はじめに
前回までに、540本の記事を読み直していること、そして減らすには基準が要ることを書いた。今回は、読み直していて起きたことと、それでも減らせないものについて書きたい。
残した記事には、いまからの注記を足している
残すと決めた記事には、末尾に注記を書いている。「2026年8月の注記」と「2026年9月の注記」という見出しで、11年前に書いたことが、いまどう見えるかを書き足すものだ。いまのところ230本になった(2026年9月14日現在)。
書いているうちに、同じ形が繰り返し出てくることに気づいた。
いちばん多いのは、現象が先にあって、名前が後から来る、という形である。2014年の記録に、こういうことが起きた、と書いてある。そのときは名前を知らないので、起きたことをそのまま書くしかない。
たとえば、ニュートラルという言葉。最初に出会ったのはコーチングで、ロルフィングを知る前だった。基礎トレーニングの記録にも二度出てくるが、どちらも心の持ち方の話として書いている。それが2025年のアドバンスト・トレーニングでは、Neutral、Shape the Hand という、身体の使い方の手順として渡された。同じ言葉を何度も学びながら、意味が変わってきた。
先に言葉があって、中身が後から入ってくることもある。教わったときに書き留めたが、自分のものになるまで10年かかった、という形だ。たとえば、Hubert Godard が唱えた Tonic Function は、理屈としては早くから分かっていた。ただ、セッションを重ねるなかで分かってきた部分のほうが大きい。
そして、答えが出ていないものもある。当時立てた問いに、後から材料が増えて見え方は変わったが、まだ答えは出ていない。そういう注記もそのまま残している。
読み直して、記憶のほうが違っていた
読み直していて、いちばん驚いたのは、自分が書いたはずのことを、自分が覚え違えていたことだった。
「Training Phase I〜「手放すこと」と初日」という記事がある。トレーニングの最初の日の記録だ。あとから書いた総括のなかで、初日に教わったのは手放すことだった、と書いていた。
本文を確認したら、違っていた。手放すというのは、仕事を辞めて一年国外に出るという決断をした後の、トレーニングに入る前の自分の状態を指していた。初日そのものは自己紹介が中心である。
11年あれば、記憶のほうが動く。読み直す作業は、記憶を記録に合わせ直す作業でもあった。
減らせないものがある
一本ずつ見ていくと、たいていの記事は消せる。ここに書いてあることは他の記事にもある、後から書いた説明のほうが整っている、そう言えてしまう。
それでも減らせないものがある。
たとえば、2025年のアドバンスト・トレーニングで教わったことと、2014年の基礎トレーニングで教わったことを並べると、理解しているものと理解できないものに分かれる。
具体的にいうと、ヨーロッパの系譜には Hubert Godard の Tonic Function という体系がある。重力に対して身体がどう応じるか、という考え方で、私はそれを2014年から2019年にかけて学んだ。一方、アメリカ側のアドバンスト・トレーニングには、Jeffrey Maitland の原理と分類という別の体系がある。
この二つは、人の往来がなかったわけではない。2013年に、エネルギーワークに関わる教員が一堂に会した席がある。そこには、私がアドバンストで教わることになる講師が二人とも連なっていた。接触はあった。
それでも、Tonic Function の体系は、Maitland側に伝わっていない。伝わったのは、骨盤の横軸という解剖学上の位置の話だけだった。接触がなかったから伝わらなかったのではない。接触があっても伝わらなかった。
これは、両方の記録を持っている人間にしか書けない。11年前に欧州で受けた記録と、いま日本で受けた記録が、同じサイトの中に並んでいるから言える。片方を消したら、この関係そのものが消える。記事の価値が、記事一本の中ではなく、記事と記事のあいだにある場合がある。減らす作業をしていて、いちばん気をつけているのはそこだった。
数に合わせない
目安としては、日本語と英語をそれぞれ400本以内にしたいと思っている。ただ、この数字に合わせにいくつもりはない。400本にするために、残すべきものを落としたら、何のためにやっているのか分からなくなる。
減らすのは、数を減らすためではない。読む人にとって、必要なものが見つかりやすくなるためである。540本あるホームページは、書いている側にとっては積み重ねだが、初めて来た人にとっては、どこから読めばいいのか分からない場所でしかない。
英語版のほうは、増やしている
減らす作業と並行して、まったく逆のことをやっている。
英語版のない記事に、英語版を作っている。170本しかなかったものが、いまは400本を超えた。
こちらは翻訳ではない。日本の読者に向けて書いた説明は、そのままでは英語圏に届かない。地名も、雑誌名も、書名も、説明を足さないと何のことか分からない。逆に、日本語では説明が要らないことに長い注が必要になる。
だから同じ記事が、言語によって別の形になる。日本語版にない段落が英語版にあることもあれば、その逆もある。
読む人が違えば、必要なものも違う。減らす基準も、足す判断も、結局は同じところから来ている。
まとめ
今回は、読み直して分かったことと、それでも減らせないものについて書かせていただいた。
次回は、新しいホームページが公開されたときに、何が変わったかを書きたいと思う。
