知覚という見方──ロルフィングは、身体の何を見ているのか

見ること、姿勢、観察、身体の内側 ── 知覚から身体を見る、四つの入口。

PERCEPTION

知覚という、ひとつの見方

今、目の前にある文字を見ながら、視線を動かさずに、部屋の左右や天井のほうにも注意を向けてみてください。文字だけを見つめているときと、周囲の広がりも感じているときでは、見えている世界の印象が少し違うかもしれません。何も変わらなくても構いません。

私たちは、目や耳から入った情報を、そのまま受け取っているわけではありません。どこに注意を向け、どのような経験を重ねてきたかによって、同じ場所にいても気づくことが変わります。知覚とは、感覚情報を受け取るだけでなく、身体と環境との関わりの中で世界を捉える働きです。

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受け取るのではなく、掴み取る

知覚は、受け取ることではありません。掴み取ることです。英語の perception は、ラテン語の percipere に由来します。per(通して)と capere(取る)です。語の形そのものが、知覚は受け身ではないと言っています。

つまり知覚は、作られたものです。そして、作られたものなら、作り直せます。知覚が変われば、身体の使い方が変わる。ロルフィングが知覚に働きかけるのは、そのためです。

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背景と詳しい解説

はじめに

今、目の前にある文字を見ながら、視線を動かさずに、部屋の左右や天井のほうにも注意を向けてみてください。文字だけを見つめているときと、周囲の広がりも感じているときでは、見えている世界の印象が少し違うかもしれません。肩や首の緊張、呼吸のしやすさにも違いがあるでしょうか。何も変わらなくても構いません。まずは、自分の経験を確かめることから始めます。

私たちは、目や耳から入った情報を、そのまま受け取っているわけではありません。どこに注意を向け、どのような経験を重ねてきたかによって、同じ場所にいても気づくことが変わります。知覚とは、感覚情報を受け取るだけでなく、身体と環境との関わりの中で世界を捉える働きです。

ロルフィングは、身体に触れる仕事です。けれども、筋膜や筋肉といった組織だけを見ているわけではありません。その人が床や重力、周囲の空間をどう感じているかにも注意を向けます。身体の構造を変えようとするだけでなく、身体を通して世界を感じる仕方にも目を向ける。そこに、知覚という入口があります。

私自身、ロルフィングのトレーニングと実践を通して、この問題を10年以上考えてきました。このページは、知覚について書いてきた記事を一望するための地図です。理論を覚えるためではなく、ご自身の身体の経験を違う角度から眺めるために、気になった入口から辿ってみてください。

知覚という、ひとつの見方

先ほどの視野の例に戻ってみましょう。目に入る光景が大きく変わらなくても、注意の向け方が変わると、気づくものが変わることがあります。これは、知覚が単なる情報の受信ではないことを考える手がかりになります。

知覚は、受け取ることではありません。掴み取ることです。英語の perception は、ラテン語の percipere に由来します。per(通して)と capere(取る)です。語の形そのものが、知覚は受け身ではないと言っています。

つまり知覚は、作られたものです。そして、作られたものなら、作り直せます。知覚が変われば、身体の使い方が変わる。ロルフィングが知覚に働きかけるのは、そのためです。

例えば、姿勢を「背筋を伸ばして保つもの」と捉えるか、「床に支えられ、空間の中で動けるもの」と捉えるかによって、試してみる動きは変わります。知覚は経験や学習の影響を受け、注意の向け方や動き方によって変化する余地があります。ただし、誰もが同じ変化を経験するわけではありません。ロルフィングで知覚に目を向けるのは、身体を一つの正しい形に当てはめるのではなく、その人にとって別の動き方や感じ方の可能性を探るためです。

知覚には、二つの見方があります。

一つは、見ている側を問う見方です。なぜ、そこを見たのか。何が、ほかを見えなくしているのか。これが現象学の側からの問いです。

もう一つは、見えているものの成り立ちを調べる見方です。片方の肩が上がって見えたとして、それは何かと比べてのことです。比べる相手を変えれば、見えるものが変わる。どこを図にして、どこを地にしているか。これがゲシュタルト心理学の側からの問いです。

どちらも、前提を外します。ただし、外す相手が違います。現象学は自分の見方を外し、ゲシュタルト心理学は見え方が成り立っている条件のほうを崩します。

このページで辿るのは、主に後者です。見ている施術者の側は、現象学のページのほうで扱っています。

後者を正面から扱ったのが、「同じ身体を見ていて、違うものが見える──ゲシュタルト心理学が明かした、見ることの仕組み」です。図と地、群化の法則、そして body reading で何が起きているのか。

まず読むなら

知覚とは何かを、正面から扱った記事があります。Caryn McHose と Kevin Frank の『How Life Moves』(2006年)を軸に、語源、定義、なぜ現象学が要るのか、そして知覚がどう変わるかまでを辿ったものです。ウベア・ゴダール(Hubert Godard)が、この本に序文を寄せています。

▶ 人は同じものを見ていない──なぜ、知覚に働きかけるのか

もう1本、見えているものがどうやって決まっているのかを正面から扱った記事があります。ゲシュタルト心理学が百年かけて調べたことを、body reading の場面に戻したものです。

▶ 同じ身体を見ていて、違うものが見える──ゲシュタルト心理学が明かした、見ることの仕組み

知りたいことから、辿る

知りたいことどこを読むか
知覚とは何か人は同じものを見ていない
見えているものは、どう決まるのか同じ身体を見ていて、違うものが見える
「見えるようになる」とは、どういうことか概念を持つと、見えるようになる/「見る」とは?〜身体が動くことで身につく
施術者は、どう見ているのかロルフィングにおける原理・原則と観察力
重力との関係から見ると重力という見方──身体と重力の関係を捉える Tonic Function

以下、4つの群に分けて紹介します。

見ることについて

初めて訪れた街では、どの道も似て見えることがあります。しかし、何度か歩くうちに、目印や道のつながりが見えてくる。身体を見る仕事でも、似たことが起こります。「見えるようになる」には、少なくとも3つの入口があります。概念を学ぶこと、身体を動かすこと、そして経験を積むことです。私自身、最初の2つを約10年隔てて、異なる方向から書いていました。

姿勢と、知覚

姿勢を良くしようとして胸を張ると、かえって呼吸が窮屈になることがあります。一方、足元の支えや周囲の空間に注意を向けると、立ち方が違って感じられることもあります。姿勢には、骨格や筋の働きだけでなく、重力や空間をどう知覚しているかも関わります。ウベア・ゴダール(Hubert Godard)の Tonic Function は、そうした関係を考えるための枠組みです。ここでは知覚を、姿勢と切り離された心の働きとして扱いません。

在り方と、観察

同じ人の姿勢を見ても、施術者によって気づくことは違います。肩の高さに注目する人もいれば、足元の支えや動きのつながりを見る人もいるでしょう。何を見ようとしているかが、見えてくるものに関わります。この問いは、ロルファーであり哲学者でもあった Jeff Maitland が扱った Seeing ともつながります。このページでは、ゴダールによる姿勢と知覚の議論に加え、Maitlandによる施術者の観察と在り方という、もう一つの系譜を紹介します。

身体の内側を、感じる

知覚は、外の景色や人の動きを見ることだけではありません。呼吸の変化、心拍、空腹感など、身体の内側の状態を感じ取る内受容感覚もあります。外の空間に注意を向けたとき、身体の内側の感じ方はどうなるでしょうか。こうした問いは、身体地図や自己認識を考える入口にもなります。

次に読むなら

ロルフィングが身体をどう見ているかについては、別の入口もあります。

わかっていること、まだわからないこと

ここで紹介した見方は、身体の仕事をしている人間から見た知覚の捉え方であって、知覚についての定説ではありません。

定義そのものが、人によって違います。Kevin Frank、ヴァレラ、ノエ。近い場所にいますが、同じではない。まだ1つの言葉になっていない問いです。

ここで紹介した知見は、手が触れている相手をどう捉えるかという見方を新しくするものであって、何かの効能を約束するものではありません。わかっていることと、まだわからないことの境は、正直に引いておきたいと思っています。


最初に試した、視野と周囲の空間への注意を、もう一度思い出してみてください。少し違いを感じた人も、何も変わらなかった人もいるでしょう。大切なのは、正しい感覚を得ることではなく、自分が何に気づき、何を見落としているのかに関心を向けることです。ロルフィングのセッションも、そのような探索を誰かと一緒に行う機会になり得ます。

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この見方の、その先へ

触れている組織のほうから見ると、どうなるのか。あるいは、見ている施術者の側は、どこから見ているのか。