Phase II(16)〜言葉の広がりと人間の多様性

科学論文を書く際には言葉の定義から始まり、過去の業績を引用しつつ新しい発見は何か?を書く。フレームワーク(序論・方法・結果・考察)はある程度決まっているのだが、見るのは人間。ストーリーにするにはある程度心が動くようなものにまとめていく必要がある。

科学に携わっていた頃、ロジックを組み立てるのはある種の手段にすぎないと感じるようになった。発信する相手は専門家であっても人間であり、機械とは違って物事を感じる心がある。だから専門用語を使いながらも、相手の心に響くようなストーリー仕立てで論文は書かれる必要がある。いい雑誌と呼ばれるものになればなるほど、その傾向は強い。

つまり科学とは、「何に面白さを感じるのか」という、感性の側が強い世界でもある。論文には個性が出るし、読むと感情が現れていることもある。ワトソンとクリックによるDNA二重らせん構造の発見なども、感性を抜きにしてはその素晴らしさが分からない。

科学もアートも、数百年の蓄積があり、その文脈の上に新しいストーリーを作り上げるという点で似ている。物事を表現するとは、相手の心に変化を与え、新たな気づきをもたらすことだ。

元々は感性も重要であると考えていたが、今回改めて、ロルフィングのトレーニングでロジック(技術を含める)ではなく感性について色々と学んでいる印象だ。

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本ブログでは、ロルフィング用語として、ArticulationPalintonicityEmbodiment等について触れてきた。本来ならば言葉の定義から授業が始まるはずなのだが、Giovanni先生の面白いところは、あえて言葉の定義について一つ一つ説明するのではなく、生徒に考えさせることにある。

Embodimentについては「身体感覚〜Embodimentとは何か?」にて触れたが、身体の動きを通じて、言葉を五感を通じて自分自身で答えを出させるといったアプローチをとる。

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例えば、Articulationは、空間(スペース)であると定義すれば簡単だが、Embodimentのセッションで身体の使い方を学ぶと、身体内でのスペース、自分の身体の外で感じるスペース、相手とのスペース(距離感)、音の間のスペース等もスペースと捉えることができ、言葉の使い方がより広がる。

解剖学の用語も、知っていること(暗記すること)を重視するのではなく、筋肉についてEmbodimentで自分の身体で感じ、ロルフィングの施術の練習、観察を通じて動きを知る。五感を動員するため、まるで一つ一つの解剖学の用語は単なる文字ではなく生きた、奥行きのある状態で自分の頭の中に入ってくることを期待しているかのようだ。

基本的に一人一人の人間は異なった存在。人間の多様性を理解するためには、自分の中で多様性を受け入れるだけの土壌が必要である。実体験を通じて言葉を理解すると、感性も磨かれるのみならず、多様性の理解にもつながるのではないかと思う。

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このような教育をヨーロッパで受けるとは全く思わなかった。ヨーロッパの懐の深さを感じると同時に、歴史が長く、多様性のある文化がこういった土壌を育てているかのようだ。

これからも、言葉の深みを一つ一つ噛み締めながら、後半のロルフィング・トレーニングに臨んでいきたい。

2026年8月の注記

この記事で書いたのは、Giovanni先生が言葉の定義を先に与えず、身体を通じて自分で答えを出させる、という教え方についてだった。当時は、それをヨーロッパの教育の懐の深さとして受け取っていた。

11年後、この教え方には理論的な背景があったことを知る。

2025年のアドバンスト・トレーニングで扱われたJeff Maitlandの考え方に、観察力(Seeing)を鍛えるための3段階がある。第一に、志向性をシフトさせること——自分中心の意図を手放し、対象にオープンな状態に変える。第二に、視覚だけでなく触覚、聴覚、内受容感覚などを総動員して身体全体で感じ取ること。第三に、クライアントの身体が自然に見せる変化を待つこと(「ロルフィングにおける原理・原則と観察力 — Jeff Maitlandのアプローチ」参照)。

定義を先に与えないという教え方は、この第一段階にあたる。定義が先にあると、それが基準になって知性が先回りする。鈴木俊隆老師の「何かを見ると、知性が働き始める」という言葉と、同じ問題を指している(「初心者の心〜鈴木俊隆の言葉より」参照)。

もうひとつ、この記事で扱った「言葉の広がり」という主題も、その後展開することになった。

2017年から始まったRolf Movementのトレーニングでは、「どのように身体で感じることを言語化するか」が正面から扱われた。単純な はい・いいえ で答えられる質問ではなく、オープン・クエスチョンを混ぜながら身体の状態を聞く。そして、指導しながら言語を使う(Instruct)ことと、導くように言葉を使う(Educate)ことの違いを知る(「Rolf Movement – Part 1(2)〜基本的な考え方についての紹介」参照)。

このInstructとEducateの区別は、Phase IVでも出てきた。Pierpaola Volpones先生によれば、Teachとは手順を一つ一つ伝えて生徒に手技を覚えさせること、Educateとは生徒の良さを引き出す(educereは「引き出す」の意)ために、どうしたらいいかを生徒に考えさせること。Giovanni先生が定義を与えなかったのは、後者だったことになる。

科学論文について書いた「相手の心に響くようなストーリー仕立て」という認識は、施術における言葉の使い方へと接続していた。どちらも、受け取る側の中で何かが動くように言葉を置く、という点で同じ問題を扱っている。

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka