日常生活のなかで習慣化された身体の動きには、無意識のうちに頭が作り出す「地図」のようなものがある。本コラムでもたびたび紹介してきた地図という考え方を整理する前に、まず身体の姿勢について考えてみたい。

そもそも、なぜ身体は姿勢をとることができるのだろうか。

たとえば、
- 自分の足、膝、腰、肩、腕、手を、なぜこれほどしっかりと認識できるのか。
- 目を閉じても鼻や口や目に触れることができるのは、どういう理由からなのか。
考えてみると不思議だ。
これは、人間の中に地図(body map、身体地図)があり、その地図を頼りにどこに何があるのかを認識しているからである(詳細は「身体地図と幻肢」参照)。
身体地図には2種類ある。Sandra Blakeslee『The Body Has a Mind of Its Own』(邦訳『脳の中の身体地図』)で使われている言葉を借りると、ボディスキーマ(Body Schema)とボディイメージ(Body Image)になる。
ボディスキーマは、脳によって無意識に作られる身体地図だ。視覚や聴覚や触覚といった五感、固有感覚(Proprioceptive)、平衡感覚(Vestibular)などによって、意識に上らないまま組み上げられていく。固有感覚とは、手足などの身体の情報に基づいて制御される知覚、あるいは身体の位置についての知覚をいう(鎌田孝美さんのブログ記事「ロルフムーブメントと身体地図」、および「身体地図と幻肢」参照)。
ボディスキーマは皮膚や関節や筋肉の感覚によって絶えず更新され、書き換えられている。

ロルフィングに限らず、太極拳やヨガを含めたボディワークは、この無意識の地図に働いている身体感覚を意識化させるものだといえる。
身体の神経系の働きには2つある。身体から脳へと伝わる情報と、脳から身体へと伝わる情報。それぞれ「情報収集」と「動きの指示」という働きにあたる。筋肉はこの2つを担っていながら、同時に進めることができない。力みが生まれるのは「動きの指示」による硬直であり、「情報収集」に専念させると力みは自ずと取れていく。
ロルフィングでは、視覚(Visual system)、内耳感覚(Vestibular system)、筋感覚(Kinesthetic system)という3つの情報収集系を活性化することで「情報収集」を優位にし、無意識に作られているボディスキーマを書き換えていく。
例をあげたい。
ロルフィングでは Palpatory や Haptic という言葉で表現していくが、足や手がしっかり動けるようになり、情報を受け取れる状態になることを大切に考える。そのため、足や手を、指も含めて筋膜を伸ばすようにして活性化する。それによって情報収集がしやすくなっていく。

もう一つのボディイメージは、身体を意識的に知覚することで作られた身体地図だ。個人的な経験や態度、自分に対する期待や思い込みによって形づくられる。痩せているのに太っていると感じることは、一つのボディイメージである。
ボディイメージは、自分が自分の身体をどのように知覚するのかという Perception(世界観や知覚)に関わっている。心理的、知覚的な側面といってもよく、そこでは心理学が重要な役割を果たす。
2つの身体地図をまとめると、
- ボディスキーマは、脳がさまざまな外部情報を集めることで自動的に作られる身体地図。
- ボディイメージは、育った環境や文化などの主観的なイメージによって作られる地図。
このように考えることができる。
ロルフィングにできるのは、ボディイメージに正面から向き合うことではなく、ニュートラルになることだ。そして、ボディスキーマという無意識のままになっている身体地図を意識化し、新しい選択肢を提示することで、その地図を少しずつ書き換えていく。そのことによってボディイメージ、すなわち心理的、知覚的な側面が変わることを期待する(具体例については「Case Presentation(2)〜セッション7を終えて」で取り上げた)。
これはまさに、身体(無意識化されている身体地図)から心(意識化されている身体地図)へのアプローチである。ロルフィングを受けた方から、世界観やものの見方が変わったという声を聞くことがある。地図の書き換えが実感できた瞬間なのだと思う。
一人でも多くの方に、ロルフィングを通じて心理的、知覚的な側面の変化を実感していただけるよう、手助けしていきたい。
2026年8月の注記
この記事を書いたのは、ロルファーとして認定を受けた半年後だった。ボディスキーマとボディイメージという区別を、Sandra Blakeslee の一般向けの本から受け取って整理している。
十一年後に分かったことがある。この区別は、その二年近く前に、資料として手渡されていた。
Phase I で Giovanni Felicioni 先生が配った資料が二点ある。一点は Shaun Gallagher と Jonathan Cole の論文で、神経疾患によって首から下の固有感覚と触覚を失った男性の症例をもとに、二つの語の混同を整理したものだった。もう一点は姿勢制御の研究史をまとめた年表で、Sherrington から Penfield までが並び、最終行に「today」として Blakeslee の本が置かれていた。
論文のほうは読まなかった。年表の最終行にあった本は、別の経路で手に取り、それを使ってこの記事を書いた。上流にあった資料を通らずに、下流で同じものを受け取っていたことになる。
年表にはもう一つ、当時は目に留めなかったことが書かれていた。ボディスキーマの起源は Head と Holmes の1911年の論文、ボディイメージの起源は Paul Schilder の1935年の著作にある。二つは神経学と精神医学という別々の学統から出て、二十四年の隔たりを置いて、後から対にされた。この記事はその二つを並べて説明しているが、並べられるようになるまでの経緯は知らずに書いている。
もう一つ、後から見えてきたことがある。
body schema と body image という語は、この記事の後、どこにも出てこない。Rolf Movement のトレーニング(2017年から2019年)でも、2025年のアドバンスト・トレーニングでも使われなかった。使われたのは Tonic Function の語彙だった。Pre-movement、Fixed Point と Orientation、Phoric Function。
しかし扱っている事柄のほうは続いている。フランクフルト在住のロルファー、鎌田孝美さんは、ロルフ・ムーブメントで追求している主題は一言でいえば身体地図の塗り替えなのだと書いている。語が消えて、事柄が残った。
この記事の末尾で、ロルフィングにできるのはボディイメージに正面から向き合うことではなく、ニュートラルになることだと書いた。当時、この「ニュートラル」はコーチングから借りた言葉で、心の構えを指していた。2025年のアドバンスト・トレーニングでは、同じ語が施術者の身体の置き方として渡された。手の形、背後の空間、肚。心の構えとして書いたものに、十一年後、手順がついた。



