本記事は「身体と心」シリーズ全6回の第6回である。本シリーズは、ロルフィングの基礎トレーニング(Basic Training)Phase IIとPhase IIIの期間にまたがって書かれた。本記事はPhase IIIの期間中に、Phase IIのセッション5で経験したことを起点に書いた。
ロルフィングのPhase IIトレーニングで、セッション5を学んでいる時だったと思う。人を立たせて、左側、右側、中央側からゆっくりと歩いていき、その人が世界をどのように知覚するのかをみる。その際、私の場合には左側から接近されると警戒感があったのに対して、右側や中央側だと全くそういったことがなかった。
また、New Zealandに住んだことがあり、現在仲間としてロルフィングを学んでいる同僚は、正面から接近されると警戒心を抱くようになるという。
これは、Space(空間)に対する認識が一人ひとり違うことによって起こる。

Spaceに対して、サイエンスの世界はどのように考えているのか。
科学ライターとして有名なSandra Blakesleeの『The Body Has a Mind of Its Own』(邦訳『脳の中の身体地図』)では、Spaceについて次のように紹介されている。
両腕を身体の正面いっぱいに伸ばし、指先まで伸ばした状態で、上下、左右に振ってみる。頭の上から大きく回して脇に下ろす。腕が通過した全空間が、身体を取り巻くパーソナル・スペースであり、神経科学者はこれをペリパーソナル・スペース(Peri-personal Space)と呼んでいる。この空間は、隅から隅まで脳内でマッピングされている。
このPeri-personal spaceは個人によって違い、それが人と人との距離感の取り方に現れてくる。個人的なスペースの確保がなぜ大切かというと、外部環境に身を置いたときに、脳が空間をどのように移動しているのかを把握しておかないと、不測の事態(例えば、車やバスが向かってくる、人が接近してくる)に対応できなくなるためである。対応するためには、手を伸ばしたり、引き離したり、近づいたり、身を守ったりする必要がある。このためにPeri-personal spaceが形成される。
次に、ロルフィングにおいてSpaceはどのように考えられているのか。
本コラムでTonic Functionについて何度か紹介しているが(「疲れる筋肉と、疲れない筋肉〜姿勢を支えるTonic Function」「2方向性が身体を調える〜Tonic Functionと歩行・座位」参照)、その提唱者のHubert Godardは、Giovanni Felicioniの恩師の一人である。私自身がGiovanniから学んだことは、クライアントとの間にSpaceを大切にすること(Hold the space)だった。
この考えはGodardの考え方に影響を受けている。
Godardは、Spaceを
その人が外界(環境)と築く想像上の関係(Imaginary building of our relationship to the world)
と定義している。

そして、客観的に測定できる空間をToposといい、Spaceと使い分けて考える。Spaceは関係を築くということから、個人がどのようにSpaceをとらえるのかという意味では、育った環境、個人的に歩んできた体験(成功体験、トラウマ体験)、文化的な背景に影響を受けることになる。

文化的な例の一つに、日本の満員電車を挙げることができる。満員電車でぎゅうぎゅう詰めになり、物理的なSpaceであるToposが全くない状況に遭遇することがある。それにもかかわらず、個人的なSpaceが侵されているという感覚がない。

本コラムで絵画史と身体について取り上げたが、これはまさしく人類の歴史において、描き手の画家が身体でSpaceをどのように認識してきたのかを表している(「絵画史と身体(1)〜西洋絵画史からみる身体の見方」「絵画史と身体(2)〜絵画史から顔と頭をどのようにみるのか?」参照)。
ロルフィングで身体を調えるということは、身体内にSpaceを作ることである(「力を抜くこと(3)〜重力とスペースの意識」参照)。そしてSpaceというのは、身体内のSpaceのみならず、Spaceの中に身体があるともいえ、内外のSpaceが影響を与えあうものである。
GodardはSpaceに対する考えを発展させて、Tonic Functionという理論へと結晶化させた。キーとなるのが2方向性(Palintonicity)だ(「基本的な考え方〜2方向性(Palintonicity)」参照)。
Godardの言葉を紹介すれば、2つの方向性とは、足を調えることで下半身の土台を築く(Ground Orientation。ground=地に着く、orientation=方向性)という一つの方向性と、土台に基づいて上半身が自由にSpaceと関係を構築する(Space Orientation)という方向性の、2方向をもつこと。2つの方向性をもつことでTonic Muscleは効率的に働き、身体は調っていく。
ロルフィングの醍醐味は、様々なテクニックやエクササイズが紹介されるが、自分の周囲にあるSpaceに対して新たな選択肢をクライアントにもたらすことにあると思う。そして、Hold the spaceはそれを手助けしてくれる。これからもSpaceを大事にセッションを行っていきたい。
参考文献
- Phenomenological Space, Interview with Hubert Godard, Contact Quarterly; 2003
- Sandra Blakeslee, Body Has a Mind of Its Own
2026年8月の注記
この記事は、Hold the space という言葉で終わっている。Giovanni Felicioniから学んだ言葉であり、Godardの考えに由来する。この言葉は、その後も繰り返し現れることになった。
11年で3回現れた言葉
2018年1月、Rolf Movementの認定トレーニングPart 2で、3回シリーズをどう設計するかが課題になった。手順は与えられず、リスクを冒して違う方法を取り入れることが求められる。そこで講師が力点を置いていたのが、環境を整備すること、つまり場をホールドすることだった(「Rolf Movement – Part 2(3)〜いい意味での混乱+Tonic Functionについて」参照)。
2025年のアドバンスト・トレーニングでは、Jeff Maitlandのエネルギーワークの捉え方として示された。エネルギーワークとは、癒しが自然に起こる場(フィールド)を保持することである。施術者の役割は、癒しを引き起こすことではなく、癒しが起こる空間を保つことにある。その結果、あるがままが立ち現れていく(「Advanced Rolferの認定までの歩みについて【総括】」参照)。
2015年、2018年、2025年。同じ言葉が、違う文脈で3回現れている。
変わったのは、何をホールドするかだった。この記事では、クライアントとの間のSpaceだった。2018年では、教える場そのものになる。2025年では、癒しが起こる空間である。対象が、二者の間から、集団へ、そして変化そのものが生まれる場へと広がっている。
Peripersonal Space が技法になる
この記事は、Blakesleeの本を通じてペリパーソナル・スペースを紹介している。腕が通過する全空間が、身体を取り巻く個人的な空間であり、それが脳内でマッピングされている、と。当時は、科学の世界がSpaceをどう捉えているかという紹介だった。
2018年2月、Rolf Movementの認定トレーニングPart 2の8日目に、スイス人のRolf Movement InstructorであるFrance Hatt-Arnoldから、セッションを組み立てるためのフレームワークの紹介があった(「Rolf Movement – Part 2(6)〜Territorial BodyとBody of Action」参照)。
Territorial Body(身体の部位、ロルフィングの身体部位に相当)と Body of Action(身体の動き、Rolf Movementで扱う動き)に分けて考えると、セッションが組み立てやすいという。
そこで挙げられた6つの対応の一つが、これだった。身体の各部位(Territory of Flesh)へアプローチする場合には、Peripersonal Space に対して動きを取り入れる。
Blakesleeが紹介した神経科学の概念が、施術の手続きとして位置づけられている。
他の対応も、この記事の主題と重なる。背骨と胸骨の間、後頭部と前頭部の間といった身体内の空間・奥行き(Volume)を感じるためには、空間に対して2方向性を感じさせる Vectorial Space の動きを取り入れる。クライアントとの境界線(Border)、開拓(Frontier)、安全性(Security)が求められる場合には、Orientation を動きに取り入れる。身体が自分のものであるという感覚(Sense of belonging)へアプローチする際には、周囲の外部環境が関わるので、安全・安心できるような動きを取り入れる。
境界線、開拓、安全性。身体が自分のものであるという感覚。いずれも、物理的な距離では説明できない事柄である。
この記事はGodardの定義を紹介した。Spaceとは、その人が外界と築く想像上の関係である。客観的に測定できるToposとは区別される、と。
Franceが示した枠組みは、その区別を前提に組まれている。Territorial Body は身体の部位、つまりToposに近い。Body of Action は、その身体がどう動き、周囲とどう関係を築くか。Spaceの側にある。
2015年に理論として書いたToposとSpaceの区別が、3年後には、セッションを設計するための2つの軸になっていた。
満員電車という例
この記事が挙げた文化的な例は、いま読むと別の意味を持つ。
満員電車でToposが全くない状況でも、個人的なSpaceが侵されているという感覚がない。ToposとSpaceが独立していることの、わかりやすい例として書いた。
2018年のRolf Movement Part 2では、Tonic Functionの5因子の一つとして、意味とシンボルが挙げられていた。顔を少し後ろに向けたり、胸を閉じる仕草をするというのは、その人にとって安全に感じる、意味を感じさせるから行う、という説明である。
満員電車で個人的なSpaceが侵されないのは、その状況に文化的な意味が与えられているからだろう。同じ物理的な距離でも、意味が違えば、身体の反応が変わる。
この記事は、Spaceが育った環境や文化的な背景に影響を受けると書いた。それが、Tonic Functionの因子として整理されていたことになる。
