ロルフィングのトレーニングも第6週目に突入。10回セッションのうち7回を終えた。1〜3回はSleeve(表層)セッション、4回〜7回はCore(深層)セッションと分かれ一つの区切りなので、前回に続きCase Presentationが行われた(3回目のセッションを終えた後のCase PresentationについてはCase Presentation(1)〜セッション3を終えて参照)。
もっとも興味深かったのは、身体地図との関係で統合セッション(8回〜10回)について話し合いが行われたことだった。
7回目まではどのように身体にアプローチするのか?目的が明確だ。しかし、8回目以降になると、クライアント一人一人のニーズに合わせてセッションの内容が変わっていく。なぜならば、10回でセッションが完結するからだ。10回のセッションを通じて学んだことを自分の生活に取り入れていくということでもあり、クライアントの自立性を促すため、一人一人のやり方が自ずと異なってくる(「統合セッション」参照)。
7回目までのセッションを手順通りに終えると、身体のすべての部位を触れたことになる。その間、どういった問題点(又は課題)があるのかが明確になっていく。例えば、その人の問題点は、腰痛なのか?左右バランスなのか?肩こりなのか?等である。
また全身を触れたからといって身体の各部位が連動して動くとも限らない。特に、ロルフィングでは肩と骨盤の連動性を重視する。肩と骨盤が連動し背骨のねじれを使うと(ロルフィング用語では、Contra-lateralと呼ぶ)最小限の力で動きが実現するからだ(「統合セッション」参照)。
Jörg先生、Andrea先生と一緒に各々の生徒が10分の持ち時間で、1人の症例の簡単な要旨を写真(注:写真はセッション1の施術前、セッション3の施術後、セッション7の施術後の3枚で、前側、右・左の側面と後側の4つの角度から撮った)を含めプレゼンを行った。

課題として興味深かったのは、ある女性のケース。その人は「南米の女性らしくなりたくない」というボディイメージを持っているためか、胸を隠すという無意識な姿勢(ボディスキーマ)に現れていることが明らかになってきた。ここでいうボディイメージとボディスキーマというのは、2つの異なる身体地図のこと。
ボディスキーマとは、脳が様々な外部情報を集めることで自動的(無意識的)に作られる身体地図。ボディイメージは、育った環境、文化等の主観的なイメージによって作られる地図。それぞれの詳細の内容について本コラムで触れた(「身体地図と幻肢」参照)。
Phase IIIに入ると、言葉をどのように使ってコミュニケーションをとるのか?について色々と言われるようになる。それは、ボディイメージに関係する。「南米の女性らしくなりたくない」というのはあくまでも本人のイメージであり、本人特有のもの。それに対してとやかく言われたくないのだ。
施術する側からすれば、そのことに対して「正しい・間違い」といった判断をしないことが大切になる。また、この部分が緊張しているとか、身体の悪いところを指摘する場合も、ボディイメージを否定することにつながる可能性がある。コンプレックスを抱いていることもあるからだ。要は、ボディイメージは、自我=エゴに結びついているものであり、判断を下すとクライアントは否定された気持ちになる。
ロルフィングができることといえば、そのボディイメージに対して正面から向き合うのではなく、ニュートラルになること。そして、ロルフィングができることに集中すること。それは、ボディスキーマで無意識になっている身体地図を意識化すること。新たな選択肢(新たなパターン)を提示することによって身体地図を少しずつ書き換えていくことだ。そのことで、ボディイメージが変わることを期待するのだ。
例えば、南米の女性に対する話題をしたとしても、それが正しい・間違いの観点で見るのではなく、新しい身体の使い方があるよ(例えば背骨を使った動き)、という形で身体に対する新しい見方を提供するのだ。そして10回までにある程度ボディイメージに対する見方に変化が出ることに期待する。
Case Presentationのときに気づいたのだが、ボディスキーマとボディイメージの関係は、コーチングにおけるBEINGとDOINGに似ていると思う。コーチングは、人の話を聞いて、その人のポテンシャルを上げるためにどうしたらいいのか?考える手段であることを本コラムで触れた(「Sensing・Doingとコーチング〜CTIの教育システムから考えてみた」参照)。
その際、
- DOING=何をするか?
- BEING=自分がどうあるべきか?
そして、BEINGという無意識になりがちな価値観に働きかけることによって(又は別の言葉で言えば価値観を書き換えていくことで)、意識に上るDOINGが自然に変化するというのがコーチングの本質であると述べた。
これはまさに、無意識なボディスキーマと意識的なボディイメージの関係に似ている。
ボディイメージと向き合うのは、ロルフィングの一つの醍醐味である。そしてクライアントによって十人十色だ。今回のCase Presentationでは様々なボディイメージの発表を聞くことができたが、10回のセッションを終えた段階でどのようにボディイメージに対する見方をクライアントは持っているのか?非常に楽しみだ。
2026年8月の注記
この記事で教わっているのは、ほとんどが禁止の形をしている。ボディイメージに正しい・間違いの判断を下さない。この部分が緊張している、と指摘しない。身体の悪いところを言わない。理由も書かれている。ボディイメージは自我に結びついているから、判断を下されたクライアントは否定されたと感じる。
そして、その禁止のすぐ隣に、ニュートラルという語が置かれている。ボディイメージに正面から向き合うのではなく、ニュートラルになること、と。
この語がこの時期の記事に現れるのは二度目である。一度目は、心をニュートラルにする、というコーチング由来の言い方だった。どちらの場合も、それが何を指すのかは書かれていない。判断しないこと、という否定形の説明があるだけである。
十年後、この語は手順を伴って渡された。2025年のアドバンスト・ロルフィング・トレーニングで Neutral の要件として示されたのは三つで、いずれも身体の置き方だった。手の形をどう作るか(Shape the Hand)、自分の背面の空間をどう見つけるか(Finding Back Space)、そして肚(Hara)。何をしないかではなく、どこにどうやっているか、という形をしている。
禁止が、在り方として渡し直されている。
同じ形は、Phase IIIの別の場面にもあった。クライアントの story に触れてはいけない、と教わった。十年後に受け取ったのは、story の一部にならない、という言い方だった。禁止のほうは守れているかどうかを事後に確かめるしかないが、在り方のほうは施術の最中に自分で確かめられる。
もう一つ、この記事には別の経路から同じものが届いている。
Case Presentationの最中に、ボディスキーマとボディイメージの関係が、コーチングのBEINGとDOINGに似ていると気づいた、と書いてある。CTIのコーチングを受けたのは2009年で、ロルフィングを知る前のことである。無意識に働いている価値観のほうに触れると、意識に上る行動が自然に変わる。判断を下さずに相手の価値観へ関わる、という構えは、そこで先に学んでいた。
手技の側から届いたものと、対話の側から届いたものが、同じ日に同じ場所で重なっている。当時は、似ている、と書くところまでだった。
十年後の言い方では、この構えは Kind Indifference と呼ばれる。関心を持ちながら、結果に執着しない。Jim Jealous の言葉として紹介されたものである。判断しないという禁止と、相手の可能性を信じるという構えは、そこで一つの語になっていた。
南米出身の女性の症例は、この記事のなかで唯一、具体的な人が現れる場面でもある。胸を隠す姿勢と、そうありたくないという思いが、Case Presentationの場で結びつけられた。ボディイメージとボディスキーマという語を先生が持ち出したのは、記憶している限りこの一度きりである。
その症例で取られた方針は、話題に触れないことではなかった。背骨を使った動きという、別の身体の使い方を差し出すことだった。是正ではなく、選択肢を増やす。二年後にGael Rosewoodのワークショップで言葉のかけ方として教わることになるのも、同じ原則である。




