本記事は「身体と心」シリーズ全6回の第3回である。本シリーズは、ロルフィングの基礎トレーニング(Basic Training)Phase IIとPhase IIIの期間にまたがって書かれた。本記事はPhase IIの期間中の記録にあたる。
アイダ・ロルフがロルフィングの10回シリーズを考えたときには科学的な理論というものがなく、本人のヨガ、オステオパシー、アレクサンダー・テクニックなどの経験を元に作られた。ロルフィングに科学的な裏付けを行ったのが、フランス人のロルファーHubert Godardである。前回、Tonic Functionについて触れた(「疲れる筋肉と、疲れない筋肉〜姿勢を支えるTonic Function」参照)。
重力に対してどのようにして筋肉が働くのか。そしてなぜロルフィングに効果があるのか。この疑問に基づいて追究していった結果、GodardはTonic Functionというアイデアに行き着く。
Godardは、筋肉を一時的に働くPhasicと持続的に働くTonicの2つに分け、ロルフィングはいかにしてγ運動神経系を活性化し、身体内のエネルギー効率の高いTonic Muscleを最大限生かしていくか、という観点から身体を説明しようとした。
本記事では、重力の環境下で筋肉の質を維持するため(’Keep tone’ of the muscle)、身体内でどういった変化を起こす必要があるのかについて考えてみたい。
キーとなるのが2方向性(Palintonicity)だ(「基本的な考え方〜2方向性(Palintonicity)」参照)。身体に2つの方向性を与えることによって、Tonic Muscleは調っていくと考えるのだ。
例を幾つか挙げたいと思う。
効率的な歩行を行うためには、下半身は重力を感じる(下向き)、上半身はそれを土台に背筋が伸びて自由に動く(上向き)という2つの方向が必要だ。
椅子に座る際も、足が地に着き、椅子で坐骨を支え(足と坐骨が下向き)、坐骨をベースに上半身を上に伸ばす意識(上半身が上向き)を持つと、もっとも適した動きになる。
また「力を抜くこと(3)〜重力とスペースの意識」で取り上げたが、身体には上・下、前・後、左・右があり、それぞれのスペースを広げる意識を持っていくのがロルフィングだと述べた。これも2方向性を持つ例である。
このように2方向性を身体に与えることによって、我々はどこに向かっているのか、我々はどういった存在で、どう動くのかを含めて知ることができる。このことを英語で、動き(Movement)に対してどのようにOrientation(どのように動くのかの位置付け)を決めるのか、という形で教わった。
身体と心のうち、身体を中心に調えるところにロルフィングは特徴があるが、Tonic Functionは他にも、coordination(身体がどのようにして動くか)、perception(世の中をどのようにみるのか)、meaning(どのように世の中に対して意味付けを行うのか)によって影響を受ける。
人間の活動の95パーセントは、外部からの情報収集に費やされる。その受ける情報量が大きすぎると(失恋、不慮の事故や暴力など)、身体に重大な影響を及ぼすことになる。「トラウマは出来事ではなく身体に残る〜深層のセッションで何が起きるのか」で触れたように、身体が情報過多に対して対処できなくなり、トラウマという形で深層内に残ってしまう。

Giovanni Felicioniによると、そういったものを心と身体の内部に蓄えてしまうという。ロルフィングは身体を調えることで、結果的にこれらを解放していく形になるが、施術によって獲得した新しいパターンと過去の古いパターンの狭間でどう自分を調えていくか(「Phase II(24)〜古いパターンと新しいパターン」参照)、それは時間のかかるプロセスである。
そうはいうものの、ロルフィングの施術を行うロルファーはセラピストではない。身体と心にはいろいろなアプローチがあるということを、Tonic Functionの考えは教えているように思う。
2026年8月の注記
この記事は、2方向性を歩行と座位の例で説明している。下半身は地に、上半身は空間へ。3年後、この2つの方向に名前が与えられることになる。
止まる部位と、動く部位
この記事は、2方向性を上下の関係で説明している。下半身が重力を感じ、上半身が自由に動く。歩行と座位、いずれも身体を上下に二分した例である。
2017年9月1日、Rolf Movementの認定トレーニングPart 1の5日目に、Pierpaola VolponesからPhoric Functionの説明があった(「Rolf Movement – Part 1(5)〜動きではどこに注目するか?〜Phoric FunctionとFixed Point」参照)。
Phoricとは ‘to carry the weight’、重さを抱えるという意味で、Godardが使い始めた言葉である。
身体は重力を感じる以上、重さを抱える。重さは身体全体で感じることができるが、身体が動くようになると、重さに偏りが生じる。歩いている時に、軽く感じる部位と重く感じる部位が生じるように。
そこで2つの方向性が要る。止まっている部位(Something stays=Fixed Point、重さを感じる部位)と、自由に動く部位(Something moves=Orientation、重さから比較的自由な部位)である。この2つを持つことによって、身体内に空間(Articulation)が生まれ、動きやすくなる。
この記事の例に当てはめれば、歩行では下半身がFixed Pointであり、上半身がOrientationになる。座位では足と坐骨がFixed Pointで、そこから伸びる上半身がOrientationである。
3年後の練習で扱われたのは、この関係が上下に限らないという点だった。セッション5の動きの練習では、Orientationに応じてFixed Pointがどこかを中心に見ていく。
腕が動いている時、Fixed Pointは肩甲骨か、胸椎か、骨盤か。骨盤帯が動いている時、Fixed Pointは腰椎か、坐骨か、仙骨か、それとも膝か、足裏か。胸式呼吸をしている時、Fixed Pointは胸椎か、頚椎か、肩甲骨か。腹式呼吸をしている時、Fixed Pointは足裏か、骨盤か、胸椎か、腰椎か。
これらを動きの中で意識することによって、余計に入っていた力が解放され、必要な深層筋の力を使えるようになる。
2014年に上下の対として理解していたものが、身体のどの部位にも設定できる関係として与えられたことになる。2方向性は、身体を二分する軸の話ではなかった。動きが起きるたびに、その都度どこかに現れる関係だった。
情報が多すぎるとき
この記事には、Tonic Functionの理論から少し外れた一節がある。
「人間の活動の95パーセントは、外部からの情報収集に費やされる。その受ける情報量が大きすぎると、身体に重大な影響を及ぼすことになる」
情報という語で、身体とトラウマを結んでいる。当時は、第1回で扱ったLevineの話を引き受ける形で書いた。
2025年のアドバンスト・トレーニングでは、この情報という枠組みが、より広い範囲を覆っていた。ロルファーのKevin Frankによると、ボディワークは筋膜や骨格といった物理的構造へのアプローチであり、エネルギーワークは目に見えない情報のフィールドへのアプローチである。両者は対立するものではなく、情報の伝達という共通項を持つ連続体の両端として捉えることができる(「Advanced Rolferの認定までの歩みについて【総括】」参照)。
要は、ボディワークもエネルギーワークも、すべて情報のやり取りとして理解できる、という枠組みである。
2014年に、情報過多が身体に残るという形で書いたものが、11年後には、身体に触れることそのものを情報として捉える枠組みへ広がっていた。
セラピストではない、と書いたこと
この記事は、次の一文で終わっている。
「ロルフィングの施術を行うロルファーはセラピストではない」
第1回の「ロルフィングも万能ではない」と対になる留保である。扱える範囲を、自分で区切っている。
2017年、Lael Keenのワークショップで、この区切りが実務的な形で扱われることになる。セッションのうち50パーセントは通常の10回シリーズでうまくいくが、残りの50パーセントには何らかのトラウマへのアプローチが必要になる、と(「トラウマ Workshop – Lael Keen〜トラウマの考えをどのようにセッションに取り入れるのか?」参照)。
セラピストではないが、神経系に何が起きているかは見る。その中間の位置に、技術がある。
この記事が「身体と心にはいろいろなアプローチがある」と書いたのは、その中間を認めていたということでもある。






