知覚という見方──ロルフィングは、身体の何を見ているのか

はじめに

同じ言葉を聞いても、人によって受け取るものが違う。言葉が情報を運んでいるだけなら、そうはならないはずだ。

受け取る側は、その言葉を自分の感覚に照らして解釈している。その解釈のことを、知覚という。

ロルフィングは、身体に触れる仕事だ。けれども、触れているのは組織だけではない。その人が空間をどう感じ、この場をどう受け取っているか。そこが変わると、身体の使われ方が変わる。

この問いを、10年以上にわたって、いくつもの記事で書いてきました。このページは、それを一望するための地図です。どこから読んでいただいても構いません。気になった入口から、辿ってみてください。

知覚という、ひとつの見方

はじめに、全体を貫く1本の背骨を示しておきます。

知覚は、受け取ることではない。掴み取ることだ。英語の perception はラテン語の percipere──per(通して)+ capere(取る)から来ている。語のかたちからして、知覚は受け身ではない。

だから、知覚は作られたものであり、作り直すことができる。そして、知覚が変われば、身体の使われ方が変わる。ロルフィングが知覚に働きかけるのは、そのためだ──というのが、以下の記事に共通する見方です。

まず読むなら

知覚とは何かを、正面から扱った記事があります。Caryn McHose と Kevin Frank の『How Life Moves』(2006年)を軸に、語源、定義、なぜ現象学が要るのか、そして知覚がどう変わるかまでを辿ったものです。ウベア・ゴダール(Hubert Godard)が、この本に序文を寄せています。

人は同じものを見ていない──なぜ、知覚に働きかけるのか

知りたいことから、辿る

知りたいことどこを読むか
知覚とは何か人は同じものを見ていない
「見えるようになる」とは、どういうことか概念を持つと、見えるようになる「見る」とは?〜身体が動くことで身につく
施術者は、どう見ているのかロルフィングにおける原理・原則と観察力
重力との関係から見ると重力という見方──身体と重力の関係を捉える Tonic Function

以下、4つの群に分けて紹介します。

見ることについて

「見えるようになる」には、向きが2つあります。概念を持つことで見えるようになる場合と、動くことで見えるようになる場合。10年隔てて、私は同じ主題を逆の向きから書いていました。

姿勢と、知覚

知覚は、姿勢を決めている要因の1つです。骨格の並びや筋膜の状態と同じ列に、知覚が置かれている。この見方を、ウベア・ゴダールが Tonic Function という枠組みの中に入れました。

在り方と、観察

知覚について、もう1つの系譜があります。Seeing という言葉は、ウベアではなく、ロルファーであり哲学者でもある Jeff Maitland の側から来ている。このページは、2つの系譜から材料を受け取っています。

身体の内側を、感じる

外へ向かう知覚だけではありません。自分の身体の内側を感じ取る経路があり、それも知覚の一部です。

次に読むなら

ロルフィングが身体をどう見ているかについては、別の入口もあります。

わかっていること、まだわからないこと

ここで紹介した見方は、身体の仕事をしている人間から見た知覚の捉え方であって、知覚についての定説ではありません。

定義そのものが、人によって違います。Kevin Frank、ヴァレラ、ノエ。近い場所にいますが、同じではない。まだ1つの言葉になっていない問いです。

ここで紹介した知見は、手が触れている相手をどう捉えるかという見方を新しくするものであって、何かの効能を約束するものではありません。わかっていることと、まだわからないことの境は、正直に引いておきたいと思っています。


自分の知覚に癖があることは、自分では見えません。誰かに見てもらうところからしか、始まらないところがあります。

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