【R#369】社会性の脳とは何か?─IPNB(Interpersonal Neurobiology)から考える(第1回)〜全7回・IPNBとの接点

はじめに

こんにちは。渋谷でロルフィング・セッションを提供している大塚英文です。

この全7回の連載では「社会性の脳(social brain)」をテーマに、脳科学・愛着理論・発達心理学・身体感覚といった多角的な視点から、「人とつながる」ための神経基盤をひもといていく。

その軸となるのが、Dan Siegelが提唱した「IPNB(Interpersonal Neurobiology:対人神経生物学)」という統合的アプローチである。

なぜ今、社会性の脳が重要なのか?

現代社会では、テクノロジーの進展とともに「情報のつながり」は増えたが、「人と人との実感あるつながり」が失われがちである。

  • 表面的なやりとりはできるけれど、深く共感できない
  • 他人の目が気になり、安心して自己表現できない
  • 頭ではわかっていても、なぜか行動に移せない

こうした「社会的な不調和」は、単なる性格やコミュニケーションの問題ではなく、「脳と神経系の使い方」の問題としても理解できる。そして、脳はそもそも「関係性の中で発達してきた器官」であるという視点に立つと、これらの問題の見え方が大きく変わってくる。

Interpersonal Neurobiology(IPNB)とは?

IPNBとは、精神科医Dan Siegelが1990年代から提唱してきた学際的な理論であり、心理学、神経科学、発達理論、愛着理論、教育学などの知見を統合したものである。

IPNBの根本的な問いは、

「人と人との関係が、脳と心と身体の発達にどう影響するか?」

というものである。

Allan Schore、Louis Cozolino、Bonnie Badenochらの研究とも密接に連携しており、愛着形成、共感、自己調整、トラウマ回復、レジリエンス、マインドフルネスといったテーマと結びついている。

社会性の脳=「つながり」をつくる脳

脳には「生存のために危険を回避する働き」だけでなく、

他者とつながり続ける”ための神経ネットワーク

が存在する。それが、社会性の脳(social brain)と呼ばれる部位である。

たとえば、次のような脳部位が関わる:

  • 扁桃体(amygdala):安全か危険かを即時に判断する
  • 海馬(hippocampus):文脈記憶や経験の整理
  • 中前頭前皮質(middle PFC):共感、柔軟性、自己認識、道徳的判断など9つの統合機能(身体の調整、感情のバランス、恐怖の緩和、直感、共感、道徳的判断、柔軟性、思考と感情の統合、洞察)
  • 島皮質(insula):身体の内的感覚(interoception)を通じて自己感覚を形成(自己認識、感情の主観的経験、共感、身体調整)
  • ミラーニューロン系:他者の行動や感情を“映す”共鳴回路(body → limbic → insula → middle PFC という共感回路)

これらは、単に個人の内面を制御するだけでなく、相手とどう関わるかを決める神経基盤でもある。

「能動的推論」としての社会性の脳

近年注目される「能動的推論(active inference)」の理論では、脳は単に情報を受け取る受動的な器官ではなく、

常に“予測”を立て、現実とのズレを調整するシステム

として機能するとされる(Karl Friston)。

たとえば、人とすれ違うときに「あの人は怒っているかも?」と一瞬で感じ取るのも、過去の経験からくる“予測モデル”に基づく反応である。

IPNBは、この「予測と修正のサイクル」が人と人の間で起こっていることに注目する。

  • 他者の表情や声のトーンから「安全かどうか」を予測
  • 相手の反応を見て、自分の行動や感情を微調整
  • その相互作用が、新たな神経結合として記憶に刻まれる

つまり、社会的な関係性そのものが、脳と神経系の再構築を促すのである。

なぜIPNBがロルフィングやコーチングと親和性が高いのか?

ロルフィングやコーチングにおいて重要なのは、「変化が起こる安全な関係性を築くこと」である。

IPNBは、次のような実践知に理論的な裏付けを与えてくれる:

  • 「安全な場」が自律神経系にどう影響を与えるか(ポリヴェーガル理論)
  • 「共感的なまなざし」がミラーニューロンを活性化する仕組み
  • 「身体感覚に戻る」ことで島皮質と中前頭前皮質が活性化する意義
  • 暗黙記憶(implicit memory)と明示記憶(explicit memory)の違いと介入の方向性
  • マインドフルネスが中前頭前皮質の統合機能を強化する
  • 予測とフィードバックの繰り返しが、行動の変容を可能にする(能動的推論)

脳の“遅い”回路と“早い”回路の話へ

第2回では、「暗黙記憶(implicit memory)」と「明示記憶(explicit memory)」という2つの記憶システムに焦点を当てる。

  • 扁桃体を中心とする“早い・無意識の反応”
  • 海馬を介する“遅い・意識的な整理”

この2つの神経回路がどのように私たちの人間関係や行動に影響を与えているのかを、氷山モデルや感情記憶のメカニズムとともに紹介していく。

参考文献

  • Dan Siegel『The Developing Mind』『Mindsight』『The Pocket Guide to IPNB』
  • Allan Schore『Affect Regulation and the Origin of the Self』
  • Louis Cozolino『The Neuroscience of Psychotherapy』
  • Stephen Porges(ポリヴェーガル理論)
  • Lisa Feldman Barrett『How Emotions Are Made』
  • Bowlby / Ainsworth / Mary Main(愛着理論)
  • Karl Friston(能動的推論理論)

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka