【R#375】感情の調整から共感へ─社会的脳が成熟していくプロセスとその統合(第7回)〜全7回・IPNBとの接点

はじめに

こんにちは。渋谷でロルフィング・セッションを提供している大塚英文です。

この連載では、Interpersonal Neurobiology(IPNB:対人神経生物学)の視点から、「社会的脳(social brain)」の発達と統合について掘り下げてきた。

第1回では、脳と身体と環境の“統合”というテーマの重要性を提示し、IPNBの全体像を紹介した。

第2回では、脳の処理スピードの違い──「早い脳(扁桃体・脳幹)」と「遅い脳(前頭前皮質)」──を通して、感情的反応と認知的制御の統合的理解を試みた。

第3回では、愛着スタイルと中前頭前皮質の9つの機能を解説し、マインドフルネスがそれらを包括的に育むことを明らかにした。

第4回では、ポリヴェーガル理論と扁桃体の関係、神経的安全性の重要性を確認した。

第5回では、ミラーニューロンと島皮質、中前頭前皮質による“共感”と“自己感覚”の回路に着目した。

第6回では、脳の発達順序──「下から上へ」「右から左へ」──を軸に、愛着や共感の形成過程を明らかにした。

社会的脳の成熟──調整から共感、そして創造へ

私たちの脳は、他者との関係性の中で発達し、そして統合されていく。

最初は、身体的な快・不快という感覚レベルでの反応から始まり(脳幹)、 次に、情動や記憶を通した関係的調整(辺縁系)、 最終的には、他者の気持ちや文脈を理解し、共感を育む(前頭前皮質)── この流れが「感情の調整から共感へ」という社会的脳の成熟プロセスである。

この発達過程の背景には、内的な関係性の形成(internalization)がある。

Object Relation Theory──内的関係のテンプレート

Object Relation Theory(対象関係論)とは、精神分析の中で発展してきた理論であり、幼少期の他者(特に母親や主要な養育者)との関係が、私たちの内的世界にどのように刻み込まれ、人格形成に影響するかを探るものである。

この理論では、「自己(self)」「他者(object)」「その間に生じる感情」という3つの要素からなる“関係性のユニット(relational pair)”が、繰り返し経験されることで内在化(internalization)され、私たちの対人関係のパターンとなっていくとされる。

たとえば、

  • 【安定型】愛情深く同調的な母(other)との関係性 → 愛されるに値する自己(self) → 安心・満たされる感情(feelings)
  • 【回避型】無視または拒絶する母(other)との関係性 → 無価値で切り離された自己(self) → 不安・怒り・孤立感(feelings)
  • 【不安型】予測不能で気まぐれな母(other)との関係性 → 愛されたいが不安な自己(self) → 緊張・執着・見捨てられ不安(feelings)

このように形成された内的関係パターンは、多くの場合暗黙的記憶(implicit memory)として蓄積され、大人になってからの対人関係に無意識に影響を与える。

社会的脳の要──中前頭前皮質と島皮質

ここで鍵となるのが、中前頭前皮質(middle prefrontal cortex)と島皮質(insula)である。

中前頭前皮質は、以下のような9つの統合機能を持ち、社会的脳の中心として働く:

  1. 体の調整(Body Regulation)
  2. 情動バランス(Emotional Balance)
  3. 柔軟な応答性(Response Flexibility)
  4. 恐怖の緩和(Fear Modulation)
  5. 共感(Empathy)
  6. 洞察(Insight)
  7. 道徳的感覚(Morality)
  8. 直感(Intuition)
  9. 他者との調和(Attuned Communication)

これらは、マインドフルネスの実践によって育まれることが科学的にも支持されている(Siegel, 2007)。

一方、島皮質は以下のような役割を果たし、自己感覚の生成にとって不可欠である:

  • 内受容感覚(interoception)
  • 身体的自己意識(embodied self-awareness)
  • 主観的情動体験(subjective emotional experience)
  • 社会的情動(共感・思いやり・優しさ)
  • 運動制御と処理(motor control and processing)
  • ホメオスタシスの調整(homeostasis)

このように、島皮質と中前頭前皮質が連携することで、「感じる身体」と「意味づける脳」が結びつき、 私たちは自己を“主体的な存在”として感じながら、他者との関係を築くことができる。

ロルフィングと社会的脳──身体からのアプローチ

ロルフィングは、構造的な身体の再編成を通して、安心・統合・つながりの感覚を深める実践である。

たとえば、セッションを通して「呼吸が深くなる」「重力に沿って立てる」「身体の境界を感じられる」ようになると、 これはまさに脳幹・辺縁系・前頭前皮質が階層的に統合された結果であり、社会的脳の成熟プロセスと並行している。

「相手の目を見るのが苦手」「すぐに反応してしまう」「安心して人とつながれない」── そうした感覚の背景には、神経系の未統合な状態が隠れていることが多い。

ロルフィングは、身体という“もっとも早い”アクセス経路から、社会的脳の統合を支援する手段となりうる。

IPNBから私たちが学べること──統合と自己変容の科学

この7回シリーズで扱ってきたInterpersonal Neurobiology(IPNB)は、最新の脳科学と古典的な心理学をつなぐ、強力な統合理論である。

IPNBの本質とは、こうまとめることができる:

  • 脳は他者との関係性によって形づくられる。
  • 感情・記憶・認知・身体感覚は分離されていない
  • マインドフルな関係性こそが、脳の再編成と統合を促す。
  • 自己調整(regulation)と共調整(co-regulation)は、セラピー・教育・リーダーシップすべてに共通する基盤である。

つまり、IPNBの理解は、「知識」以上に「実践」である。

自己を知り、相手とつながる力を高め、より自由で創造的な人生を選び取るための科学的土台── それが、IPNBが私たちにもたらす最大の恩恵なのだ。

本シリーズが、みなさん自身の実践や関係性の探究の一助となれば幸いである。

参考文献

  • Dan Siegel『The Developing Mind』『Mindsight』『The Pocket Guide to IPNB』
  • Allan Schore『Affect Regulation and the Origin of the Self』
  • Louis Cozolino『The Neuroscience of Psychotherapy』
  • Stephen Porges(ポリヴェーガル理論)
  • Lisa Feldman Barrett『How Emotions Are Made』
  • Bowlby / Ainsworth / Mary Main(愛着理論)

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka