本記事は「身体と心」シリーズ全6回の第1回である。本シリーズは、ロルフィングの基礎トレーニング(Basic Training)Phase IIとPhase IIIの期間にまたがって書かれた。本記事はPhase IIの期間中の記録にあたる。
ロルフィングのトレーニングを受けていると、心理的な理論はそれほど出てこない。身体を調えることによって心も調っていくと考えているからであり、実体のないもの(心)ではなく、実体のあるもの(身体)にフォーカスしているからである。
それでも、ロルフィングのトレーニングでトラウマに触れることはある。深層のセッションに入っていくと、わずかな深層の変化によって、その人の知られたくないことや、押さえつけられた感情が湧き出てくることがあるからだ。もちろん、専門的な教育を受けるというわけではなく、あくまでもどういった考えがあるのか、という観点である。
Peter LevineのWaking the Tiger – Healing Traumaは、ロルフィング・トレーニングの課題図書のリストに入っている本だ。その本によると、動物は敵に遭遇したときに闘う(Fight)か逃げる(Flight)かの2つの手段を取るが、その2つを取ることができない場合には、凍りつく(Freeze)という第三の手段をとることが知られている。YouTubeには、ライフル銃で撃たれたクマが、凍りつき反応の後にショックのエネルギーを解放する映像(MUST SEE: How to Discharge Trauma: Trauma Release Seen For the First Time)が公開されている。
トラウマ(心的外傷)とは、ある出来事によって長い間その影響に囚われた状態、または心理的に否定的な影響を持ち続けている状態を指す。普通、トラウマは「それが何によって引き起こされたか」を探ることに焦点を当てがちである。
しかしながらLevineは、原因となる出来事が問題なのではなく、その結果として生じた身体内のショックのエネルギーが、中途半端な形で身体内に残ってしまうことで引き起こされるのだと考えた。
そして動物と同じように、そのエネルギーを解放するプロセスを経ることでトラウマからの回復が進むことを、実際に患者を治療する中で示してきた。Levineが強調しているのは、トラウマの解決は、その人の身体内で感じる身体感覚を呼び起こし、その観点を大事にすることにあるという点である。
深層へ進むと、こういった未解決のトラウマが潜んでいる可能性がある。例えば今回のトレーニングでは、深層のセッションに入ってから、なかなか手放せない力が奥にあり、それを手放すことで感情が湧き出るという場面に遭遇した。どんな深い感情であっても、大切なのは身体を調えるという観点と、身体感覚を大事にすることである。
ロルフィングから学ぶのは、心理的なものは身体を調えることによって、本人による解決策が見えてくるということだと思う。そうはいうものの、場合によっては解決できないことも出てくるかもしれない。ロルフィングも万能ではないので、その点をわきまえた上でこの手技について考えることが大切だと感じる。
身体と心について、トラウマの観点から述べてきた。本コラムでも、このテーマについてはどこかの時点で再度触れたいと思う。
2026年8月の注記
この記事は「どこかの時点で再度触れたい」と書いて終わっている。実際には、その後5回続いた。
シリーズが向かった先
全6回は、書かれた順にこう並んでいる。
第1回(本記事)トラウマ。Peter Levineの考え方を通じて、身体に残るものを扱う。
第2回「疲れる筋肉と、疲れない筋肉〜姿勢を支えるTonic Function」。Hubert GodardのTonic Function。持続的に働く筋肉と一時的に働く筋肉、α運動神経系とγ運動神経系。
第3回「2方向性が身体を調える〜Tonic Functionと歩行・座位」。2方向性(Palintonicity)。下半身は地に、上半身は空間へ。
第4回「顔の表情が安心を作る〜ポリヴェーガル理論と2つの迷走神経」。Stephen Porgesの理論。この記事で扱った凍りつきが、古い迷走神経の働きとして説明される。
第5回「凍りつきと、恐れのない静止〜Neuroceptionと社会的な絆」。Neuroception。そして、恐れのない静止という状態。
第6回「空間の感じ方は、人によって違う〜パーソナル・スペースと身体」。Godardの空間論。ペリパーソナル・スペース。
トラウマから始まり、筋肉の理論を経て、神経系へ行き、空間へ戻る。この記事が扱ったFight/Flight/Freezeは、第4回で自律神経の階層構造として位置づけ直され、第5回では、凍りつきに近い状態が絆を作る側面も持つという形で反転する。
前半3回がPhase II、後半3回がPhase IIIの期間に書かれている。トレーニングで扱われた順に書き留めた結果であり、連載として設計されたものではない。
3年後、応用の仕方を学ぶ
この記事には、限定を置いた一文がある。専門的な教育を受けるわけではなく、あくまでもどういった考えがあるのか、という観点である、と。
Levineの本は課題図書として読んだ。しかし、トラウマの知識をロルフィング・セッションにどう応用したらいいのかまでは学べなかった。
その部分を扱う機会が、3年後に来る。2017年3月15日、日本ロルフィング協会の総会前日に、ブラジル在住のLael Keenによる1日ワークショップが開かれた。ロルフィングのアドバンスト・インストラクターとして30年、Levineが開発したソマティック・エクスペリエンシング(SE)のインストラクターとして20年という経歴を持つ(「トラウマ Workshop – Lael Keen〜トラウマの考えをどのようにセッションに取り入れるのか?」参照)。
主題は、ロルフィングのセッションの中にSEのアプローチをどう取り入れるか、だった。
そこで示された割合が印象に残っている。セッションのうち50パーセントは通常の10回シリーズでうまくいくが、残りの50パーセントには何らかのトラウマへのアプローチが必要になる、と。この記事が書いた「万能ではない」は、半分という具体的な数字で返ってきたことになる。
基礎的な考え方は、この記事のLevine理解をそのまま引き継いでいた。トラウマの出来事そのものに注目するのではなく、結果として神経系にどのような影響を与えたのかを見る。
技術として加わったのは、身体に現れる状態の区別だった。紅潮、震え、発汗、涙といったディスチャージと、痙攣などのカタルシス。エネルギーが中途半端に残っている場合、ディスチャージによって放出されるのがよく、カタルシスに入るとかえって放出ができなくなる。カタルシスに入っている場合には、目を開けて声をかけ、社会的な関わりの側のスイッチを入れる。立って地面を感じる。部屋の中の美しいものに注目してもらう。
大切なのは、ゆっくり、身体を感じながら、だという。
この記事は、感情が湧き出る場面に遭遇したことを書いた。3年後には、そこで何を見て、どう扱うかが技術として与えられている。
ロルフィングは万能ではない、と書いたこと
この記事の終わり近くに、次の一節がある。
「ロルフィングも万能ではないので、その点をわきまえた上でこの手技について考えることが大切だ」
当時は、限界の話として書いた。トレーニングを受けている最中に、扱えないものがあると気づいた記録である。
2025年のアドバンスト・トレーニングでは、これが施術者の在り方の問題として扱われていた。Ray McCallは、クライアントとの関わり方を Kind Indifference(優しい無関心)と表現している。クライアントの体験に過剰に巻き込まれないこと。しかし同時に、深く関心をもって見守ること(「Advanced Rolferの認定までの歩みについて【総括】〜認定までの道のり」参照)。
オステオパスのJim Jealousの言葉も紹介された。
「クライアントのプロセスは、私たちのビジネスではない。観察はしても、ストーリーの一部になってはいけない」
万能ではない、というのは、能力の限界の話ではなかった。施術者が引き受けるべき範囲の話だった。変化は施術者が起こすものではなく、クライアントの内側から起こる。施術者の役割は、その変化が生まれる場を整え、信頼し、待つことにある。
この記事が「本人による解決策が見えてくる」と書いたのは、そこへ向かう入口だったことになる。
身体感覚から始めること
Levineが強調していたのは、トラウマの解決は身体内で感じる身体感覚を呼び起こすことにある、という点だった。
11年後、観察の側でも同じことが言われていた。Jeff Maitlandが最も強調したのは、観察する力(Seeing)を鍛えることである。単なる目視ではなく、感覚器官全体を使って身体を聴くこと。Somatic Sensorium(身体感覚の総動員)によって情報を得ること。
クライアントの身体感覚から始めるのがLevineであり、施術者の身体感覚から始めるのがMaitlandである。同じ原則が、扱われる側と扱う側の両方に置かれている。



