現象学は、施術の現場で何を変えるのか(第1回|全3回)

はじめに
ボディワークの技術は、学べば身につく。どこにどう触れるか、どの順で進めるか、何を評価するか。手順はいくらでも増やせる。
けれども、ある段階から先へ進まなくなる。同じ手順を使っているのに、人によって起きることが違う。同じ人がやっても、日によって違う。
そこで問題になっているのは、技術ではない。施術者が、どういう在り方でそこにいるかである。
これは、ボディワークだけの話ではない。私はコーチングも行っているが、そちらでも同じことが起きる。問いかけの技術をいくつ持っているかより、その人がどう在るかのほうが、対話の質を決めてしまう。
では、在り方とは何なのか。どう深めればよいのか。
ここで手が止まる。技術なら、手順として教えることができる。在り方は、どう教えればよいのかが分からない。精神論にすると、何も言っていないのと同じになる。
この問いに、百年かけて取り組んできた分野がある。現象学である。
人が世界をどう受け取っているのか。受け取る前に、何を前提としているのか。その前提を、どうすれば一度外せるのか。現象学が扱ってきたのは、まさに在り方の側である。
そして、ロルフィングはこの分野と、思っていたより深いところでつながっていた。
2014年8月、ドイツでロルフィングの基礎トレーニングが始まった。授業に、哲学者の名前が次々に出てきた。デカルト、フッサール、メルロ=ポンティ、ハイデガー、ゲーテ。現象学、構造主義、ゲシュタルト。
身体に触れる技術を学びに来たはずだった。なぜこれらが出てくるのかは、分からなかった。
11年後の2025年、アドバンスト・トレーニングを受けた。そこで受け取った枠組みの多くが、Jeffrey Maitland という一人の人から来ていた。哲学の終身在職教授であり、禅僧であり、認定アドバンスト・ロルファーだった人である。
名前だけ知っていたものが、一つの並びとして見えた。
この記事は、そこから遡った記録である。施術者が、目の前の身体をどう見るか。哲学の側から降りてくるのではなく、現場から始めて概念へ上がる。
書いている相手は、同じ仕事をしている人である。ただ、受ける側の方にも読んでいただけたらと思っている。セッションで何をされているのかは、手順を聞いても分からない。施術者がどこから見ているかのほうが、実際に起きていることに近い。
判断を止める
前提を外す
先に、物理学の話をしたい。
ニュートン力学には、絶対空間と絶対時間という前提があった。世界という入れ物が先にあって、その中で物が動く、という見方である。空間そのものは、中に何も入っていなくてもそこにある。時間そのものは、何も起きていなくても流れている。そういう土台が、物の運動を支えていると考えられていた。
だが、空間そのものを見た人はいない。私たちが測れるのは、いつも何かと何かの関係だけである。電車がホームに対して動いている。ホームは地面に対して止まっている。地面は太陽に対して動いている。「空間そのものに対して動いている」とは、誰にも言えない。比べる相手を、指させないからである。
エルンスト・マッハ(Ernst Mach、1838-1916)は、だからそれを外した。どんな観測にも現れないものを、理論の土台に置くのはおかしい、という理屈である。残るのは、感覚に現れるものと、その関係だけになる。
アインシュタインは、そこから出発して相対性理論を作った。
前提を外したら、見えるものが変わった。
名前が付くと、見えなくなる
同じ形が、施術の現場にもある。
11年前、能楽師の安田登さんの本について書いたことがある(「「からだ」はもともと死体を指した──日本語の身体観とロルフィング」)。日本語の「膝」は膝頭から腿の付け根までを指し、「肩」は肩峰から首のあたりまでを含んでいた。解剖学がポイントとして身体を見るのに対して、おおざっぱさが日本語の身体言語の基本だった、という話である。
そして、肉離れの例が出てくる。
一つの名前が付くことで引きずられ、身体をどのように感じるかという観点が忘れられ、その名前に対する処置だけが始まる。結果として、いま目の前にある、その人の足という個別の状況が忘れられる。
名前を外したら、目の前の身体が見えた。マッハが物理学でやったことと、形が同じである。
エポケーという手続き
この、いったん外すという手つきに、哲学の側で名前が付いている。エポケー(判断中止)という。理論が前提としているものを括弧に入れ、経験に現れているものから始める。
これを方法として立てたのがエトムント・フッサール(Edmund Husserl、1859-1938)で、現象学の父と呼ばれる。その手前にフランツ・ブレンターノ(Franz Brentano、1838-1917)がいて、志向性(intentionality)という概念を見出している。意識とは、つねに何かについての意識である、という捉え方だ。
ブレンターノは、哲学者であると同時に、心理学の歴史でも重要な役割を果たしている。1874年の『経験的立場からの心理学』(Psychologie vom empirischen Standpunkt)を書いた人である。
当時、心理学は物理学になろうとしていた。物質を扱うのと同じやり方で、心を扱う。心を要素に分解し、要素が組み合わさる法則を見つけ、数値で測る。ヴィルヘルム・ヴント(Wilhelm Wundt)が1879年にライプツィヒで実験心理学の研究室を開いたのも、この線である。科学として認められるには、それしかないと思われていた。
ブレンターノは、そこに反対した。物質と心には、決定的な違いが一つある。心は、いつも何かについてのものである。見ることは何かを見ることであり、恐れることは何かを恐れることである。一方、石はどこまで行っても、何かについてのものではない。これが、さきほどの志向性である。
要素に分解して測ると、この「何かについて」が落ちる。心を心たらしめているものが、方法のせいで見えなくなる。だから彼は、分解と測定ではなく、心の働きそのものを記述するほうを選んだ。書名にある「経験にもとづく」とは、そういう意味だった。
物理学の方法を借りると、心の肝心なところが見えなくなる。これは、前の節のマッハと裏返しの関係にある。マッハは物理学から、観測に現れないものを外した。ブレンターノは心理学に、物理学の方法が入ってくるのを止めた。向きは逆だが、どちらも、枠組みのほうが何を見えなくするか、という話である。
彼の講義にはフロイト(Sigmund Freud)も出席していたし、その思想はゲシュタルト心理学の成立にも影響を与えている。
そして、フッサール自身が、この方法の前身を名指ししている。1928年のアムステルダム講演の冒頭である。
世紀転換期に厳密な学的方法をめぐっての哲学と心理学の闘いのうちから、哲学および心理学の研究のためのある新たな方法と共に、一つの新たな学が生まれてきた。この新たな学は現象学と呼ばれた。それはこの学ないしその新たな方法が、すでにそれに先立って二、三の自然科学者や心理学者によって要請され使用された現象学的方法をいわば徹底することによって生じたものだからである。こうした方法は、いわゆる〈精密〉自然科学を脅かしていた理論構成のための基礎の欠如に反撥するマッハやヘーリングといった人たちによって意識されていた。その反撥は、理論の正当な意味やその成果への明晰な洞察のおこなわれることのない、直観と無縁な概念形成と数学的思弁とによって理論を構成することへの反撥であった。
(『アムステルダム講演』より。訳は木田元『マッハとニーチェ──世紀転換期思想史』による)
名前が挙がっているのは、マッハと、生理学者のエーワルト・ヘーリング(Ewald Hering)である。直観と無縁な概念形成や、数学的な思弁によって理論を組み立てることへの反撥だった、というのがフッサールの見立てである。
第1節で絶対空間を外したマッハが、ここで現象学の前身として現れる。形が同じだった、というだけではなかった。
この並べ方は、Maitland のものである。2016年の著書『Embodied Being: The Philosophical Roots of Manual Therapy』(身体化された存在──徒手療法の哲学的な根)で、現象学を進めた人として、ブレンターノ、フッサール、ハイデガー、メルロ=ポンティ、そしてゲーテを挙げている。そして現象学をこう定義する。
Phenomenology turns the tables on the Cartesian worldview by embracing experience as it is lived and not as it is thought about later in reflection.
現象学は、経験を生きられたまま受け取ることによって、デカルト的な世界観をひっくり返す。後から反省のうちで考えられたものとしてではなく。
そして、こうも書いている。
There is plenty of theory associated with phenomenology, but it is more a method for how to attend to experience than a theory of experience.
現象学には理論も多くあるが、それは経験についての理論であるよりも、経験にどう注意を向けるかの方法である。
理論ではなく、方法。これが、身体の仕事をしている人間にとって大きい。
ロルフィングの理論を整理した Aline Newton は、1995年の解説「Basic Concepts in the Theory of Hubert Godard」(Rolf Lines, Vol. XXIII, No. 1, March 1995, pp. 32-43)で、現象学に触れたうえでこう書いている。
Even when pain brings our attention to a particular area or muscle, still we do not experience ourselves as a collection of nerve impulses, muscle fiber contractions, or sidebends and rotations.
痛みが、ある部位や筋肉に私たちの注意を向けさせるときでさえ、それでもなお私たちは、自分を神経インパルスの集まりや、筋線維の収縮や、側屈と回旋として経験してはいない。
解剖学の言葉で記述できることと、その人が経験していることは、別である。施術者は後者を相手にしている。
禁止の形で教わっていた
基礎トレーニングの後半で教わったことの多くが、禁止の形をしていた。判断しない。指摘しない。当時は、なぜそういう言い方になるのかが分からなかった。
2025年のアドバンスト・トレーニングでは、Kind Indifference という語を受け取った。冷たい無関心ではなく、距離を保つという意味である。オステオパスの Jim Jealous の言葉も紹介された。観察はしても、物語の一部になるな。
いずれも、判断を止めることを別の言い方で述べている。
あるがままが現れるのを待つ
関わっているところから始まっている
判断を止めたあと、何をするのか。
マルティン・ハイデガー(Martin Heidegger、1889-1976)は、フッサールの方法を世界の側へ徹底させた。人間は、世界を眺めてから関わるのではない。関わっているところから始まっている。
ハンマーの例がよく知られている。使いこなしているとき、ハンマーは意識から消えている。それが手を離れて壊れたときに初めて、対象として現れる。技能をもって関わることのほうが、理論として認識することよりも先にある。
Maitland は、この立場を一つの文で言っている。
You have to give up your stance as an onlooker/bystander in order to let what is show itself to you.
「あるもの」が自らを現すためには、傍観者としての立ち位置を手放さなければならない。
これは、ハイデガーによる現象学の定義そのものである。現象学とは、自らを示すものを、それが自らを示すとおりに見えるようにすること。Maitland はそれを、施術の手順として書き直している。
…shift your orientation from trying to accomplish results and evaluating structure to an orientation of allowing what is to show itself. You simply get out of the way by expanding your perceptual field, dropping your self, and opening a loving space.
結果を出そうとし、構造を評価しようとする向きから、あるがままが自らを現すのを許す向きへ切り替える。知覚の場を広げ、自己を降ろし、愛に満ちた空間を開くことで、ただ邪魔にならない場所へ退く。
2025年のアドバンスト・トレーニングで、これは「あるがまま」が現れるのを待つという形で教えられた。2016年の本に書かれていたことが、9年後の教室に届いていたことになる。
意図と、志向性
そして、意図についての整理がある。
施術者のあいだでは、意図は技法より重要だ、という言い方がよく聞かれる。Maitland は、この言い方が成り立たないと述べた。意図(intention)と志向性(intentionality)が混同されているからである。
志向性は、施術者が世界へどう向いているかという在り方を指す。意図は、その志向性の一つの形にすぎない。白昼夢も、怒りも、恐れも、問題解決も、知覚も、すべて志向性の形である。
だから、意図は技法の一種であり、その効果は志向性に依存する。意図が技法より重要だと言うなら、それは技法が技法より重要だと言うに等しい。
志向性が、意図よりも、技法よりも重要である。これが結論だった(詳しくは「意図と志向性の違い──セッションに臨む二つの「在り方」」に書いた)。
禅が、三つの経路で入ってきた
Maitland は禅僧でもあった。師は佐々木杏山承周老師である。
私にとって禅は、三つの経路から入ってきた。
一つ目は、家である。墓が世田谷の豪徳寺にあり、曹洞宗である。学ぼうとして出会ったのではなく、先にあった。2000年、父が亡くなった年には、永平寺を訪れている。
二つ目は、自分で読んだ鈴木俊隆の本から。手に取ったときには、それが同じ流れにあることを意識していなかった。
三つ目は、制度として渡ってきたものである。佐々木老師から Maitland へ、Maitland から Ray McCall へ、そして2025年の教室へ。
一つ目に気づいたのは、いちばん後だった。
ただし、ハイデガーのこの立場にも、後から重い批判が向けられることになる。それは、第2回で扱う。
見分ける性質としての、原則
手順ではなく、見分ける性質
ロルフィングには、5つの原則がある。全体性(Wholism)、支持(Support)、適応性(Adaptability)、二方向性(Palintonicity)、完了(Closure)。
これは Ida Rolf が立てたものではない。1989年に協会が分裂したあと、Maitland と Jan Sultan が、アドバンスト・クラスを一緒に教えているあいだに作った。後に Michael Salveson が必要な補正を加えている。Maitland 自身が、そう書いている。
私がこれを教わったのは、2014年から2015年にかけての基礎トレーニングだった(「Phase III(12)〜5原則」)。2025年のアドバンスト・トレーニングでも、同じ5つを受け取っている(「ロルフィングにおける原理・原則と観察力 — Jeff Maitlandのアプローチ」)。
当時は、手順のようなものとして受け取っていた。どれから見るか、どの順で当てるか。そうではなかった。
Maitland の原則は、機械的な優先順位も、介入の道具も規定していない。そこに既にあるのか、それともさらに喚起される必要があるのかを、見分けるための性質である。
原則は、何をするかではなく、何を見るかを決めている。ここで、前の2章とつながる。判断を止め、あるがままが現れるのを待つとき、何が現れたのかを受け取る枠が要る。原則はその枠である。
5つのうち、二方向性だけが見慣れない語だと思う。原語は Palintonicity で、英語の辞書にも載っていない。これは Maitland が作った語である。1991年に「The palintonic lines of Rolfing」(Rolf Lines 19巻1号)で持ち出し、翌1992年に Sultan との共著「Definition and principles of Rolfing」(同20巻2号)で原則として定式化している。
Spannung に、英語がなかった
出発点は、Ida Rolf が好んで使っていたドイツ語の Spannung だった。張り、高まり、伸び、span。ギターの弦が調子よく張られている状態にも、吊り橋や人体のような張力構造にも使える。同時に、強い注意や、美的な観照や、瞑想のさなかに身体が示す質にも使える。
これらすべてを収める英語が、一語もなかった。そこで Maitland が探しに行き、古代ギリシャに辿り着く。ヘラクレイトス(紀元前500年頃)の断片である。
They do not apprehend how in differing with itself it is brought to agree with itself: stretched-back-and-forth harmony like that of the bow and lyre.
相反しながら、いかにして自らと一致するに至るのかを、人々は理解しない。弓と竪琴のような、張り返す調和。
「張り返す」にあたるギリシャ語が palintonos である。palin は「行きつ戻りつ」「戻る」、tonos は英語の tone の語源で、音の調子にも、筋緊張にも、感情の調子にも使われる。
プラトンではなく、ヘラクレイトス
そして Maitland は、プラトンとの対比を示す。
プラトンは、地上と身体を否定したところに自由を求めた。永遠で不変の、この世ならぬ領域である。ヘラクレイトスは違った。調和は、一方の極を否定することにではなく、両極のあいだの適切な張りのうちに見出される。
Harmony results when the poles which constitute the opposition are held in a unified balance. “Palintonos” means, therefore, “unity of opposition” or “oppositional balance.”
対立を構成する両極が、統一された均衡のうちに保たれたとき、調和が生じる。したがって palintonos とは、「対立の統一」、あるいは「対立的な均衡」である。
張りは、対立を必要とする。対立がなければ、調和もない。
Maitland は、ここに荘子を並べている。
Can a man cling only to heaven / And know nothing of earth? / They are correlative: to know one / Is to know the other. / To refuse one / To refuse both.
天のみに固執して、地を知らずにいられるか。両者は相関する。一方を知ることは、他方を知ることである。一方を拒むことは、両方を拒むことである。
ここで、現象学と東洋が同じ場所に来る。ハイデガーがプラトン以来の枠組みを問い直したことと、ヘラクレイトスがプラトン以前にいたこと、そして荘子が同じことを別の言葉で言っていたことが、一つの節に並ぶ。
立っている身体のこと
そして、この語が指しているのは、立っている人間の身体である。
ほとんどの動物は、背骨を地面と平行にして時間と空間の中に自分を置く。人間はそうではない。足を地につけ、頭を天へ持ち上げている。地に支えられながら、上へ伸びていく。その両方が同時に成り立っている状態を、palintonos が指している。
ロルフィングで二方向性と呼んでいるものが、これである(「2方向性(Palintonicity)」)。
身体は空間の中にあり、空間は身体の中にある
身体は、知覚される側ではない
モーリス・メルロ=ポンティ(Maurice Merleau-Ponty、1908-1961)は、ハイデガーが手薄にしていた身体そのものを、正面から扱った。
身体は、知覚される対象ではなく、知覚する側である。私たちは身体を通して世界を持っている。考えるより先に、身体のほうが「できる」ことを知っている。
身体図式は、メルロ=ポンティの語ではない
ここで一つ、訂正しておきたい。
身体図式(ボディスキーマ)という概念を、メルロ=ポンティが提唱したと書かれることがある。私も、そう書いたことがある。だが、これは正しくない。
身体図式の起源は、神経学者の Henry Head と Gordon Holmes が1911年に発表した論文にある。身体イメージ(ボディイメージ)のほうは、Paul Schilder が1935年に提示した。二つは別の学統から出て、後に対にされた。メルロ=ポンティ(1945年)は、既にあった神経学の概念を現象学の側へ引き取った人である。
この訂正には、個人的な経緯がある。2014年、基礎トレーニングの最初の段階で、Shaun Gallagher と Jonathan Cole の論文が配られていた。まさにこの二つの語の混同を整理するために書かれたものである。年表資料も一緒に配られ、1911年と1935年が明記されていた。
私は、それを読まなかった。読まないまま、後年この主題について書いている。
Maitland も、メルロ=ポンティから受け取ったものをはっきり書いている。
At the end of the thread I discovered the sentient (self-sensing) body uncovered first by Maurice Merleau-Ponty. In time I realized that what I was calling “the sentient body” was a clear example of consciousness as a somatic event.
糸の先で私が見出したのは、モーリス・メルロ=ポンティが最初に明らかにした、感受する(自らを感じる)身体だった。やがて私は、自分が「感受する身体」と呼んでいたものが、意識が身体的な出来事であることの明らかな一例だと気づいた。
意識と身体は、互いに排他的な二つの種類ではなくなる。デカルト以来の枠組みが、ここで崩れる。
触れることと、触れられること
触れることについては、もう一冊のほうに一節がある。1994年の『Spacious Body: Explorations in Somatic Ontology』(広がりのある身体──身体の存在論をめぐって)である。手を使う仕事をしている人間にとって、決定的だと思う。
Touching is an act of will, a movement out and away from yourself designed to accomplish a certain end. … Being touched is not an act of will; it is an act of allowing.
触れることは意志の行為であり、ある目的を果たすために自分から外へ出ていく動きである。触れられることは意志の行為ではない。それは許しの行為である。
そして、許すことは能動でも受動でもない、と続く。
Things contact other things—just because your body is in contact with hers is no guarantee that she is being touched.
物は物に接触する。身体が接触しているというだけでは、その人が触れられている保証にはならない。
接触していることと、触れていることは違う。相手が許していなければ、手は身体の上に乗っているだけである。
「どこにいるか」が、先にある
そして、空間の話になる。
ドイツ生まれの神経学者で現象学者の エルヴィン・シュトラウス(Erwin Straus、1891-1975)は、哲学の出発点を「人間の直立した姿勢」に定めた人である。ナチスを逃れて渡米し、退役軍人病院で38年間を過ごした。Newton は1995年の解説のなかで、彼の論文「Upright Posture」を三度にわたって長く引いている。
まず、環境についてである。
Men and mice do not have the same environment, even if they share the same room. Environment is not a stage with the scenery set as one and the same for all actors who make their entrance. Each species has its own environment.
人と鼠は、同じ部屋にいたとしても、同じ環境にはいない。環境とは、登場するすべての役者にとって同じように設えられた舞台ではない。それぞれの種が、それぞれの環境を持っている。
そして、直立していることは、力学の問題ではないと続く。
Upright posture preestablishes a definite attitude toward the world; it is a specific mode of being in the world.
直立した姿勢は、世界へ向かう一つの明確な態度をあらかじめ定めている。それは、世界の内に在ることの、特定の様式である。
もう一つ、私が長く覚えている一節がある。
While the heart continues to beat from its fetal beginning to death without our active intervention and while breathing neither demands nor tolerates our voluntary interference beyond narrow limits, upright posture remains a task throughout our lives.
心臓は胎児のときから死にいたるまで、私たちが積極的に介入しなくても打ち続ける。呼吸は、狭い範囲を超えた随意の干渉を、求めも許しもしない。それに対して、直立した姿勢は、生涯を通じて課題であり続ける。
立っていることは、達成して終わることがない。毎朝、また取り組み直す。シュトラウスはさらに、重力は完全に克服されることがなく、直立した姿勢はつねに対抗という性格を保ち続けると書いている。私たちの活動と注意を、絶えず求めている。
そして身体図式について、彼はこう言う。
The body scheme is not so much a concept or image that a person has of his own body as it is an ensemble of directions and demarcations—directions in which we reach out toward the world and demarcations that we encounter in contact with the world.
身体図式とは、人が自分の身体について持っている概念や像であるというより、方向と境界の集まりである。私たちが世界へ向かって手を伸ばしていく方向と、世界と接するときに出会う境界の。
身体の空間は、皮膚で終わらない。私たちは感覚の届く範囲を、周囲の空間へ投げ出している。
Rolf Movement の理論を作った ウベア・ゴダール(Hubert Godard) は、2005年のインタビューで、自分の空間論を現象学的空間(Phenomenological Space)と呼んだ。本人が、その章の題はそれであるべきだと言っている。
身体が空間の中にあるだけではない。空間のほうも、身体の中にある。ウベアは、側弯を背骨の形の問題としてではなく、その人の空間の問題として見た。
メルロ=ポンティについても、同じことを言っておかなければならない。身体を正面から扱ったこの人にも、批判が向けられている。それも、第2回で扱う。
この主題は、別に連載として書く予定でいる。
ここまでが第1回である。判断を止め、あるがままが現れるのを待つ。原則は、何をするかではなく何を見るかを決めている。身体は空間の中にあり、空間は身体の中にある。
だが、冒頭に置いた問いには、まだ答えが出ていない。在り方は、どう教えればよいのか。そして、ここまで書いてきたことには、正面からの批判が向けられている。第2回は、その批判から始まる。
▶ 第2回:見ることは、教えられるのか──現象学に欠けていた、実践の次元
この記事は、在り方は、どこから来るのか──ボディワーカーのための現象学の本編です。ここで触れた主題を扱った記事は、そちらに群ごとにまとめています。
