この記事は、2015年9月に書いた2本を、2026年9月に1本へまとめたものである。ロルフィングに終わりがあることについて書いた回(9月11日)と、初めて担当したクライアントが10回を修了した記録(9月28日)を扱っている。末尾に2026年の注記を置いた。
はじめに
私がロルフィングを初めて体験したときに驚いたのが、ロルフィングには終わりがあるということだった(初回の体験談については「セッションを受け終えて」参照)。
マッサージや整体とは違い、ロルフィングは10回で終了する。10回のセッションを通じて学んだことを自分の生活に取り入れていくということでもあり、クライアントの自立性を促すことを施術する側が考えるということでもある。ここに、自分がこの手法を気に入る一つの大きなポイントがあると思っている。
終わりに向かう3回
セッション8から10の統合セッションに、Ida Rolfの考えた「終わりがあること」が詰まっていると思う。
なぜならば、クロージング(終わり、自立を促すという意味)に向けて何をすべきか、今まで学んだことは何か、今後どういった方向へ進むのか。この3つの視点でクライアントと対峙し、コミュニケーションを取りながらセッションが進むからだ。
ロルフィングは、手・肘・腕を使って、筋肉を包む筋膜にゆっくりと圧を加えながら、10回のセッションを通じて施術者がクライアントの全身に触れ、緊張を解放していく。そしてセッション10が終わった頃には、重力に対して身体が整っていくようになり、最終的にはクライアントが自然本来の身体の動き方を取り戻すことで、セッションは終わる。
トレーニングでは、Giovanni Felicioni先生が表層のセッションについて、身体の表層の部分で動きを邪魔しているピンを一つ一つ取っていく(take the pins out)と表現していた。深層については、手を聴診器にたとえると分かりやすいかもしれない。手で深層を探っていき、問題の箇所を特定する。そこに手から刺激を与えて、深層からの反応を待つ。大切なのは、内側から変化が起きるということだ。
10回シリーズの構成そのものについては、別にまとめている。
初めての修了
セッション・ルーム「ZERO」を立ち上げてから3か月になろうとしている。セッション・ルームの名前やロゴも決まり、幸運なことに、2015年6月から借りているセッション・ルームでのセッションが100回近くになった。
2015年9月14日、活動を開始してからほぼ2か月半、初めて担当したクライアントが10回セッションの修了(卒業)を迎えた。
クライアントは、過去にマイソール東京で一緒に練習した荒牧稔博さん。現在アレクサンダー・テクニック(以下AT)教師として日本橋のENNで、またヨガ・インストラクターとしても活躍中である。
ロルフィングのトレーニングを受ける3〜4年前、当時練習していたアシュタンガ・ヨガのマイソールクラスでアシスタントをしていたAT教師の荒牧さんから、ATを知った。それがきっかけとなり、私もボディチャンスでATプロ・コースを約8か月間学び、世界一周前には自宅に荒牧さんを招いてATのワークショップを何度か行う機会に恵まれた。その経緯については「ロルフィングとアレクサンダー・テクニックとの関係(1)──「力を抜く」ことを身体で学ぶ二つの方法」で触れた。
ATに興味を持った理由は2つある。荒牧さんが短期間で、非常に難しいアシュタンガ・ヨガのシリーズをマスターしていったこと。その秘訣はどこにあるのだろうかという疑問があった。そして実際に体験してみて、自分のヨガの練習に大きな影響を与えたこと。後屈が深くできるようになった。
荒牧さんには、2015年7月7日にセッション・ルームにお越しいただき、体験セッションを含め11回のセッションを受けていただいた。当初、ATとは違ったものを提供できるのかどうか、不安だった。
だが、週1回のペースで10回を終えた頃には、荒牧さんも変化を実感できるようになったと思う。それは、荒牧さんの体験談に現れている。
本人の許可を得た上で引用すると、
「施術の最中も同様でしたが、今でも脚が上半身と繋がる感じが日々明確になってきているように感じます。 そのおかげで練習の質(特にヴィンヤサ時、ジャンプバックジャンプスルーなど)にも大きな変化がありました。 その他にも人からいただく普段の印象のフィードバックで、最近よく言われるのが、 『男らしくなった』 そうです(笑) 当然色んな要因があると思いますが、一つにロルフィングによる統合のプロセスが大きく関係してると体感として確信しています」
「男らしくなった」というのは興味深い感想だが、ヨガの練習に大きな影響があったこと、そしてATでは提供できないものをロルフィングで提供できたことは、ATとロルフィングはお互いに相補関係にあるという私の考えに合致していて面白い。
荒牧さんからは、後日あらためて体験記をいただいた。
改めて、10回セッションを継続的に受けていただいた荒牧さんに感謝するとともに、今後10回シリーズを終えるクライアントが増えてくることが予想されるが、それぞれどういった体験談が出てくるのかを楽しみにしていたい。
2026年9月の注記
この回の冒頭に、ロルフィングを初めて体験したときに驚いたのは終わりがあることだった、と書いている。2013年12月から2014年4月にかけて、伊藤彰典さんから受けた10回のことである。
そして後半は、自分が終わりを見送った記録になっている。受ける側として驚いたことを、1年半後に提供する側から書いている。
いま数えると、10回シリーズを完了した方は196名になった(380名にセッションを提供し、そのうち10回を完了した人数。2026年8月15日現在)。その1人目が、ここにいる。
相手が荒牧稔博さんだったことにも、いま気づくことがある。
アレクサンダー・テクニックを知ったのは、この人を通じてだった。マイソール東京で一緒に練習していて、当時アシスタントをしていた荒牧さんからATを知り、施術を受けて首の痛みが改善した。ボディワークに関心を持ったのはそこからで、そこから伊藤彰典さんのロルフィングへ進んでいる。
ロルフィングへの入口を作った人が、最初に10回を修了したクライアントだった。この経緯は「ロルファーへの道」にも書いたが、荒牧さんが1人目だったことは、そこに入っていない。
ATとロルフィングの関係についても、この回で一つ確かめている。
本文は、ATとロルフィングは相補関係にあるという考えに合致していて面白い、と書いている。この確認が、受けた側の言葉で返ってきていることが重要だった。荒牧さんは7年ATを学んだ教師で、こちらは8か月学んだだけである。ATで届く範囲を知っている人が、ATでは届かなかったものを言葉にしている。
その中身は、脚が上半身とつながる感覚だった。長座から脚を伸ばしたまま倒立へ移る動き、大腰筋を使う上級の動きが、初めてできたという。
Hubert Godardが、フェルデンクライスとアレクサンダー・テクニークの違いを説明している。二人はしばしば同じ課題を使った。椅子から立って、また座る。しかし参照点が違う。フェルデンクライスは毎回、地面と骨盤を参照点に取る。アレクサンダーは首と胸、そして上方への方向を取る。そして、線を持つには両方が要る、と続けている。
荒牧さんが言葉にしたのは、下からの側だった。7年ATを学んだ人が、ATでは届かなかったものとして脚と上半身のつながりを挙げている。どちらが優れているという話ではなく、参照点が違う。
この2つを並べて書いた記事は、2015年3月と4月に2本ある。「力を抜く」ことを身体で学ぶ二つの方法、そして異なるアプローチだからこそ補い合える。どちらもこちらの側から書いたものだった。この回で初めて、受けた側の言葉が入った。
荒牧さんからは、後日あらためて体験記をいただいている。この回に引いた一節は、その一部である。




