復していく試みといって良さそうだ。
愛着スタイルと統合との関係
- 安定型(Secure Attachment)
自己と他者、身体と感情の感覚が自然につながっている。
統合が促進されやすい。
ロルフィングはその土台をさらに深める。 - 回避型(Avoidant Attachment)
情動や身体感覚からの切断が起きやすい。
身体の統合・感情の統合が課題。
タッチによって身体への信頼を回復。 - 不安型(Anxious Attachment)
情動に圧倒されやすく、自我境界が曖昧に。
左右脳・上下脳の統合や意識の統合が重要。
地に足のついた感覚の回復。 - 混乱型(Disorganized Attachment)
安全と脅威が混在し、神経系の調整が困難。
すべての統合が困難。
身体を安心の場として再構築し、自分を取り戻す。
「ここにいる」ことが、世界を変え始める
ポリヴェーガル理論では、「安心とは、脅威がないことではなく、繋がりがあること」と捉えている。この繋がりは、言語や思考よりも、身体がすでに知っている「体感」として現れ流。
すなわち、トラウマや愛着が残した「切断された繋がりの身体記憶」を、再び「世界と繋がりなおす」ことにつながっていく。それは、不安を「改善する」のではなく、「ともにいる」場としての選択である。
統合とは「改善」ではなく「共にいる」こと
トラウマも愛着も、自己を守るためのパターンであったが、それは「今も必要なもの」とは限らない。ロルフィングは、それを無理に変えるのではなく、「そのまま共にいる場」をつくる。
「改善」よりも「身体とともにいること」。これが統合の始まりであり、新しい世界との関係の再出発であると言える。
まとめ:連載の振り返り
この全5回のブログを通して、私たちは次のような問いを共有してきた。
- 第1回:「安全なつながり」はどのように育まれるのか?
- 第2回:「フェルトセンス」とは何か?なぜそれが自己感覚と関係するのか?
- 第3回:「愛着の傷」とはどのように神経系に影響し、それにどう寄り添えるのか?
- 第4回:「ポリヴェーガル理論」によって、どのように安心と社会的関与が読み解けるのか?
- そして第5回では、「統合とは何か?」という問いを手がかりに、愛着・神経・身体・関係性を再びつなぎなおすためのロルフィングの可能性を描いた。
この統合が皆さんにとって少しでもお役に立てるよう願っています。