【R#414】筋膜研究の第一人者が光を当てた、23年分の記録 ──ロルフィング10シリーズの新しい研究から

はじめに

ロルフィングの10シリーズを受けると、身体は実際のところどう変わるのか。科学的にわかっていることって何かあるのか?聞かれることがある。

そこで、今回の投稿では、Journal of Clinical Medicine(Impact Factor 3.3の国際査読誌)に報告された「Influence of Rolfing Structural Integration on Lower Limb Mobility, Respiratory Thorax Mobility, and Trunk Symmetry: A Retrospective Cohort Study」について紹介したい。

筋膜の研究者・ロルファー:Robert Schleip

筆頭著者のRobert Schleipは、ドイツを拠点とするロルファーの一人だ。

ロルフィングの開発者のIda Rolf の流れを汲むロルファーとして経験後、教える側(Senior Instructorの一人)にまわった。European Rolfing Association(ERA)のミュンヘンで教鞭をとった後、「身体の変化を仲介している」と考えてきた組織 ──筋膜(fascia) ──そのものへ関心を向け、生理学で博士号(PhD)を取得する。

余談になるが、私がミュンヘンで基礎トレーニングを受けた頃には、Faculty Memberから離れていたため、Schleipとは、直接お会いしたことがない。

Schleipの博士研究のテーマは、筋膜の収縮性と粘弾性。ロルフィングの手技で触れてきた組織が物理的にどう振る舞うのかを、科学の言葉で検証していく。参考に、Ulm大学で学位を取った年には、その分野で最優秀の博士論文(Vladimir Janda Prize for Musculoskeletal Medicine)として表彰されている。

その後、Schleipは、2007年、ハーバード医科大学で開かれた世界初の筋膜研究会議(Fascia Research Congress)の立ち上げに関わった。以来、すべての会議(2025年まで全7回)に深く携わり、Fascia Research Society の創設メンバーとして中心的な役割を担い続けてきた。筋膜という言葉が研究の対象として認知される、その歴史の真ん中に Schleip がいる。

臨床研究の中心にいたロルファーのヘレン・ジェームス(ジマー)

今回の研究で中心的な役割を果たしたのが、ロルファーであり、科学者でもあるHelen James(以下、ジマー)だ。理学療法(Physical Therapy)を大学で教えた元教授であり、同時にロルフィングの実践者でもあった。

Rolf Movement Instructorの田畑浩良さんのXによると、

1984年、ジマーはフィギュア・スケーターのブライアン・オーサーに対してロルフィングの施術を開始し、彼はその後、世界選手権およびオリンピックのフィギュアスケート王者へ貢献。

ブライアンへのロルフィングをきっかけに、著名な振付師ウーシー・ケスラーとも仕事をすることとなった。これにより、ジマーはミシェル・クワン、エルヴィス・ストイコ、イザベル・ブラッスール、ロイド・アイスラーなど、数多くの世界的チャンピオンたちとも仕事をするようになった。また、その他の著名なプロアスリートとも関わっている。

2020年、カリフォルニア州立大学フレズノ校の理事会は、理学療法における優れた教育プログラムの創設と、その卓越性により全米的評価を得ている功績を称え、ジマーに名誉科学博士号(Honorary PhD in Science)を授与されている。

さて、ジマーは、なんと、23年間、自分のクライアント全員に対して、可動域(Range of Motion)や呼吸や体幹の対称性を測り続けた。しかも驚くべきことに、その23年間、測定の手順を一度も変えなかったという(そのエピソードについて、下記のSchleipへのインタビューのYoutubeを参照ください)。

論文の査読では、それがかえって指摘の対象になったという。20年の間に可動域の測り方の「標準」は移り変わったのだから、と。けれど彼女は、最初に定めた手順を厳密に記録し、最後までそれを守り抜いた。評価は常に同じ条件で行わなければ比べられない——研究者として、それを知り抜いていたからだ。

800名を超える測定のうち、品質の基準を満たした記録だけが解析に進んだ。そしてもう一つ、彼女は満足のいかなかった少数の症例さえ外さずに残していた。都合の良いデータだけを選び取る「いいとこ取り(Cherry Picking)」をしなかった。

長く眠っていたこの記録は、すでに世を去った研究者 Tom Finley のノートパソコンの中にあった。その未亡人 Patricia Finley の協力で記録を受け取った Schleip は、教え子の Katja Bartsch、Andreas Brandl とともに、暗号めいた略記を「シャーロック・ホームズのように」数年かけて、後ろ向き研究(Retrospective Research)として読み解いた。

2025年8月、一本の論文としてまとまった。90歳を超えたジマー も、著者の一人に名を連ねている。

500人を超える身体に、同じ変化が

論文が報告した内容はこうだ。10シリーズを完遂した18〜60歳の男女、約563名分の記録を解析したところ、いくつもの指標で統計的に有意な改善が確認されたことだった(いずれもp<0.001)。

改善が見られたのは、股関節の屈曲可動域、膝関節の屈曲可動域、体幹の左右対称性、そして安静時と最大吸気時それぞれの胸郭の広がり——つまり呼吸の容量である。脚がよく動くようになり、左右のバランスが整い、胸がより大きくひらいて息づくようになる。施術室で日々起きていることが、数百人規模の数字として像を結んだ。ロルフィングの研究はこれまで十数人規模の小さな報告が中心だっただけに、これは桁の違う厚みを持つ。

そして、今回の研究は、2022年に報告された肩・股関節の可動域研究の続編でもある。今回、新たに膝関節、胸郭の拡張、体幹の左右対称性が分析対象となったことで、10シリーズの変化をより立体的に捉えられるようになった。

「断定できないこと」を、正直に

それでも Schleip は、この研究の限界をはっきりと認める。対照群(Control Group)——同じ条件でロルフィングを受けなかった比較対象——を調べていないため、改善の原因をロルフィングだけに帰すことはできない、ということを。手技そのものの効果なのか、10回という時間をかけて身体に向き合う場の効果なのか、あるいは生活の変化が重なったのか。それは、このデータだけではなんとも言えないのだ。

一方で、Schleip は、20人や30人の小さな研究で因果を語るのは危ういが、数百人を恣意なく、丁寧に追った記録は別格の重みを持つ、と言っている。この大規模な臨床研究は、厳密な臨床試験を立ち上げるための土台になる可能性を示唆する。実際、論文タイトルそのものも “Effect” ではなく “Influence” という表現を採用している。

「平均的な結果」という、静かな安心

ロルフィングを受けるかどうか迷っているクライアントにとって、この研究の語っていることってなんだろう。Schleip の言葉を借りれば、それは「同じ道を先に歩いた数百人に、平均してどんな変化が起きたか」という手がかりだ。

脚がより自由に動き、左右のかたよりが整い、胸が深く息づくようになる——それが一人や二人の体験談ではなく、数百の身体に繰り返し現れたパターンだったという事実。迷いの中にいるとき、これは小さくない支えになるのではないかと思う。

一つの手順が、無数の身体にひらいたもの

Schleip がこの記録に惹かれた理由の一つは、ジマーが用いたのが奇をてらった独自の技法ではなく、Rolf 研究所で学んだ標準的な10シリーズ——いわば基本の「レシピ」だったことにある。その同じ手順が、年齢も体格も癖もまるで違う数百の身体に、共通の方向の変化をもたらした。

これは、ロルフィングが個々の不調を追いかける対症的な手当てではなく、身体という一つのシステムの成り立ちそのものに働きかけていることを示唆している。Body as an Operating System——身体を、部分の寄せ集めではなく、全体として動く一つの秩序として捉える視点だ。

表面の症状ではなく、その下で身体を支える土台のほうへ。標準的な手順が多様な身体に同じ方向の変化をひらいたという事実は、その見方を静かに裏づけている。

この研究は、ロルフィングの有効性を最終的に証明したものではない。しかし、数十年にわたる臨床現場の観察が、ようやく学術論文という形で共有され始めたことには大きな意味がある。

筋膜という組織の振る舞いを生涯かけて見つめてきた科学者が、23年分の記録の前で足を止めた。そこに刻まれていたのは、無味乾燥な数字ではなく、自分の身体ともう一度出会い直していった数百人の物語だったと言っていいのではないでしょうか。

少しでもこの投稿が役立つことを願っています。

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka