エネルギーワークを辿るシリーズ(第1回|全3回)
はじめに
私のセッションには、ロルフィングのように身体へ直接働きかける時間だけでなく、身体にほとんど触れない時間もある。手を身体の近くに置いたり、かざしたりするため、受けている方には「いま、何をしているのだろう」と思われることがあるかもしれない。
このような方法は、一般に「エネルギーワーク」と呼ばれている。私はこれまで、ソースポイントセラピーと直傳靈氣という二つの方法を学んできた。
実際に行っていることは、とてもシンプルである。ソースポイントセラピーを日本で教えている佐藤博紀さんは、その手順をこう説明している。身体の周囲にあるポイントへアクセスし、身体が最初に働きかけてほしい場所を手で探す。次に、流れが滞っている場所を見つけ、そこに働きかける。滞りが解消されたことを確認したら、次の場所を探す。
この過程を繰り返していくと、施術者が身体を無理に変えようとしなくても、身体が自ら秩序を取り戻していくことがある。私はそこに、エネルギーワークの面白さを感じている。
ただし、「エネルギー」という言葉は非常に曖昧である。オーラ、チャクラ、気、生命力など、人によって同じ言葉がまったく異なる現象を指している。スピリチュアルという言葉も同様で、何を意味するのかは必ずしも明確ではない。
そこで、エネルギーワークを辿るシリーズとして、3回に分けて考えていきたい。この第1回では、エネルギーという言葉が何を指すのか、そして施術者が実際に何をしているのかを扱う。第2回ではロルフィングの中の歴史を、第3回ではロルフィングの五つの分類の中での位置を扱う。
全体の地図は「エネルギーワークとは何か」にある。
エネルギーとは何を指すのか
「エネルギー」という言葉は、物理学では「仕事をする能力」と定義される。一方、ボディワークにおけるエネルギーは、物理学と同じ意味で使われているわけではない。身体の一部分だけでは説明できない変化や、施術者とクライアントの関係、身体を取り巻く空間まで含めた現象を指すことが多い。
そのため、「エネルギーとは何か」を先に定義しようとすると、話が抽象的になりやすい。ここでは、二人のロルファーによる整理を手がかりにしたい。いずれも、2017年6月にロルフィング協会誌(以下協会誌)がエネルギーを特集した際に示されたものである。
一人は、ロルフィングの五つの分類を整理した中心人物のJeff Maitlandである。彼は、エネルギーそのものを説明するのではなく、「私たちはそれをどのように経験するのか」という問いから考えた。そして、物理学の定義に一語を加え、エネルギーを「感じることのできる、仕事をする能力」と捉えた。
物理学者はエネルギーを計算できればよいが、施術者は、身体に起きている変化を自分の感覚を通して捉える必要がある。その違いを示した表現である。
もう一人は、Hubert Godardの理論をロルフィングの中で整理してきたKevin Frankである。彼は、「エネルギーワーク」と「ボディワーク」を分けること自体に疑問を投げかけた。身体に触れなければエネルギーワークなのか。イメージを使えばそうなのか。遠隔で行えばそうなのか。反対に、強い力を使えばボディワークなのか。どれも明確な基準にはならない。
そこでKevin Frankが提案したのが、「エネルギー」ではなく「情報」という視点である。筋膜に触れることも、身体の周囲の空間へ注意を向けることも、イメージを使うことも、身体というシステムに何らかの情報を差し出す行為として捉えられる。
その情報が受け手にとって意味を持ったかどうかは、施術者が決めることではない。呼吸、姿勢、動き、表情など、その人の振る舞いに変化が現れたときに、初めて分かるのである。
Kevin Frankの議論については、「エネルギーワークとボディワークを情報の観点で捉えてみる」と「『エネルギーワーク』と『身体意識』の関係」で詳しく紹介した。
この見方に立つと、エネルギーワークを特別な力として考える必要はなくなる。生体は、外から与えられた刺激や情報に応じて、自ら秩序を組み直すシステムである。一般システム理論は、そのように生命を捉える。2025年のアドバンスト・トレーニングで、講師のRay McCallはこれを「身体は自己調整できるシステムである」と表現した。
ソースポイントセラピーでは、身体の周囲に秩序の情報を含む場があり、身体はその場とつながっていると考える。身体を、外界と絶えず情報を交換する開かれた系として見るのである。
施術者が身体を治すのではない。身体が自ら変化できるように、そのための条件を整える。私は、エネルギーワークをそのように捉えている。
「意図(intention)」と「志向性(intentionality)」はどう違うのか
ここで注意したいのが、「情報を渡す」という表現である。この言葉だけを聞くと、施術者が能動的に何かを送り込み、相手を変化させるように思えるからだ。
2025年のアドバンスト・トレーニングで、Ray McCallは「意図(intention)」と「志向性(intentionality)」という二つの言葉を並べた。この違いについては、「意図と志向性の違い──セッションに臨む二つの『在り方』」でも詳しく書いている。
意図は、ある結果を目指して何かをすることである。身体に何が起きているのかを施術者が把握し、そこへ因果的に働きかけようとする。一方、志向性はフッサールの現象学に由来する言葉で、意識がそもそも世界へどのように向けられているかを指す。
志向性の立場では、施術者がクライアントの身体を完全に理解しているとは考えない。むしろ、その身体自身のほうが、何を必要としているのかを知っている。施術者には因果的に説明できなくても、その人に必要な変化が起こる可能性を認める。
Jeff Maitlandは、両者を対等な選択肢とは考えなかった。彼の整理では、意図は、ある結果へ向けて使う技法の一つである。志向性は、その技法よりも手前にあり、施術者が世界へどう向いているかという在り方を指す。技法や意図がうまく働くかどうかも、その土台となる志向性によって決まる。
Maitlandは、意図が技法より重要だという言い方は成り立たない、と言う。成り立つのは、志向性が意図よりも、技法よりも重要だということである。
だから、施術者にできるのは、変化を起こすことではなく、変化が起こりうる場を整えることである。Maitlandは、まず施術者自身が開かれ、変化のための繊細な場を作ることが必要だと述べている。その場が本当に開かれると、受け手は安心を感じ始め、施術者が積極的に何かをしなくても回復の過程が始まりうる。彼はこれを、あらゆるエネルギーワークに共通する最初の一歩と捉えた。
ソースポイントセラピーも意図を使う。どのレベルへ向かうかは、意図によって定められる。ただし、定めるのは向きであって、何が起こるかではない。志向性という土台を整え、その上で技法として意図を使うのである。
施術者は実際に何をしているのか
エネルギーワークというと、施術者が何か特別な力を使っているように思われやすい。しかし、ロルフィングの教員たちが語っているのは、むしろ施術者自身の状態を整えることである。
2017年の特集号でRay McCallは、Jeff Maitlandとともに米国・フェニックスで開いた、教員だけのセミナーを振り返っている。参加者全員に「自分の施術室でエネルギー的なワークをするか」と尋ねると、全員が「する」と答えた。では、そのとき何をしているのかと尋ねると、例外なく同じ答えが返ってきた。自分の在り方、存在、身体の状態を切り替えている、というのである。
Ray McCallは、その要素を具体的に挙げている。自分の背中側に意識を置くこと。手で身体を一定の形へ変えようとするのではなく、身体のほうに手を形づくらせるように触れること。局所に手を置きながらも、知覚を自分の足や股関節、さらに身体の周囲の空間まで広げること。
私がこの文章を読んだのは、2025年のアドバンスト・トレーニングを受けた後だった。そこで学んだニュートラルの三つの要件──背中側の空間、手の形、肚──が、ほぼそのまま並んでいた。8年前の協会誌に、同じRay McCallの言葉として記録されていたのである。
ソースポイントセラピーでも、施術者が知識を持つことと、介入しすぎないことの両立が重視される。「健全とは何か」への理解が深まるほど、セッションの精度は上がる。そのためには解剖学を含む知識が必要である。しかし、知識が増えるほど、施術者は自分の判断で介入したくなる。知識を持ちながら、それを使って身体を支配せず、プロセスへ委ねることが求められる(「知識よりも感覚をどう使うのか?〜ブループリントへのアクセス」参照)。
持ったうえで、使わない。これは、最初から何も持たないこととは違う。
二者ではなく、三者の関係
通常、施術は施術者とクライアントの二者関係として考えられる。ところがRay McCallは、Bob Schreiとの対話から生まれた見方として、そこに三つ目の点を置いている。
三つ目の点とは、秩序と健康の源である。ソースポイントセラピーでいうブループリントに当たる。施術者はブループリントと関係を結び、同時に、クライアントがそこへつながるのを助ける。二人が直接向き合うだけの関係とは、異なることが起こる。
私が2020年に受けたModule 3のマニュアルにも、施術関係は二者ではなく三者であると明記されている。クライアント、施術者、そしてブループリントである。
心を開くことは、必ずしも相手と個人的・感情的に強くつながることを意味しない。施術者が向く先はブループリントであり、そこへ開くことで、受け手が自らその秩序とつながるのを助ける。
そのため、施術者には思いやりと距離の両立が求められる。冷たく無関心になるという意味ではない。人として温かく接しながらも、焦点をブループリントの側に置き続ける。マニュアルには、多くの施術者にとって育てる必要があるのは、思いやりよりもむしろ距離のほうだとも書かれている。
介入しないこと。それが、ソースポイントセラピーの中心に置かれている。
次回は、ロルフィングの中で、エネルギーがどのように扱われてきたのかを辿る。
シリーズの全体は「エネルギーワークとは何か」にまとめている。
エネルギーワークを辿るシリーズ
- 第1回 エネルギーワークは、何を扱っているのか(この記事)
- 第2回 ロルフィングの中で、エネルギーはどう扱われてきたのか
- 第3回 なぜ、ロルフィングにエネルギーの視点が要るのか
