しゃがむと座るは何が違うのか──椅子文化が身体に与えた影響

姿勢・動き科学シリーズ──重力と身体の関係を科学する|第1回、投稿:2024年2月 更新:2026年4月

はじめに

このシリーズでは、ロルフィングが最も重視する3つの動作——「座る」「立つ」「歩く」——を軸に、重力と身体の関係を科学・人類学・ロルフィングの視点から解き明かしていく。全6回。第1回は「座る」から始める。

なぜ座るから始めるのか。現代人が最も長い時間を過ごす姿勢であり、最も身体を変えてきた姿勢だからだ。そして「座り方」を問い直すことが、姿勢全体を見直す最初の入口になるからだ。


「座ることは喫煙と同じくらい危険だ」という説を聞いたことがある人は多いはずだ。しかし待ってほしい。ゴリラもチンパンジーも座って食事をするが、彼らに健康被害はない。問題は「座ること」ではなく「どのように座るか」と「どんな椅子に座るか」にある。

ロルフィングのセッションで見る姿勢は「座る」「立つ」「歩く」の3つだ。この3つの中で最も時間を占めるのが「座る」姿勢であり、最も現代人の身体を変えてきたのも「座り方の変化」だ。

人間はどのように座ってきたのか──人類学が明かす300の坐法

矢田部英正著の「坐の文明論」で紹介されている内容だが、人類学者のゴードン・ヒューズは、世界中の民俗学の研究論文に書かれた図像資料を集め、人間が取る坐の姿勢を300余りの種類に分類した。矢田部英正著「坐の文明論」で紹介されているこの研究は、椅子文化が世界の一部に過ぎないことを示している。

ヒューズが分類した主な坐法はこうだ。

  • 椅子座(Chair sitting posture)
  • しゃがみ姿勢(Deep squatting posture)
  • 投げ足(Sitting with legs stretched out)
  • 胡座(Cross legged posture)
  • 正座(Kneeling on knees and feet)
  • 横座(Sitting with the legs folded to the side)
  • 立膝(One knee up, other down and flexed)

日本では畳の生活の中で、これらの坐法が日常的に使われてきた。床に座る習慣のない欧米人にはそれらの姿勢に名称すらなく、ヒューズが改めて分類せざるを得なかったという事実が、いかに欧米の椅子文化が特殊かを示している。

「坐」と「座」──日本語が持つ身体文化の記憶

興味深いことに、日本語には「座る」ことに関して「座」と「坐」という2つの漢字がある。

「坐」は人がすわる形・姿勢そのものを意味する。坐禅・正坐・坐骨——いずれも身体の姿勢や骨に直接関わる言葉だ。「坐」は人が土の上に座る形から来ており、床との直接的なつながりを意味している。

一方「座」は「座敷」「宮座」「歌舞伎座」というように、人々が集い生活する空間を意味する。欧米の椅子文化が入ってきて「座る」が一般化したが、「坐」という漢字が残していた身体文化の深さを知ることで、日本人の姿勢感覚の背景が見えてくる。

しゃがむ身体が持つ力──距骨蹲踞面と身体適応

床にしゃがむ姿勢を習慣的にとると、足首の内側にある距骨(きょこつ)に「距骨蹲踞(そんきょ)面」と呼ばれる小さな滑らかな部分が形成される。和式トイレでしゃがむ姿勢が日常だった日本人に多く見られる、身体の適応の記録だ。

ダニエル・リーバーマン(Daniel Lieberman)は著書「運動の神話」の中で、しゃがみ習慣のない人はふくらはぎが固く、足底を地面に平らにつけることができないため、足・ふくらはぎ・大腿四頭筋が疲れやすく、腰痛のリスクも高まると指摘する。

しゃがむという姿勢は、単なる「座り方の一種」ではなく、身体全体のバランスと柔軟性を維持するための運動でもあるのだ。

背もたれの椅子が変えたもの──ケニアの研究が示す事実

地面に座ること、背もたれのない椅子に座ることでは、背部・腹部の筋肉が上半身を支えるために絶えず働く。しゃがんだときはふくらはぎの筋肉も働く。筋肉への負担は大きくないが、継続することで身体が鍛えられる。

人類学者のエリック・カスティロの研究は驚くべき事実を示した。背もたれの椅子にほとんど座らないケニア人の10代の若者は、椅子によく座る都市の10代の若者に比べ、背筋力が21〜41%も強かった。他の研究でも、背もたれがあると少ない筋肉で姿勢が維持されることが明らかになっている。

背もたれの椅子が普及したのは16世紀後半のヨーロッパで、当初は高い地位の人々だけが使うものだった。楽な座り方は歴史的に「特権」だったが、それが身体にとって良いとは限らない——この逆説が現代の腰痛・肩こり蔓延の根底にある。

ある会社員の体験──「座れない」から「楽に立てる」へ

福田康子様はロルフィングを受ける前、こんな悩みを抱えていた。

「しつこく悩まされている腰痛。気づかないほど慢性化した肩こり・首こり。まっすぐ姿勢を正そうと思っても、なんとなくどこかズレている感覚が抜けない。両足を前に投げ出して座れない(左足の膝が伸び切らない)」

「両足を前に投げ出して座れない」という状態は、第1回で扱ったしゃがみ習慣の喪失と同じ構造だ。ふくらはぎ・ハムストリングス・股関節の筋膜が硬直し、床に座る姿勢そのものが取れなくなっている。

10回のセッションを終えた後、彼女はこう書いた。

「とにかくまっすぐ楽に立てている。身体の力が良い意味で抜けている」

変わったのは「意識して姿勢を正す力」ではなく「力を抜いても自然に立てる身体」だ。足の筋膜が解放されることで、身体全体のバランスが変わる——これがロルフィングが「座る姿勢」から全身を整えていく理由だ。

→ 福田康子様の10回体験記

「座る」とロルフィング──足から背骨へのつながり

ロルフィングが注目するのは「筋膜」だ。筋膜は筋肉・内臓・骨・神経を含む身体の各部位を包み、エネルギーを効率よく伝える「姿勢の臓器」とも言える存在だ。

ロルフィングの10回セッションのうち、2回目は「足の筋膜」にアプローチする。なぜ足から始めるのか。足全体が緊張していると、その緊張は筋膜を通じて腰・肩・首まで連鎖するからだ。逆に足が緩むと、背中全体が緩む。

セッションで行うのはこの3点だ。土踏まずを含めた足全体の筋膜を解放すること、下半身と足のつながりの意識を強化すること、足から上半身(背骨)への意識をつなげること——これにより、足裏が地面に吸い付くような感覚が生まれ、座る姿勢を含めた全身のバランスが改善していく。

このとき起きているのは第5回で扱う「Tonic Function(トニック・ファンクション)」の回復だ。重力に対して深層の筋肉が自然に応答できる状態を取り戻すことで、意識しなくても姿勢が整うようになる。

第5回:なぜ「姿勢の良さ」は筋力ではないのか──Tonic Functionと重力の関係

姿勢・動き科学シリーズ──重力と身体の関係を科学する(全6回)

第1回:しゃがむと座るは何が違うのか──椅子文化が身体に与えた影響(この記事)

第2回:なぜ長時間座ると身体に悪いのか──内臓脂肪・慢性炎症・ストレスの科学
→ 第2回を読む

第3回:なぜ「立つ」は疲れないのか──重力と抗重力筋の仕組み
→ 第3回を読む

第4回:なぜ「歩く」は人間の基本なのか──二足歩行・重心移動・重力の科学
→ 第4回を読む

第5回:なぜ「姿勢の良さ」は筋力ではないのか──Tonic Functionと重力の関係
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第6回:なぜ「楽な姿勢」は存在するのか──重力・筋膜・ロルフィングの視点から
→ 第6回を読む


姿勢と動きを科学的に理解することは、「認識のOS」を更新する入口の一つだ。思考・感情・身体の統合というテーマをより深く扱っているのが、Mind and Bodywork Labの「認識のOS」シリーズだ。

Mind and Bodywork Lab:このサイトの歩き方


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大塚英文(Ph.D.)|認定アドバンスト・ロルファーTM/ロルフ・ムーブメント・プラクティショナー
東京大学大学院医学研究科博士課程修了。製薬業界を経て、2015年より渋谷でロルフィング®セッションを提供。「思考・感情・身体の統合」をテーマに活動。

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka