
はじめに
同じ手順を使っているのに、人によって起きることが違う。同じ人がやっても、日によって違う。ボディワークでもコーチングでも、続けていれば必ずぶつかることだと思う。
そこで問われているのは、技術ではない。施術者が、どういう在り方でそこにいるか。そう言われることが多い。では、在り方とは何で、どこから来るのか。
私はもともと科学の側にいた人間で、この問いに長く答えられなかった。答えらしきものが見えてきたのは、身体の側で、順序が逆だと気づいてからである。その経緯を書いてみたい。
33歳で、社会人になった
製薬会社に勤め始めたのは33歳のときだった。大学院の博士研究員として大学にいたので、10年遅れて社会人になったことになる。研修を受けることもなく、いきなり企業へ。どういう能力を磨けばいいのかが、まったく分からなかった。
研究の時代は、論文を出すという指標が一つあって、自分の成果を考えていればよかった。企業では、何を求められているのかが分からない。そこで、会社はどういう仕組みなのか、なぜ取締役がいるのか、経営陣は何を考えているのか、売上と利益とは何か。名刺の渡し方や電話の取り方といった常識を覚えながら、ビジネスモデルを学んだ。
磨くべきはスキルだ、と思った
学ぶうちに、組織の中で生きていくうえで最も重要で、しかもなかなか身につかないのが、コミュニケーションスキルだと分かってきた。外資系の企業に勤めることが多かったが、社内調査でいちばん上に挙がってくるのも、それだった。
磨くべきはスキルだ、と思ったわけである。社会人になって5年後、2009年ごろから、コーチングやNLP(神経言語プログラミング)の講座に通うようになった。
いちばん勉強になったのは、スキルの話ではなかった
ところが、いちばん勉強になったのは、スキルの話ではなかった。
コーチングが教えてくれたのは、行動(DOING)よりも在り方(BEING)に目を向けるということだった。在り方を見直していくと、行動のほうは勝手に変わっていく。NLPでは、身体の使い方(知覚)を変えることで在り方が変わることを学んだ。これは面白いと思い、身体性に関心を持つようになる。同じ頃、ストレス解消として2008年からアシュタンガ・ヨガ(Ashtanga Yoga)を始めていた。
ヨガから、力を抜くことへ
ヨガのポーズをうまくできるようになるには、どうしたらいいのか。その探究から、クリパルヨガ(Kripalu Yoga)やアイアンガーヨガ(Iyengar Yoga)など、ほかの流派も学ぶようになった。そのうちに、ボディワークの一つ、アレクサンダー・テクニック(Alexander Technique)とも出会う。
そこで繰り返し言われたのが、力を抜くことだった。がんばって形を作るのではなく、余計な力を手放すほうが、身体はうまく働く。これはひょっとすると、在り方の一つなのかもしれない。そう考えるようになった。
そして最終的に、ロルフィングに出会う。2014年から資格の勉強を始め、2015年に開業して、いまに至っている。そういう経緯があるので、私はボディワークを、コーチングの延長として捉えている。
力を抜くことは、本では身につかなかった
力を抜くことは、本で読んでも身につかなかった。正しい形を教わって、そのとおりにやろうとするほど、力は抜けない。自分の身体で、抜けた瞬間を一度感じるしかない。
この順序が、私にはこたえた。
科学は、逆の順序だった
それ以前、私は科学の世界にいた。科学は、まず理想のモデルを作り、そこから現実を理解していく。身体のほうは、その逆だった。
先にあるのは、いま起きている直接の体験のほうで、説明はその後から追いかけてくる。順序が逆だと気づいてから、現実の体験こそが重要だと考えるようになった。
スキルを身につけたくて入った道で、最も重要なのはスキルではない、と気づいたことになる。
在り方は、どこから来るのか
コーチや施術者が、過去にどんな現実の体験をしてきたのか。それが、そのままセッションに現れる。
冒頭の話に戻る。同じ手順を使っているのに、人によって起きることが違う。同じ人がやっても、日によって違う。そこで問題になっているのは、技術ではない。
では、在り方とは何で、どこから来るのか。ここで手が止まる。技術なら手順として教えられるが、在り方は、どう教えればよいのかが分からない。精神論にすると、何も言っていないのと同じになる。
この問いに、百年かけて取り組んできた分野がある。現象学である。
次に読むなら
現象学が、施術の現場で何を変えるのか。研修やセッションで感じてきたことと、百年分の議論を、一本につないでまとめた。
- 在り方は、どこから来るのか──ボディワーカーのための現象学──在り方をめぐる記事を、4つの群で辿れるようにした地図
- 名前が付くと、見えなくなる──現象学は、施術の現場で何を変えるのか──その本編
- 知覚という見方──ロルフィングは、身体の何を見ているのか──見ている側ではなく、知覚そのものから辿る入口
