Body Reading(身体観察)を行う際、身体がどのような姿勢を取っているのか?ということについて触れてきた。ここで気になるのは、なぜ身体が姿勢をとることができるのだろうか?という点である。
なぜ、自分の身体の足、膝、腰、肩、腕、手をしっかりと認識できるのか?目を閉じてもなぜ鼻、口、目に触れることができるのか?考えてみれば不思議。そこでその説明に入る前に一つ興味深い体験をしたのでそのシェアから始めたい。
クライアント・セッション中(セッションは6回目。セッションの詳細についてはセッション6:仙骨を調える参照)に興味深いことが起きた。腰痛持ちだったために、腰椎の3椎の神経を抜くという手術を過去に行った。病院のみならずオステオパシーを含めいろいろな医療機関を通っているにもかかわらず、痛みが未だに持続しているらしい。
セッション6では、背骨の終わりに位置する仙骨を調えるセッション。仙骨は靭帯を通じて下肢にもつながっているので、身体の背骨と下肢の双方を後側から調えていく。そして今回その中心に位置する腰にたどり着いた。
セッション6で仙骨を調えるセッションが終わりに近づいたときに、左右の足の後ろから首まで一直線に身体がつながったという自分の感覚があったのだが、どういうわけだか、右側のつながりを本人は感じることができなかった。なぜだろう?ということでPhase IIIのAndrea先生を呼んで一緒に対処することにした。
まだ、セッションが残っていてこれはあくまでも推測の域を出ないが、おそらくこれは幻肢(Phantom Limb)の一種ではないか、と。幻肢というのは、事故・病気が原因で手・足を失った患者が、存在しないにもかかわらず、そこに手・足があるように感じることだ。おそらく、昔の痛みが手術をしたのちにも続いている可能性があるのかもしれないことが考えられた。
その場合に、「気にかけている人がここにいるんだよ」というサインを送ることで少しずつ良くしていく方法がとられるらしい。例えば、今回は、腰から繋がる脊椎の棘突起に手を当てて静かに身体の反応を聞きながらの施術を最後に取り入れた。果たして、改善していくのか?これから経過待ちになりそうだが、今後とも一つ一つのセッションを細心の注意を払いながら、辛抱強く続けたい。
先ほど述べた、身体の姿勢や身体を構成するパーツをなぜ自分自身は認識することができるのか?ということと、幻肢は表裏一体になっている。いずれにせよ、それは人間には身体地図(body map)があるため、地図を頼りにどこになにがあるのか?について知ることができる。
Sandra Blakeslee と Matthew Blakeslee による『The Body Has a Mind of Its Own』(邦訳『脳の中の身体地図』)では、2種類の身体地図が紹介されている。ボディスキーマ(Body Schema)とボディイメージ(Body Image)だ。
ボディスキーマは脳によって無意識に作られる身体地図だ。主に五感(視覚、聴覚、触覚等)、固有感覚(Proprioceptive)(固有感覚とは、手足等の身体情報に基づいて制御される知覚、もしくは身体位置の知覚のことをいう)や平衡感覚(Vestibular)等により無意識に地図が作られる。
ボディスキーマは皮膚、関節や筋肉の感覚によって絶えず情報を更新している。ロルフィングに限らず、太極拳やヨガを含めたボディワークは、ボディスキーマという無意識に働かせている身体感覚を意識化させることにある。
興味深いのは、幻肢とボディスキーマの関係。幻肢の研究で知られる脳科学者 V. S. ラマチャンドランを含めた研究者によって唱えられている一つの仮説として、四肢のどれかを失うと、脳が数時間以内に無意識に身体地図を再構築するらしい。そして幻肢が現れるのはこの時。新たな身体地図を脳が受け入れる場合には、この幻肢が消えることがあるが、長い場合には何十年と居座り続けるらしい。
一方で、ボディイメージは、身体によって意識的に知覚することで作られた身体地図だ。個人的な経験や態度、自分に対する期待や思い込みによって作られるといってもいい。痩せているのに太っていると感じることは、一つのボディイメージである。
ボディイメージは、自分がどのように身体を知覚するのか?というPerceptionに関わっているともいえる。ロルフィングではPerceptionに対して、新たな選択肢を与えるようなワークをすることについて本コラムで以前触れた(「身体の意識について」参照)。
身体観察を行う際に、ボディスキーマとボディイメージを分けて考えるとわかりやすい。この二つの考え方を知ることで、ロルフィングの施術のどこに集中したらいいのか?明確になるからだ。
身体地図との関係についてはまた本コラムで触れる予定だ。
2026年8月の注記
幻肢の説明に入る手前で、この記事は身体地図という語を導入している。Sandra Blakeslee と Matthew Blakeslee の一般向けの本が典拠になっている。ボディスキーマは無意識に作られ、ボディイメージは意識的な知覚や思い込みによって作られる。この区別を、当時は本から受け取ったつもりでいた。
七か月前に、原典が配られていた。
Phase I の資料に、Shaun Gallagher と Jonathan Cole の論文が入っている。1995年の Journal of Mind and Behaviorに発表され、1998年に Body and Flesh: A Philosophical Reader に再録されたものだ。Giovanni先生の手書きで出典が書き込まれている。二人はこの論文で、body image と body schema が研究者のあいだで互換的に使われてきたこと、その混同が機能の理解を妨げてきたことを指摘し、区別を立て直している。Blakeslee の本の名前も、同じときに配られた年表資料の最終行に載っていた。
読まなかった。英語の論文が資料の束に入っていた、という以上の認識を持たなかった。
その論文の主題は、IW という一人の男性の症例である。19歳のときの神経疾患で、首から下の固有感覚と触覚を失った。痛みも温度も筋の疲労も感じるが、自分の手足がどこにあるかが分からない。彼は視覚と意識的な判断だけで姿勢と運動を作り直した。歩くには集中がいる。暗闇では動けない。卵を持ったまま別のことに注意が向くと、手が卵を潰す。
ボディスキーマが働かなくなった人が、ボディイメージで運動を代替した記録である。
この記事が扱っているのは、これと対になる現象だ。幻肢は、ないものがあるように感じられる。IW は、あるものが感じられない。どちらも身体地図の側の出来事で、身体そのものの側の出来事ではない。
そして、ロルフィングがしているのはその中間にあたる。あるのに感じられていない部分を、感じられるようにする。ここに出てくるクライアントは、両足の後ろから首までのつながりのうち、右側を感じることができなかった。組織は右にもある。地図の上で、そこが薄かった。
棘突起に手を当てて静かに反応を聞く、というのがそのときに取った方法だった。気にかけている人がここにいるというサインを送る。押すのでも動かすのでもない。この形の施術は、後から見ると一つの系列に属している。Sharon Wheeler の Bone Work では、掴んで圧迫したら待つ。骨が動き出し、身体が適切な位置を見つけて止まる。
ロンドンで受けたメンタリングで Alan Richardson が示したのは、触れる前に二十分をかけることだった。2025年のアドバンスト・ロルフィング・トレーニングでは、戦略も分析も期待も持たずにただ待つ、という言い方でこれが説明された。
11年前のこの記事は、その方法を教わったから使ったのではなく、他にやりようがなかったから使っている。
年表資料のほうには、姿勢制御研究の百年が並べられていた。Sherrington から Magnus、Bernstein、Penfield へ。gamma innervation と muscle spindles が明記されている。γ運動神経系は、後に Tonic Function の理論を理解する際の中心になる概念である。身体地図の話と姿勢制御の話が、Phase I の同じ紙の上にあった。
この二つの語の、その後の現れ方は違っている。
Tonic Function は理論として繰り返し立ち上がり、そのたびに解像度が上がった。一方、ボディスキーマとボディイメージという対が授業で使われたのは、記憶している限り、この直後のCase Presentationの一度きりである。南米出身の女性の症例で、胸を隠す姿勢と、そうありたくないという思いのつながりを説明するために、先生が持ち出した。
統合セッションの設計に入る局面だった。手順が決まっている七回目までと違い、そこからは一人一人違う。その切り替えを説明する必要が生じたときに、この区別が呼び出されている。
Rolf Movement の課程でも、この二語は出てこない。使われるのは Tonic Function の語彙のほうである。
ただし、扱っている事柄が消えたわけではない。フランクフルト在住のロルファー、鎌田孝美さんが、この記事を読んで「ロルフムーブメントと身体地図」についての文章を書いている。ムーブメントを語るうえで欠かせない概念だが、専門用語の説明に終始しそうで書きあぐねていた、と冒頭にある。ロルフムーブメントが追求しているのは身体地図の塗り替えである、というのがその結論だった。
英語の論文を読まないまま、七か月後に一般向けの本から同じ区別を受け取り、それを日本語で書いた。書いたものが、既にそれを知っていた人の書きあぐねていた文章を引き出した。教科書はなかったが、論文は配られていた。読まなかったことが、別の場所で書かれるきっかけになった。






