Phase IIIのトレーニングの半分が終わり、残りの4週間が始まった。今週からBody Blissという違う場所・環境でのトレーニングとなる。
欧州ロルフィング協会(ERA;European Rolfing Association)の建物に比べ、周囲にはオーガニック専門店、アロマ専門店や飲食店、カフェが多数あり、物を入手するのに困らなそうだ。
環境が新しくなると世の中に対する見方や考え方が変わる可能性があり、楽しみだ。
さて、Phase IIIのトレーニングに入り、クライアントにセッションを行うようになったが、一つ心がけていることがある。セッションが始まる前に、今まで学んだ知識や経験を一度手放すために、頭を空にすることを心がけること。このことは、以前本コラムで取り上げた禅僧・鈴木俊隆老師の『Zen Mind, Beginner’s Mind』の言葉の影響が強い(「初心者の心」参照)。
以下紹介すると、
In the beginner’s mind there are many possibilities, in the expert’s mind there are few.
初心者の心には多くの可能性があるが、専門家の心には可能性がほとんどない。
そして、さらに頭で物事を見るようになると、実際に見るものと違ったものになるということを以下のように語っている。
As soon as you see something, you already start to intellectualize it. As soon as you intellectualize something, it is no longer what you saw.
何かを見ると、知性が働き始める。知性で考えると、実際見るものと違うものになる。
知性で感じるよりも実際に見るものを大事にする。いわば知覚すること。どうしても頭・分析的な見方に頼ってしまうと、情報量が多くなってしまい、何を見ていいのか、わからなくなってしまう(知覚的な見方については「Seeingと知覚すること(1)〜概念を持つと、見えるようになる」「Seeingと知覚すること(2)〜部分の和は、全体にならない」参照)。
ロルフィングを開発したIda Rolf氏は、『Rolfing and Physical Reality』という本で、興味深い言葉をいくつか残している。知覚することに関しては、身体をウォーターベッド(ゴム製マットレスに水が入っているベッド)のような不安定なものだと表現した上で、
This is the problem, to get secure in an art where there is no security. Your security comes only from relationship. (略)All kidding aside, if I can get you to a place where you recognize the security of insecurity, you will have made that first step forward.
(意訳)安心できない不安定なもの(=身体)に対して、技術という安心できるものに安心を求めるのは、問題である。(略)冗談はさておき、安心できないものに対して安心感が得られるような場所に辿り着いたら、(ロルフィングの)第一歩を歩んだと思っていい。So one of the things I’m trying to tell you is that here is only yourself and what you can learn to see & feel that will give you a certain security. I want to give you the feeling that it’s alright to be insecure.
(意訳)いくつか伝えたいと思っていることの一つに、自分自身が頼りになるということ。自分自身が見ることができ、感じることができるものこそが安心感を与えてくれる。安心感が得られないといったことを感じることは全く問題ない。
と述べている。身体というのは、ある意味で変化し続けるものであり、正しい・間違いで判断できるものでもない。だからこそ、頭で蓄積した知識というものよりも、知覚や自分の身体内で感じることの方が大事になってくるように思う。頭を空にしてセッションに臨むことで見えてくることを、今後とも書いていきたい。
2026年8月の注記
安心できないままでいる
原文の題は「不安と安心」だが、Ida Rolfがここで言っているのは、不安をなくす方法ではない。安心できないままでいて構わない、という一点である。そして安心は関係からしか生まれない、と続く。
技術という安心できるものに安心を求めるな、と読める。しかしそれなら、頼りにするものはどこにあるのか。Ida Rolfの答えは、自分自身が見ることができ、感じることができるもの、というものだった。
11年後から見ると、この「自分自身」が指していたのは施術者の身体である。
2025年のアドバンスト・トレーニングでNeutralを教わったとき、それは心を静める手順ではなかった。Shape the Hand、Finding Back Space、Hara——手の形、後ろの空間、肚。三つとも身体の置き方である。落ち着いた状態を作る技術ではなく、身体をどこに置くかの手順だった。
「スペースと心の部屋」の注記で、2015年の時点で「心をニュートラル」という語が使われており、ロルフィングでの相当物は自分の身体の使い方だったと書いた。その出典にあたるのが、この記事に引かれたIda Rolfの言葉である。安心を技術の側にではなく自分の身体の側に置け、という指示が、10年後に三つの要件として名前を与えられた。
現象が先にあり、名前が後から来る。Phase IIIの記事を読み返していて繰り返し出てくる順序が、ここにもある。
頭を空にすること
セッションが始まる前に、今まで学んだ知識や経験を一度手放すために、頭を空にする。そう書いている。
この形は、この時期に繰り返し現れる。「手技を超えて」の注記で、Jörg先生が示したのは施術者の内側であり、Gael Rosewoodが示したのはクライアントに渡す言葉であると書いた。プラーナーヤーマの学習でも、蓄積を使う瞬間にそれを後ろへ下げるという同じ形を教わっている。この記事の「頭を空にする」は、そこに加わる四つ目にあたる。
ただし、こちらは出どころが違う。鈴木俊隆老師の『Zen Mind, Beginner’s Mind』であり、自分で読んだ本から来ている。
禅からロルフィングへの経路は、もう一本ある。佐々木承周老師のもとで修行したJeff Maitlandが法覚という法名を持ち、その哲学がアドバンスト・トレーニングの土台になり、Ray McCallを通じて2025年に届いた。「初心者の心」の注記でその線を辿った。
2015年の時点で、禅は二つの経路からロルフィングに接していたことになる。一方は制度として上流から降りてきたもの、もう一方は自分で選んで読んだもの。同じ場所に、別々の入口から二度着いている。
手順を信じること
セッションを始めて10年以上になる。体験セッションを含めて380名の方にセッションを行い、10回シリーズを終えられた方は196名である(2026年8月15日現在)。そのうち、最後まで実感のないまま終わられた方が2名いらした。メンテナンスとして戻ってこられる方は、2割から3割ほどになる。
手順を信じられなくなるときは、今もある。そういうときは、Jörg先生の言葉を思い出すようにしている。すると、どういうわけか、どの方向へ行けばいいのかが落ち着いて見えてくる。
Phase IIIで学んだのは手順を信じること、心を落ち着かせることだと、この時期の記事の注記に書いてきた。それは修了時点で身についたものではなく、10年以上のセッションのなかで、そのつど戻ってきた場所だったということになる。
場所が変わったこと
この週から、Body Blissという別の場所での授業になった。ERAの建物とは環境が違い、周囲にはオーガニックの店やカフェが多い。環境が新しくなると世の中に対する見方や考え方が変わる可能性があり、楽しみだと書いている。
ミュンヘンでの8週間が単一の場所で行われたのではなかったことは、他の記事には記されていない。






