姿勢・動き科学シリーズ──重力と身体の関係を科学する|第2回、投稿:2022年12月 更新:2026年4月

はじめに
第1回では、人類がどのように「座って」きたのかを人類学の視点から探った。しゃがむ姿勢から背もたれの椅子へ——この変化が身体に何をもたらしたかを見た。
第2回では視点を変える。「座ること自体」の問題ではなく「長時間座り続けること」が身体の中で何を引き起こすのか——代謝・炎症・ホルモンの科学から解き明かす。
ある理学療法士の体験──体重10kg減少が示すもの
理学療法士として働く30代の男性(山田康喜様)は、膝痛・腰痛・不眠に加えて体重増加を抱えてロルフィングを受け始めた。身体の専門家として、何が問題かは「頭でわかっていた」。それでも変われなかった。
10回のセッションを終えた後、体重は10kg減少し、腰痛・膝痛はほぼ消失、不眠も解消された。
体重10kgの減少は、単なるカロリー制限や運動の結果ではない。この記事で扱う「長時間座ることで蓄積する内臓脂肪・代謝低下・慢性炎症」というサイクルが、身体の構造が整うことで断ち切られた結果だ。座る姿勢が変わり、筋膜の緊張が解放され、身体が本来の代謝機能を取り戻した——それが体重という数字に現れた。
「座ること」は本当に悪いのか
「座ることは喫煙と同じくらい危険だ」という説を聞いたことがある人は多いはずだ。しかし、これは正確ではない。
ゴリラもチンパンジーも座って食事をするが、健康被害はない。座ること自体は人間の自然な行動だ。立っているときより8〜10%カロリー消費が少ない分、疲れにくく身体が安定する——座ることには合理的な意味がある。
問題は「座ること」ではなく「動かない状態が長時間続くこと」だ。ダニエル・リーバーマン(Daniel Lieberman)は著書「運動の神話」の中で、座ること自体より「座りながら身体が動いていないこと」が問題の本質だと指摘する。

長時間座ることで起きる4つのリスク
ロルフィングでセッション中に「30分おきに立つ」ことを勧めるのには、生理学的な根拠がある。長時間座り続けると、身体の中で4つのリスクが積み重なる。
① 内臓脂肪の蓄積──慢性炎症の引き金
脂肪には2種類ある。皮下脂肪は臀部・乳房・頬・足につく脂肪で、長期的なカロリー不足に対処するために存在する。一方、内臓脂肪は心臓・腹部・肝臓・筋肉の周囲につく脂肪で、短期的なエネルギーの予備として機能する。
問題は内臓脂肪が過剰に蓄積したときだ。脂肪細胞が膨らみすぎると、炎症を引き起こす物質(アディポカイン)を放出し、免疫細胞(白血球)を引き寄せて慢性的な炎症状態を引き起こす。皮下脂肪より内臓脂肪の蓄積の方が健康リスクが高い——太鼓腹やりんご型の体型はその外側からのサインだ。
座り続けると筋肉が動かず、エネルギー消費が落ちて内臓脂肪が蓄積しやすくなる。
② 血糖・中性脂肪の代謝低下
長時間座っていると、血液中のブドウ糖・中性脂肪を細胞が取り込む能力が低下する。筋肉が動かないと、血糖を取り込むインスリン感受性が下がるからだ。
これが慢性化すると、血糖値・中性脂肪値が高い状態が続き、内臓脂肪のさらなる蓄積と慢性炎症を加速させる悪循環に入る。
③ コルチゾール上昇──ストレスと内臓脂肪の悪循環
通勤・過酷なデスクワーク・精神的プレッシャーが重なった状態で長時間座り続けると、ストレスホルモンのコルチゾールが上昇する。
コルチゾールは血糖・中性脂肪を動員し、エネルギーをすぐに使える形にするホルモンだ。しかし慢性的に上昇すると、内臓脂肪をさらに蓄積させ、免疫系を乱して慢性炎症を引き起こす。「座りながらストレスを受け続ける」現代のデスクワーク環境は、このリスクを最大化させる条件と言える。
④ 筋肉の不活性化──慢性炎症の加速
筋肉が長時間働かない状態が続くと、筋肉自体が慢性炎症を起こしやすくなる。筋肉は適度に動くことで抗炎症物質(マイオカイン)を分泌し、身体の炎症を抑える役割を担っている。座り続けてこの分泌が止まると、慢性炎症のリスクが高まる。
解決策はシンプル──30分おきに立つ
4つのリスクに共通する原因は「身体が動いていないこと」だ。だからこそ解決策もシンプルで、30分〜1時間おきに立ち上がることだ。
数分立って動くだけで、血糖の取り込みが改善し、コルチゾールが下がり、筋肉のマイオカイン分泌が再開する。長時間の運動より、こまめに立つことの方が代謝への効果が大きいという研究もある。
ロルフィングのセッションでは「座る姿勢」を整えることと合わせて、この習慣を勧めている。座り方が整うと身体への負担が減り、立ち上がること自体も楽になる。
長時間座ることと姿勢──ロルフィングの視点
長時間座ることが身体に与える問題は、代謝だけではない。姿勢そのものも変化する。
椅子に長時間座り続けると、股関節屈筋・腸腰筋が短縮し、骨盤が後傾し、腰椎の自然なカーブが失われる。この姿勢パターンが筋膜に記録され、立ち上がっても「座っているときの形」が身体に残り続ける。
第5回で詳しく扱うが、これはTonic Function(姿勢を無意識に保つ深層筋の働き)の機能不全として理解できる。長時間の椅子座りがTonic Muscleの働きを低下させ、Phasic Muscle(表層の動作筋)が姿勢維持を代替する——これが慢性的な肩こり・腰痛の構造的な原因だ。
→ 第5回:なぜ「姿勢の良さ」は筋力ではないのか──Tonic Functionと重力の関係
姿勢・動き科学シリーズ──重力と身体の関係を科学する(全6回)
第1回:しゃがむと座るは何が違うのか──椅子文化が身体に与えた影響
→ 第1回を読む
第2回:なぜ長時間座ると身体に悪いのか──内臓脂肪・慢性炎症・ストレスの科学(この記事)
第3回:なぜ「立つ」は疲れないのか──重力と抗重力筋の仕組み
→ 第3回を読む
第4回:なぜ「歩く」は人間の基本なのか──二足歩行・重心移動・重力の科学
→ 第4回を読む
第5回:なぜ「姿勢の良さ」は筋力ではないのか──Tonic Functionと重力の関係
→ 第5回を読む
第6回:なぜ「楽な姿勢」は存在するのか──重力・筋膜・ロルフィングの視点から
→ 第6回を読む
姿勢と動きを科学的に理解することは、「認識のOS」を更新する入口の一つだ。思考・感情・身体の統合というテーマをより深く扱っているのが、Mind and Bodywork Labの「認識のOS」シリーズだ。
→ Mind and Bodywork Lab:このサイトの歩き方
体験セッションで、あなたの身体に何が起きているかを確認することから始められます。
大塚英文(Ph.D.)|認定アドバンスト・ロルファーTM/ロルフ・ムーブメント・プラクティショナー
東京大学大学院医学研究科博士課程修了。製薬業界を経て、2015年より渋谷でロルフィング®セッションを提供。「思考・感情・身体の統合」をテーマに活動。
