はじめに
私のセッションには、ロルフィングのように身体へ直接働きかける時間だけでなく、身体にほとんど触れない時間もある。手を身体の近くに置いたり、かざしたりするため、受けている方には「いま、何をしているのだろう」と思われることがあるかもしれない。
このような方法は、一般に「エネルギーワーク」と呼ばれている。私はこれまで、ソースポイントセラピーと直傳靈氣という二つの方法を学んできた。
実際に行っていることは、とてもシンプルである。ソースポイントセラピーを日本で教えている佐藤博紀さんは、その手順をこう説明している。身体の周囲にあるポイントへアクセスし、身体が最初に働きかけてほしい場所を手で探す。次に、流れが滞っている場所を見つけ、そこに働きかける。滞りが解消されたことを確認したら、次の場所を探す。
この過程を繰り返していくと、施術者が身体を無理に変えようとしなくても、身体が自ら秩序を取り戻していくことがある。私はそこに、エネルギーワークの面白さを感じている。
ただし、「エネルギー」という言葉は非常に曖昧である。オーラ、チャクラ、気、生命力など、人によって同じ言葉がまったく異なる現象を指している。スピリチュアルという言葉も同様で、何を意味するのかは必ずしも明確ではない。
そこで、このページでは、エネルギーワークが何を扱うのか、施術者は実際に何をしているのか、ロルフィングとどのような関係にあるのかを順番に考えていきたい。そのうえで、私自身がどこで、誰から学んできたのかも紹介する。
最初に断っておくと、私はこの領域を自分から探し求めたわけではない。ロルフィングを学び始めた当時は、エネルギーワークという領域があることさえ知らなかった。何人かの先生との出会いを通じて、後から少しずつ、その存在と意味が見えるようになったのである。このページでは、その過程も含めて書いてみたい。
エネルギーとは何を指すのか
「エネルギー」という言葉は、物理学では「仕事をする能力」と定義される。一方、ボディワークにおけるエネルギーは、物理学と同じ意味で使われているわけではない。身体の一部分だけでは説明できない変化や、施術者とクライアントの関係、身体を取り巻く空間まで含めた現象を指すことが多い。
そのため、「エネルギーとは何か」を先に定義しようとすると、話が抽象的になりやすい。ここでは、二人のロルファーによる整理を手がかりにしたい。いずれも、2017年6月にロルフィング協会誌(以下協会誌)がエネルギーを特集した際に示されたものである。
一人は、ロルフィングの五つの分類を整理した中心人物のJeff Maitlandである。彼は、エネルギーそのものを説明するのではなく、「私たちはそれをどのように経験するのか」という問いから考えた。そして、物理学の定義に一語を加え、エネルギーを「感じることのできる、仕事をする能力」と捉えた。
物理学者はエネルギーを計算できればよいが、施術者は、身体に起きている変化を自分の感覚を通して捉える必要がある。その違いを示した表現である。
もう一人は、Hubert Godardの理論をロルフィングの中で整理してきたKevin Frankである。彼は、「エネルギーワーク」と「ボディワーク」を分けること自体に疑問を投げかけた。身体に触れなければエネルギーワークなのか。イメージを使えばそうなのか。遠隔で行えばそうなのか。反対に、強い力を使えばボディワークなのか。どれも明確な基準にはならない。
そこでKevin Frankが提案したのが、「エネルギー」ではなく「情報」という視点である。筋膜に触れることも、身体の周囲の空間へ注意を向けることも、イメージを使うことも、身体というシステムに何らかの情報を差し出す行為として捉えられる。
その情報が受け手にとって意味を持ったかどうかは、施術者が決めることではない。呼吸、姿勢、動き、表情など、その人の振る舞いに変化が現れたときに、初めて分かるのである。
Kevin Frankの議論については、「エネルギーワークとボディワークを情報の観点で捉えてみる」と「『エネルギーワーク』と『身体意識』の関係」で詳しく紹介した。
この見方に立つと、エネルギーワークを特別な力として考える必要はなくなる。生体は、外から与えられた刺激や情報に応じて、自ら秩序を組み直すシステムである。一般システム理論は、そのように生命を捉える。2025年のアドバンスト・トレーニングで、講師のRay McCallはこれを「身体は自己調整できるシステムである」と表現した。
ソースポイントセラピーでは、身体の周囲に秩序の情報を含む場があり、身体はその場とつながっていると考える。身体を、外界と絶えず情報を交換する開かれた系として見るのである。
施術者が身体を治すのではない。身体が自ら変化できるように、そのための条件を整える。私は、エネルギーワークをそのように捉えている。
「意図(intention)」と「志向性(intentionality)」はどう違うのか
ここで注意したいのが、「情報を渡す」という表現である。この言葉だけを聞くと、施術者が能動的に何かを送り込み、相手を変化させるように思えるからだ。
2025年のアドバンスト・トレーニングで、Ray McCallは「意図(intention)」と「志向性(intentionality)」という二つの言葉を並べた。この違いについては、「意図と志向性の違い──セッションに臨む二つの『在り方』」でも詳しく書いている。
意図は、ある結果を目指して何かをすることである。身体に何が起きているのかを施術者が把握し、そこへ因果的に働きかけようとする。一方、志向性はフッサールの現象学に由来する言葉で、意識がそもそも世界へどのように向けられているかを指す。
志向性の立場では、施術者がクライアントの身体を完全に理解しているとは考えない。むしろ、その身体自身のほうが、何を必要としているのかを知っている。施術者には因果的に説明できなくても、その人に必要な変化が起こる可能性を認める。
Jeff Maitlandは、両者を対等な選択肢とは考えなかった。彼の整理では、意図は、ある結果へ向けて使う技法の一つである。志向性は、その技法よりも手前にあり、施術者が世界へどう向いているかという在り方を指す。技法や意図がうまく働くかどうかも、その土台となる志向性によって決まる。
だから、施術者にできるのは、変化を起こすことではなく、変化が起こりうる場を整えることである。Maitlandは、まず施術者自身が開かれ、変化のための繊細な場を作ることが必要だと述べている。その場が本当に開かれると、受け手は安心を感じ始め、施術者が積極的に何かをしなくても回復の過程が始まりうる。彼はこれを、あらゆるエネルギーワークに共通する最初の一歩と捉えた。
ソースポイントセラピーも意図を使う。どのレベルへ向かうかは、意図によって定められる。ただし、定めるのは向きであって、何が起こるかではない。志向性という土台を整え、その上で技法として意図を使うのである。
ロルフィングの中にエネルギーの視点はあった
エネルギーワークは、ロルフィングの外から突然持ち込まれたものではない。創始者のIda Rolf自身が、人間の構造とエネルギーの関係に強い関心を持っていた。
1974年、Ida Rolfは協会の年次総会で次のように語っている。
I want to see what happens to the energy fields in and around an individual as you order his structure and what is the change in his behavior that parallels this change in energy. I want to see whether those fields get broader, whether they get brighter, whether they get more vertical, whether they get less confused.
人の構造を整えるとき、その人の内と周囲にあるエネルギー場に何が起きるのか。そして、その変化と並行して、行動がどのように変わるのかを見たい。その場が広がるのか、明るくなるのか、より垂直になるのか、混乱が少なくなるのか。それを見たい。
ここでIda Rolfは、身体構造だけを見ているのではない。構造の変化、エネルギー場の変化、そして行動の変化を、一つの連続した現象として捉えていた。
同じ講演で、彼女はさらに次のように述べている。
I hope that among you there are the kind of fish that will go out and bring in another school of fish . . . Not to get their aches and pains taken out, not to have their symptoms removed, but that they might contribute to the understanding of energy in the human universe.
痛みを取ってもらうためでも、症状を取り除くためでもなく、人間の宇宙におけるエネルギーの理解に寄与する人たちが、この中から現れてほしい。
Ida Rolfにとって、ロルフィングは単に痛みや症状を取り除く技法ではなかった。身体構造を入口として、人間におけるエネルギーとは何かを探究する仕事でもあったのである。
私は2016年3月、日本ロルフィング協会の総会で、米国のロルフィング・インストラクターであるRay McCallとCarol Agneessensから、Ida Rolfがロルフィングをどのように考えていたのかを聞く機会があった。
そこで紹介された話の一つが、1978年にIda RolfがRolf Instituteへロルフィングの権利を売った際、三つの学校を設立してほしいと要望したというものである。心理学的な側面を扱う学校をカリフォルニアに、医学的な側面を扱う学校をニューヨークに、スピリチュアルな側面を扱う学校をコロラドに置くという構想だった。実現はしなかったが、彼女が身体以外の側面も制度として残そうとしていたことが分かる。
また、弟子の一人に、ボルダーの山でエネルギースポットを探し、そこに座った感想を知らせてほしいと頼んだこともあったという。クラス中に感情を乱したクライアントには、太陽神経叢に触れると落ち着くと助言し、実際に変化が起きたとも伝えられた。
その一方で、Ida Rolfは次の言葉も残している。
Only thing that I can get hands on is physical.
私が手で触れ、コンタクトできるのは、身体的な部分だけである。
彼女がエネルギーを扱わなかったのではない。手が届くのが身体だったから、身体から入った。そのように読むことができる。この総会で聞いた内容は、「2016年日本ロルフィング協会総会に参加して──ロルフィングの歴史を知る」に記録している。
論争から特集号へ
Ida Rolf自身がエネルギーに関心を持っていた一方で、この領域をロルフィングの教育の中にどう位置づけるかは、長く定まらなかった。
2007年夏、Rolf Instituteの会報に「An Energetic Foundation for Rolfing」という講座の告知が掲載された。講師はBob SchreiとRay McCallで、ソースポイントセラピーに基づく内容だった。
告知後、協会の掲示板で激しい議論が起こり、協会がエネルギー的な講座を主催することの是非を問う抗議のメールが理事会へ届いた。異議を受けて、講座は継続教育委員会へ自主的に再提出され、二度目の承認を得た。
しかし、論争によって関心はむしろ高まった。座席とアシスタントが追加され、結果として数年ぶりに満席となる継続教育クラスになった。
翌2008年、Bob Schrei、Ray McCall、Jeff Maitland、Duffy Allenの四人が、協会誌上でこの問題について対話した。表題は「What Did Dr. Rolf Want?──ロルフ博士は何を望んだのか」であり、冒頭には1974年のIda Rolfの発言が置かれた。
この対話の中でBob Schreiは、ソースポイントセラピーが生まれた背景を説明している。Michael SalvesonとJeff Maitlandによるアドバンスト・トレーニングでは、ロルファーが鍼灸、チャクラ、バイオダイナミクスなど、外部の体系を借りて自分の仕事を説明していることが問題になった。借りてきた言葉だけで説明している限り、ロルフィング固有の仕事が何であるかは分からない。そこから、ロルフィングには固有のエネルギー的な基盤が必要だという課題が生まれ、長い探究を経てソースポイントセラピーへつながった。
そして2017年6月、協会誌は一号全体を「ロルフィングと非物理的な現実」という主題に充てた。Kevin Frank、Jeff Maitland、Ray McCall、Bob Schreiらが、それぞれの立場からエネルギー的な領域について論じた。2007年に激しい論争を呼んだ主題が、10年後には特集号になったのである。
触れ方はどのように変わったのか
この領域の発展には、ロルフィングにおける触れ方の変化も関わっている。
1980年代以降、John Upledgerを中心に、頭蓋仙骨療法やバイオダイナミックな考え方がオステオパス以外の実践者にも伝わっていった。これらはロルフィングのコミュニティにも大きな影響を与えた。Ida Rolfの時代に見られた強い圧だけでなく、身体と空間が自然に再編成されるための、より繊細な接触や施術者の在り方が重視されるようになった。
2016年の日本ロルフィング協会総会でも、同じ流れが紹介された。オステオパシーの頭蓋仙骨療法や内臓マニピュレーションがロルフィングに入り、身体には、施術者が積極的に介入しなくても自ら変化する能力があることが明確になっていった。しっかりとした接触だけでなく、「その場にいること」そのものがタッチとして働く場合もある。
私は、この流れをソースポイントセラピーの側からも学んだ。2017年の補講では、Sacral HoldとGuardian Pointへの理解を深めるため、William Sutherlandから始まる頭蓋ワークの歴史と解剖学が紹介された。バイオメカニクス、ファンクショナル、バイオダイナミクスという三つのレベル、頭蓋ワークとエネルギーワークの関係、Guardian Pointとの違いについて学んだ。この日の内容は、「SPTSCに参加して──実践を通じて知識を深める」にまとめている。
ソースポイントセラピーを作ったBob Schreiは、認定アドバンスト・ロルファーであると同時に、バイオダイナミック・クレニオセイクラル・セラピストでもある。二つの系譜を持つ人物が作った体系だからこそ、その両方の影響が入っているのである。
ブループリントとは何か
ソースポイントセラピーの中心にあるのが、「ブループリント」という考え方である。人が人として健やかに存在するために必要な、根源的な秩序の情報を指す。
興味深いことに、この言葉はIda Rolf自身が使っていた言葉でもある。彼女は著書の中で、次のように書いている。
A joyous radiance of health is attained only as the body conforms more nearly to its inherent pattern; this form, this Platonic Idea, is the blueprint for structure.
健やかさの喜びに満ちた輝きは、身体が本来備えている型に近づいたときにのみ得られる。この形、このプラトン的な理念こそが、構造の設計図(blueprint for structure)である。
Ida Rolfは、健やかさを単に症状がない状態として考えていない。身体が本来の秩序に近づき、その人の構造が内在する型に沿っている状態として捉えている。
同じ著書の別の箇所では、さらに踏み込んだ問いを示している。
Is “balancing” actually the placing of the body of flesh upon an energy pattern that activates it? The pattern of this fine energy would not be as easily disrupted and might well survive, relatively intact, traumatic episodes that distort the flesh.
「身体を整える」とは、肉体を、それに生命を与えるエネルギーの型の上に置くことなのではないか。この繊細なエネルギーの型は容易には乱されず、肉体を歪めるような出来事が起きても、比較的損なわれずに残るのではないか。
ここで問われているのは、肉体そのものが秩序の源なのか、それとも肉体の背後に、それを組織する型が存在するのかということである。
Bob Schreiは2017年の特集号の冒頭にこの一節を掲げ、「構造の統合として私たちが行っていることは、身体をその型へ沿わせることではないか」と書いた。大学で建築を学んだ彼には、構造が何の上に成り立っているのかを問う習慣があったという。
この考え方は、Ida Rolfの著書の中だけにあったわけではない。彼女の生徒だったKarl Humistonは、Ida Rolfがクラスで「完全性のブループリント(blueprint of perfection)」という言葉を繰り返し使っていたと証言している。
さらに、ロルフィング協会の実践基準(Standards of Practice)にも、次のように記されている。
Equally fundamental is the recognition that each human being has an inherent internal pattern for optimal organization of form and function, which pattern is essentially self-organizing.
同じく根本的なのは、それぞれの人間が、形と機能の最適な組織化のための内在的なパターンを持っており、そのパターンは本質的に自己組織的である、という認識である。
The intent of Structural Integration is to identify and address that which keeps each person’s pattern from manifesting as a higher level of order and function.
構造統合の意図は、各人のパターンが、より高い秩序と機能として現れることを妨げているものを、見出して扱うことにある。
ブループリントという考え方は、一人の言葉としてだけでなく、協会の規定にまで入っている。
ソースポイントセラピーのブループリントは、この思想の延長線上にある。日々の緊張や感情、さまざまな経験によって、私たちはその秩序とのつながりを弱めることがある。施術者はブループリントへアクセスし、身体がその情報とのつながりを取り戻せるように働きかける。
ブループリントという考え方は、「身体にとって何が健全なのか」という指標も与えてくれる。目指す方向が分かっていれば、そこから離れたときにも戻ることができる。ただし、施術者が身体を理想の形へ力ずくで運ぶわけではない。方向は知りながら、変化の過程は身体に委ねるのである。
ロルフィングにある二つの起源譚
ロルフィングの起源については、これまで広く語られてきた説明がある。Ida Rolfの生化学者としての経歴、筋膜への関心、ヨガやオステオパシーとの交流、スウェーデンボルグ、一般システム理論、コジブスキー、バックミンスター・フラーなどから影響を受け、ロルフィングを形づくったという説明である。この流れについては、「アイダ・ロルフという科学者」で詳しく書いている。
一方、Bob Schreiは2017年に、これとは異なる側面を紹介した。
彼のもとを訪れた新しいクライアントに、ロルフィングを受けた経験があるかと尋ねたところ、30回か40回受けたことがあるという。誰から受けたのかと尋ねると、答えはIda Rolfだった。
セッションについて最初に思い出したのは「痛かった」ということだった。しかし、最も記憶に残っていたのは、Ida Rolfが語った話のほうだった。彼女は、自分の仕事が科学者としての研究だけから生まれたのではなく、古代エジプトからチャネリングされた情報に由来すると繰り返し話していたという。そのクライアントが母親や母親の友人たちに確認すると、彼女たちも同じ話を聞いていた。
Bob Schreiが2015年、Ida Rolfの墓前で行われた追悼の会に寄せてこの話を公開すると、第一世代の教師たちからも「自分もそのクラスにいた」「彼女は多くの人に同じ話をしていた」という確認が届いた。そのうちの一人は、10回シリーズ自体が古代の学派における通過儀礼だったと聞いた、と伝えてきた。
Peter Melchiorも、授業でIda Rolfが「この仕事は少なくとも3,000年前から存在する」と述べたことを記録している。さらに、ある教え子によれば、Ida Rolfはロルフィングを教育の過程として説明すべきだと考えていたが、本当のところ、どの分野に属するかと問われれば「シャーマニズムである」と語ったという。
私は、科学者としての起源と、このような起源譚を対立するものとして読んでいない。どちらが本当かを判定する材料も持っていない。ただ、Ida Rolfが身体を科学的に探究しながら、同時に、科学だけでは説明しきれない背景も語っていたことは重要だと思う。
1950年代から60年代の米国では、正統と認められない実践を行う者が逮捕され、著作を破棄されることさえあった。Wilhelm Reichがそのような扱いを受けたのは1956年である。その時代に、科学者として筋膜を研究し、この方法を作ったとだけ説明するほうが安全だった。それにもかかわらず、Ida Rolfはもう一方の物語も隠さなかった。
この背景を知ると、ソースポイントセラピーがなぜ現在の形を取っているのかも見えやすくなる。最終課程の初日に、私は瞑想との共通性とシャーマニズムとの関係について学んだ。病は超自然との関係が崩れた結果として起こると考えられてきたこと、外部から入った否定的なエネルギーが流れを妨げること、それを儀式とイメージによって修復するのがシャーマンの役割だったことが紹介された。
当時は、エネルギーワークのクラスだからそのような話も出るのだろうと受け止めていた。しかし、いま振り返ると、創始者は、自らの体系がどの伝統に連なるのかを説明していたのだと思う。
ソースポイントセラピーは、ロルフィングの中にあるエネルギー的な空白を埋めるために作られたとBob Schreiは述べている。彼が埋めようとしたのは、ロルフィングに欠けていたものではなく、次第に語られなくなった側面だったのかもしれない。
ロルフィングの五つの分類(Taxonomy)
ロルフィングでは、身体へ働きかける入口を五つに分類(Taxonomy)している。構造的・幾何学的(geometric)、バイオメカニカル(biomechanical)、機能的(functional)、心理生物学的(psychobiological)、そしてエネルギー的(energetic)という五つである。
これらは、別々の目的を持っているわけではない。どの入口から始めても、最終的には身体の構造に働きかけ、重力の中でその人がよりよく適応していく過程を助ける。向かう先は一つで、入口が五つあるのである。
エネルギー的な領域は、その五つ目に当たる。ただし、五つの中で最も言語化が遅れた領域でもあった。
日本では、この領域にもう一つの重要な流れがある。ロルフィング・インストラクターの田畑浩良さんが探究してきたYIELDワークである。クライアントが接地面に自らを委ね、安定した基盤が生まれることで、内側から自然な変化が起こる。
田畑さんは、これを技法ではなく、身体化された気づきの状態だと述べている。構造へのアプローチでも、ムーブメントでも、クラニオセイクラルでも、どのセッションにも通せるものだという。分類の中の一項目としてではなく、分類を横断するものとして扱われている。
興味深いのは、田畑さんがこのワークを説明するとき、「エネルギー」という言葉をほとんど使わず、「システムの完全性」という言葉を使っていたことである。エネルギー的な領域を探求しながら、その説明には、より身体的・システム的な語彙が用いられている。
私は2025年のアドバンスト・トレーニングで、田畑さんからこのワークを学んだ。田畑さんはヨーロッパ・ロルフィング協会でも、肚と間合いについて教えている。
この分類について、田畑さんは、施術者が前後・左右・上下のいずれにも偏らずに立てることの重要性を書いている。重力に押しつぶされることも、上へ伸びきることもない位置を、身体的・空間的に整理する。その探究が、Ray McCallによるエネルギー的な分類への重要な貢献だと捉えている。
言語化が遅れていた領域に、身体と空間の具体的な言葉が入りつつあるのである。
なぜエネルギーの視点が必要なのか
ここまで、エネルギーワークが何を指し、ロルフィングの中でどのように位置づけられてきたのかを見てきた。では、なぜロルフィングにエネルギーの視点が必要なのだろうか。
2008年に協会誌上で行われた対話の中で、Bob Schreiは、その理由を明確に述べている。
彼がMichael SalvesonとJeff Maitlandによるアドバンスト・トレーニングを受けたとき、ロルファーが自分たちの仕事を説明するために、鍼灸、気功、チャクラ、バイオダイナミクスなど、外部の体系を借りていることが議論になった。たとえ十数種類のエネルギー的なアプローチを学んでも、それらを寄せ集めるだけでは、ロルフィングそのものを理解するための基盤にはならない。
That led to a conversation about how Rolfing needed an energetic foundation, or energetic taxonomy, which was unique unto itself, in order for Rolfing to truly be a third-paradigm (holistic) approach.
そこから、ロルフィングが真に第三のパラダイム、すなわちホリスティックなアプローチであるためには、ロルフィングに固有のエネルギー的な基盤、あるいはエネルギー的な分類が必要だという話になった。
ここでいう「第三のパラダイム」とは、Jeff Maitlandが提示した三つのパラダイムの三つ目に当たる。第一は癒し(Relaxation)のパラダイム、第二は矯正(Corrective)のパラダイム、そして第三がホリスティック(Holistic)なパラダイムである。私はこの枠組みを、2025年のアドバンスト・トレーニングで学んだ。その内容については、「ホリスティックの治療とは何か?──『パラダイム』から問い直す」で詳しく紹介している。
ホリスティックなパラダイムでは、身体を部品の集まりではなく、さまざまな要素が影響し合う関係性の網の目として捉える。介入の目的は、問題のある部分を個別に直すことではなく、全体の秩序と調和が回復するのを助けることにある。
Bob Schreiが指摘しているのは、「全体性」を扱うと言いながら、エネルギー的な側面を除外するなら、その方法は本当の意味でホリスティックとはいえないということである。
Ray McCallは、同じことをさらに強い言葉で述べている。
Without the energetic, it would not matter whether we were accepted by the collective or not—we would no longer be practicing the holistic art of Rolfing.
エネルギー的な側面がなければ、私たちが科学の世界に受け入れられるかどうかは、もはや問題ではない。なぜなら、そのとき私たちは、ホリスティックな手段としてのロルフィングを実践していないことになるからである。
エネルギー的な側面を切り離せば、ロルフィングは数ある徒手療法の一つにとどまり、本来目指していた全体性を失ってしまう。だからこそ、エネルギーの視点が必要なのである。
三つの問いに答えるため
エネルギーの視点が必要とされるのは、理念上の理由だけではない。セッションを進めるうえでも、実際的な役割を果たす。
Ray McCallは、ロルファーがセッションに臨むにあたって、常に直面する三つの問いをアドバンスト・トレーニングで挙げていた。「どこから始めるのか」「次に何をするのか」「いつ終えるのか」という三つである。
ソースポイントセラピーを使って、身体の周囲にあるエネルギー場を手でスキャンすると、主なブロックや不連続がどこにあるかを感じ取れることがある。それだけでなく、より重要なのは、クライアントの身体が「どこから始めてほしいのか」を知る手がかりになることである。
施術者の分析だけで始点を決めるのではなく、身体が示す始点を尊重する。そのことによって、セッションは一貫して効果的になるとRay McCallは述べている。これは、決まった流れを持つ10回シリーズでも、手順の定められていない上級の仕事でも変わらない。
私たちは、身体の構造や動きを観察し、どこに問題があるのかを分析する訓練を受けている。しかし、目に見える構造や動きが、必ずしも問題の始点を示しているとは限らない。
エネルギー医学の観点では、エネルギーの状態が構造や機能に先行すると考える。たとえば、足や下腿に見られる動きのパターンや、脊柱と胸郭に現れている側弯のパターンが、実は前腕の骨間膜にあるエネルギー的な滞りから生じている可能性もある。
つまり、目に見える問題と、それを生み出している主な要因が、同じ場所にあるとは限らない。動きを妨げている主な要因が、筋膜、生体力学、神経系ではなく、エネルギー的な領域にある場合もある。
エネルギーの視点は、構造分析や動作分析を否定するものではない。それらだけでは見つけにくい「どこから始めるか」を知るために、別の情報源を加えるのである。
知覚を育てるため
Jeff Maitlandは、もう一つの理由を挙げている。エネルギーワークは、身体に耳を傾ける力を育てるという点である。
知覚がすべてだと言えば言い過ぎかもしれない。しかし、それほど大きな役割を知覚が果たしていることも事実である。エネルギーワークは、施術者の知覚を鋭くする。クライアントが何を必要としているのかを捉える能力が高まれば、それだけ仕事の精度も上がる。
Maitlandは、ここで重要な指摘をしている。一つの分類に存在する妨げは、ほかのすべての分類にも、妨げとして現れるというのである。
ロルフィングには、構造的・幾何学的、バイオメカニカル、機能的、心理生物学的、エネルギー的という五つの分類がある。これらは別々に存在しているのではなく、互いに関係している。そのため、ある分類からクライアントの状態を読み取れないと、その分だけ、ほかの分類から行う仕事の効果も限られる。
反対に、エネルギー的な分類を読めるようになれば、ほかの四つの分類から行う仕事の精度も高まる。構造や動きに働きかける場合も、症状へ直接対応する場合も、クライアントの全体像をより深く捉えられるようになるからである。
この意味で、エネルギーワークは、特別な能力を持つ人だけのためのものではない。五つの分類を統合して扱うための、知覚の訓練でもあるのである。
何をもってロルフィングと呼ぶのか
エネルギー的な働きかけをロルフィングの中に位置づけると、「何がロルフィングで、何がロルフィングではないのか」という問いが生じる。
Ray McCallは、Emmett HutchinsがIda Rolfへ尋ねた逸話を紹介している。施術者が部屋の反対側に立ち、大腰筋が伸び、骨間膜が開くことを思う。その変化が実際に起こり、相手が重力の中でより統合されたとしたら、それはロルフィングと呼べるのか。Ida Rolfはしばらく考え、「そう思う」と答えたという。
ここから分かるのは、ロルフィングが特定の技法だけによって定義されるのではなく、目的と結果によって定義されるということである。強い直接的な圧を使うか、軽い接触を使うか、あるいは離れたところから働きかけるかは、それだけでは決定的な基準にならない。
ただし、Ray McCallは歯止めも設けている。別の体系の方法を使うなら、施術者は、自分がいつその方法を使っているのかを理解していなければならない。別の歌を歌い始めるなら、クライアントへ伝える責任がある。
そして、セッションの終わりに確認すべきことがある。身体は重力と、よりよい関係を結んでいるか。重力が負担ではなく、身体を支える資源になっているか。ロルフィングかどうかを判断する基準は、そこにある。
「エネルギー的」「スピリチュアル」といった言葉は曖昧である。しかしロルフィングでは、その言葉が何を意味するかだけでなく、働きかけの結果として、身体と重力の関係がどう変わったかを確認する。判定の基準がある限り、言葉の曖昧さは致命的な問題にはならない。
同じ主題を、異なる入口から扱う
五つの分類は、互いに完全に分離しているわけではない。同じ主題を、異なる入口から扱う場合もある。トラウマ、カルマ、感情は、その代表的な例である。
心理生物学的な領域では、Peter Levineのソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing)と、Stephen Porgesのポリヴェーガル理論(Polyvagal Theory)がこの主題を扱う。前者は身体に残った反応を丁寧にたどり、後者は、安全と脅威に対して自律神経系がどのように応じるかを見る。私は、これらをロルフィングの基礎トレーニングで学んだ。
Peter Levineは、Ida Rolfから直接学んだ一人でもある。重力との関係を身体統合の基準とすること、姿勢を外見ではなく意識の表現として見ること、身体を表層の形ではなく、張力、線、流れとして観察することを彼女から受け取った。心理生物学的な領域を代表する人物が、ロルフィングの創始者の教え子だったのである。分類は後から引かれた線であり、人のところでは互いに交わっている。
エネルギー的な領域でも、トラウマ(Trauma)、カルマ(Karma)、感情(Emotion)を扱う。私がソースポイントセラピーの最終課程で学んだのも、この三つだった。
そこでは、曖昧に使われやすい言葉を改めて定義する。カルマは、輪廻転生や前世ではなく、「意志に基づく行動」という意味で用いる。すでに決まってしまったものではなく、これから選び直すことのできるものとして捉える。
感情における健全な状態とは、特定の感情だけを持つことではない。努力せずに、一つの感情から別の感情へ移れることを指す。良い感情か悪い感情かは問題ではなく、内容を言葉で理解していなくても扱うことができる。
トラウマに対しては、出来事の詳細を聞かず、正面から向き合わせることも、再体験させることもしない。出来事ではなく、身体に残されたものを扱う点は心理生物学的な方法と共通するが、その反応をたどるか、たどらずに扱うかという違いがある。
向かう先は一つで、入口が五つあるというのは、こういうことでもある。
施術者は実際に何をしているのか
エネルギーワークというと、施術者が何か特別な力を使っているように思われやすい。しかし、ロルフィングの教員たちが語っているのは、むしろ施術者自身の状態を整えることである。
2017年の特集号でRay McCallは、Jeff Maitlandとともに米国・フェニックスで開いた、教員だけのセミナーを振り返っている。参加者全員に「自分の施術室でエネルギー的なワークをするか」と尋ねると、全員が「する」と答えた。では、そのとき何をしているのかと尋ねると、例外なく同じ答えが返ってきた。自分の在り方、存在、身体の状態を切り替えている、というのである。
Ray McCallは、その要素を具体的に挙げている。自分の背中側に意識を置くこと。手で身体を一定の形へ変えようとするのではなく、身体のほうに手を形づくらせるように触れること。局所に手を置きながらも、知覚を自分の足や股関節、さらに身体の周囲の空間まで広げること。
私がこの文章を読んだのは、2025年のアドバンスト・トレーニングを受けた後だった。そこで学んだニュートラルの三つの要件──背中側の空間、手の形、肚──が、ほぼそのまま並んでいた。8年前の協会誌に、同じRay McCallの言葉として記録されていたのである。
ソースポイントセラピーでも、施術者が知識を持つことと、介入しすぎないことの両立が重視される。「健全とは何か」への理解が深まるほど、セッションの精度は上がる。そのためには解剖学を含む知識が必要である。しかし、知識が増えるほど、施術者は自分の判断で介入したくなる。知識を持ちながら、それを使って身体を支配せず、プロセスへ委ねることが求められる。
持ったうえで、使わない。これは、最初から何も持たないこととは違う。
二者ではなく、三者の関係
通常、施術は施術者とクライアントの二者関係として考えられる。ところがRay McCallは、Bob Schreiとの対話から生まれた見方として、そこに三つ目の点を置いている。
三つ目の点とは、秩序と健康の源である。ソースポイントセラピーでいうブループリントに当たる。施術者はブループリントと関係を結び、同時に、クライアントがそこへつながるのを助ける。二人が直接向き合うだけの関係とは、異なることが起こる。
私が2020年に受けたModule 3のマニュアルにも、施術関係は二者ではなく三者であると明記されている。クライアント、施術者、そしてブループリントである。
心を開くことは、必ずしも相手と個人的・感情的に強くつながることを意味しない。施術者が向く先はブループリントであり、そこへ開くことで、受け手が自らその秩序とつながるのを助ける。
そのため、施術者には思いやりと距離の両立が求められる。冷たく無関心になるという意味ではない。人として温かく接しながらも、焦点をブループリントの側に置き続ける。マニュアルには、多くの施術者にとって育てる必要があるのは、思いやりよりもむしろ距離のほうだとも書かれている。
介入しないこと。それが、この体系の中心に置かれている。
私が学んだ二つの方法
ここからは、私自身がどのようにエネルギーワークを学んできたのかを紹介したい。
ソースポイントセラピー
ソースポイントセラピーは、米国のBob SchreiとDonna Thomsonによって作られたエネルギーワークである。
Bob Schreiは認定アドバンスト・ロルファーであり、バイオダイナミック・クレニオセイクラル・セラピストでもある。大学で建築、大学院で美術を学び、幾何学とヒーリングの両方に関心を持ってきた。Donna Thomsonは直観能力者であり、瞑想の教師でもある。二人とも、長年にわたって禅を実践している。
意外に思われるかもしれないが、Bob Schreiは解剖学の重要性も強調していた。そのことを、私は最初の講師である佐藤博紀さんから直接聞いている。ソースポイントセラピーは、手で身体を扱ってきた人物が作った体系なのである。
私は2015年10月から2020年10月までの5年間をかけ、延べ14日間の課程を修了した。Module 1とModule 2は大阪のTENで佐藤博紀さんから学び、Module 3は創始者のBob SchreiとDonna Thomsonから直接受けた。課程全体については、「ソースポイントセラピー──14日間・5年にわたるトレーニングの総まとめ」に記録している。
直傳靈氣
直傳靈氣は、1922年に臼井甕男によって開発された、日本発祥の手当てによる技法である。正式名称は「心身改善臼井靈氣療法」という。
靈氣は戦後の日本では事実上途絶えた一方、ハワイを経由して欧米へ広まった。1987年には、海外から逆輸入される形で日本でも再び知られるようになった。
直傳靈氣は、臼井の弟子である林忠次郎から直接教えを受けた山口千代子の系統を伝えている。「直傳」とは、林忠次郎から直接伝えられたという意味である。
私は2015年7月と12月、フランクフルト在住のロルファーである鎌田孝美さんから学んだ。その経緯や歴史については、「経緯と欧米人」「歴史的な流れ」「直傳靈氣と言霊」「ビフォー・アフター」にそれぞれ記録している。
二つの方法は何が違うのか
ソースポイントセラピーと直傳靈氣は、どちらも手を使い、身体にほとんど触れずに行うことがある。しかし、意識の向け方は異なる。
ソースポイントセラピーでは、ブループリントとつながったうえで施術を行う。手のひらは、面というより「点」として使う感覚に近い。施術者がエネルギーを送るのではなく、身体のプロセスへ委ねる感覚が強い。
直傳靈氣では、頭頂から足へエネルギーが流れ、それが手から自然に出ていくという意識を持つ。手のひらは「面」として使う。全身の構造を組み替えるというより、問題のある箇所へ働きかけるときに力を発揮する。
違いは、遠隔セッションの手続きにも現れる。どちらも、本人の許可を得ること、相手をイメージすること、名前と場所を意識する点は共通している。一方、直傳靈氣では儀式的な要素と生年月日を必要とするが、ソースポイントセラピーでは名前と場所があればよい。
エネルギーワークは一括りに語られやすいが、体系によって、何を必要とし、何を必要としないかが定められている。二つは同じものではない。しかし、どちらもロルフィングと組み合わせて使うことができる。
当時の私には見えていなかった
ここまで書いてきたことの多くは、後から分かったことである。
ロルフィングの基礎トレーニングを受けていた5か月間、私はエネルギーワークという領域があること自体を知らなかった。Ida Rolfがエネルギーの流れを重視していたことも、その側面をめぐって協会で論争が起きたことも知らなかった。
これは、単に私が見落としていたからではない。基礎教育の中で、この領域が慎重に扱われてきたことも関係している。
Jeff Maitlandは、エネルギーワークを基礎トレーニングで教えるべきではないと述べている。多くの学生を混乱させる可能性があり、扱うならアドバンスト・トレーニングの終盤がよいという考えである。これは2017年の特集号で語られた。
もっとも、私に見えていなかっただけで、この領域を実践している人はすぐ近くにいた。ミュンヘンで受けた基礎トレーニングの最終段階でアシスタント講師を務めていたAndrea Clusenは、2009年からソースポイントセラピーを実践していた。私がソースポイントセラピーに出会ったのは、そのトレーニングを終えて3か月後の大阪だった。
そして2025年、ロルファーの認定から10年を経て、エネルギーワークを中心に据えたアドバンスト・トレーニングを受けることになった。講師の一人はRay McCallだった。2007年にBob Schreiとともに、論争のきっかけとなった講座を開いた人物である。
24日間の課程については、「Advanced Rolferの認定までの歩みについて【総括】──認定までの道のり」にまとめている。
いま思うこと
ロルフィングを学ぶうえで、誰から受けるかを選ぶことは大切だと、私は繰り返し書いてきた。しかし、選ぶという行為が可能なのは、選択肢が目の前に見えている場合だけである。存在すら知らない領域は、選びようがない。
私がエネルギーワークへ入ることになったのは、二人との出会いによる。ロルフィングのトレーニング中にヨーロッパで出会った鎌田孝美さんと、認定後に日本で出会った佐藤博紀さんである。どちらか一人との出会いが欠けていたら、私はこの領域に入らなかったと思う。
選ぶことと、出会うこと。学びには、その両方が必要である。
現在、セッションの中でエネルギーワークを使うとき、私が意識しているのは、何かを起こそうとしないことである。身体には、自ら整う力がある。施術者にできるのは、その力が働き始めるための場を整えることだけである。
受ける側にも、同じことが言える。身体に症状があれば、そこが気になるのは自然なことである。しかし、症状だけへ注意を集中させると、変化が起こりうる空間が狭くなることがある。最初にソースポイントセラピーを教えてくれたヒロさんは、それを「症状に引っ張られる」と表現した。
施術者の側で同じことが起これば、場はさらに狭くなる。施術者も受け手も、症状を無視するのではなく、症状だけにすべてを占有させないことが大切なのである。
Ida Rolfは1974年の講演で、ロルファーは病を治す者ではなく、「健康を呼び起こす者」であると述べた。そして、健康を呼び起こすためには、その型が何であるかを理解する必要があると語っている。
エネルギーワークは、その「型」への理解に、別の角度から届くための道の一つだと、私は考えている。
関連する記事
このページでは、エネルギーワークとロルフィングの関係について全体像を示した。各トレーニングで何を学び、どのような変化があったのかは、以下の記事に詳しく記録している。
ソースポイントセラピー
- ソースポイントセラピー──14日間・5年にわたるトレーニングの総まとめ
- 3日目を終えて──エネルギーワークの中でトラウマをどのように扱うのか
- 4日目を迎えて──カルマとは「意志に基づく行動」のこと
- 5日目──感情面へのアプローチと遠隔を使ったセッション
