重力という見方──身体と重力の関係を捉える Tonic Function

はじめに

立っているとき、私たちは何もしていないように見える。けれども身体の中では、倒れないように、絶えず微かに調整し続けているものがある。

そして、その働きを担っている筋肉は、感情の変化も記録している。姿勢が変われば気分に届き、気持ちが動けば姿勢が変わるのは、そのためだ。

この働きに、ロルフィングは Tonic Function という名前を持っている。tonic は tonus(筋の張り)から来た語で、重力の中で筋肉の質をどう保つかという問いに由来する。

持ち込んだのは、ウベア・ゴダール(Hubert Godard)というフランス人のロルファー。もとはダンサーで、振付家、そして教師を指導する側に回った人だ。

この問いを、3回に分けて書いてきました。このページは、その3本を一望するための地図です。どこから読んでいただいても構いません。気になった入口から、辿ってみてください。

3本を貫く、ひとつの見方

はじめに、3本を貫く1本の背骨を示しておきます。

Tonic Function とは、身体が重力の中で自分を組み立てる能力のことです。筋肉の分類の名前ではなく、能力の名前。そして、その能力を担っている系は、そのまま表現の系でもある。だから、姿勢の話が気分の話になり、気持ちが動けば身体が緩む──というのが、3本に共通する見方です。

3回の一覧

何を扱うか本編
どこから来たのかダンスの現場での行き詰まり。動き出す前の構えに、名前がついた第1回|Hubert Godardは何を見たのか?
何を指しているのか身体が重力の中で自分を組み立てる能力。それを支える系と、二方向第2回|Tonic Function とは何か
何を見ているのか構造・協調・知覚・意味づけ。1つの系が持つ4つの顔と、その実例第3回|Tonic Function は、何を見ているのか

以下、それぞれの回を紹介します。

どこから来たのか

Tonic Function は、ダンスの現場から生まれました。同じアラベスクが、時代によって違う意味を持つ。その違いは形の外ではなく、形が始まる前にある。

フレッド・アステアとジーン・ケリーが同じ所作を同時に踊るデュオを、ウベア・ゴダールはコマ送りで追いました。違いは、動き出す前にあった。彼はそこに pre-movement という名前をつけます。

▶ 第1回|Hubert Godardは何を見たのか?〜Tonic Function はダンスの現場から生まれた

何を指しているのか

定義は、Aline Newton 先生が1995年に書いた解説にあります。身体が重力の中で自分を組み立てる能力。

そして、なぜ「重力との関係」なのか。生まれて最初に出会う相手が、重力だからです。抱かれ方、寝かされ方、立ち上がるまでの過程。その全部が、重力との交渉になる。一度ついた折り合いは残り、そして決め直すことができる。

▶ 第2回|Tonic Function とは何か〜重力の中で自分を組み立てる能力

何を見ているのか

ウベアの言葉があります。身体において、重力のシステムと表現のシステムのあいだに違いはない。

ここから、構造・協調・知覚・意味づけという4つの側面が出てきます。分類ではなく、1つのシステムが4つの顔を持っている、という話。そして3つの実例。グレアムの contraction が求心から遠心へ反転したこと。1930年代のドイツで、垂直への関心が正反対の出口を持ったこと。カニンガムとトリシャ・ブラウンが、地を消す側と見せる側から扱ったこと。

▶ 第3回|Tonic Function は、何を見ているのか〜4つの側面と、その実例

図ではなく、地で働いている

3回は、ひとつの見方に収束していきます。

絵を見るときの言い方に、図と地があります。こちらが見ている対象が図で、その奥にあるものが地。私たちが「動き」として見ているものは、図のほうです。Tonic Function が働いているのは、その手前の地にある。

だから、目に見えにくい。けれども、見えにくいだけで、そこで起きていることは小さくありません。同じ形が反転し、社会の歴史が書き込まれ、見る側の順序が入れ替わる。

知りたいことから、辿る

知りたいことどこを読むか
姿勢と気分が、なぜつながるのか第1回
Tonic Function とは何か第2回
ロルフィングが、何を見ているのか第3回
仕組みを、もっと詳しくなぜ「姿勢の良さ」は筋力ではないのか
知覚そのものについて人は同じものを見ていない
セッションで、何が起きるのか鈴木佑さん⑦/相本幸子さん③

Tonic Function という言葉は、このサイトのあちこちに出てきます。姿勢、呼吸、歩行、トレーニングの記録。10年以上のあいだに少しずつ書いてきたので、記事がバラバラに配置されている。以下、4つの群に分けて紹介します。

理論の奥へ

第2回で触れた仕組みを、科学の側から詳しく書いた記事があります。Tonic と Phasic、α・γ運動神経系、筋紡錘、Tonus。この総括では立ち入らなかった部分です。

▶ なぜ「姿勢の良さ」は筋力ではないのか──Tonic Functionと重力の関係

そして、2014年と2015年に書いた3本。ロルフィングを学びはじめた頃に、自分なりに整理したものです。いま読むと理解の浅いところもありますが、当時どう受け取ったかが残っています。

▶ 疲れる筋肉と、疲れない筋肉〜姿勢を支えるTonic Function/2方向性が身体を調える〜Tonic Functionと歩行・座位/空間の感じ方は人によって違う〜Tonic Functionとパーソナル・スペース

トレーニングの現場から

この理論を、どこで、誰から受け取ったのか。本編で書いた5秒という数字も、ヒラメ筋や前鋸筋や舌の例も、実習の場で受け取ったものです。

重力から身体を見るシリーズ

Tonic Function が1人の身体の中の話だとすれば、こちらは人類の側から重力を見たものです。しゃがむ、座る、立つ、歩く。なぜその姿勢が生まれたのか、文化によって何が違うのか。

セッションの現場から

理論が、実際のセッションでどう現れるか。クライアントとのやりとりの記録です。

注記を1つ。姿勢に関わる3つの感覚を、視覚・内耳感覚・筋感覚として書いている記事があります。2014年のトレーニングの記録と、2024年のセッションの記録です。本編の「眼・足・内耳」とは3つ目が違う。10年隔てて同じ3つが書かれているので、どこかに出所があるはずですが、まだ辿れていません。

課程によって、扱いが違う

Tonic Function は、ロルフィング全体に等しく行き渡ってはいません。ただし「アメリカには渡らなかった」という話でもない。

ヨーロッパでは、前提になっています。ERA はウベアのアプローチをとりわけ画期的と位置づけ、Tonic Function の説明として Per Haaland の論文を指しています。ロルフ・ムーブメントの課程は3部に分かれますが、「Tonic Function」という名前のクラスはない。科目として立てるまでもなく、課程全体の土台だからです。

アメリカでは、選べるものになっています。単位を組み合わせて30日を満たす設計で、クラスは単独でも取れる。「Tonic Function Model of Rolf Movement」という6日間のクラスは、提供されるクラスの一例として挙がっています。

そして、2025年に受けたアドバンスト・トレーニングでは、Tonic Function への言及が1度もありませんでした。同じ場にいて、確かめたことです。

35年のあいだ、教える人も、本も、訳も、クラスもありました。それでも、課程によって扱いが違った。理論が届くかどうかは、経路の有無では決まらない。どう扱われるかで決まる。

接触がなかったから伝わらなかったのではない。接触があっても伝わらなかった。

次に読むなら

ロルフィングが身体をどう見ているかについては、別の入口もあります。

わかっていること、まだわからないこと

Tonic Function は、ロルフィングの中で共有されている1つのモデルであって、それ自体が実証された理論というわけではありません。

4つの側面の関係も、資料によって違います。同じ本の中で、著者と、序文を書いたウベアとで向きが違い、名前さえ違っている。どれが正しいかを決める材料は、いまのところ持っていません。

ここで紹介した見方は、手が触れている身体をどう捉えるかを新しくするものであって、何かの効能を約束するものではありません。わかっていることと、まだわからないことの境は、正直に引いておきたいと思っています。

参考文献

  • Aline Newton, “Basic Concepts in the Theory of Hubert Godard”, Rolf Lines, Vol. XXIII, No. 1, March 1995, pp. 32-43. 定義はこの論文に拠っています
  • Hubert Godard, “Le geste et sa perception”, in La danse au XXe siècle, Bordas, 1998, pp. 224-229(英訳 “Gesture and its Perception”, Writings on Dance, No. 22, 2004)
  • Caryn McHose, “Phenomenological Space: Interview with Hubert Godard”, Contact Quarterly, Summer/Fall 2006, pp. 32-38
  • Caryn McHose & Kevin Frank, How Life Moves, North Atlantic Books, 2006. ウベアによる序文。第1章と第2章の日本語訳が、日本ロルフィング協会により2009年に公開されています
  • Aline Newton, “An Interview with Hubert Godard”, Rolf Lines, Winter 1992, pp. 42-48
  • Kevin Frank の3本の論文(1995 / 2007 / 2014)/Per Haaland, “Tonic Function Model: The Human Gravity Response System”, Structure, Function, Integration, Vol. 50, No. 3, November 2022/Jeff Maitland, Spacious Body, 1995(Palintonicity の語の出所)

11年かけて分かってきたこと

ウベアが何を見ていたか、Kevin Frank がどう整理したかは、資料を辿れば分かります。だが、受け取った側に何が起きるかは、資料に書かれていない。理屈として知っていることと、手が分かっていることのあいだには、時間が要る。

ウベア自身、踊り手について歴史がほとんど何も書き残していないことを指摘していました。衣装や音楽や振付の記録はあるのに、踊り手がどう訓練し、どう身体を扱っていたかは残らない。受け取った側で起きていることは、記録に残りにくい。このシリーズと、このサイトの記事は、その残りにくいほうを書いておこうという試みでもあります。


身体に何が起きているかは、実際に触れてみないと分からないところがあります。

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