【R#348】ニュートラルとプレゼンス(第1回)〜全7回・CTIコーチングとの比較

はじめに

東京・渋谷でロルフィング・セッションと脳科学から栄養・睡眠・マインドの脳活(脳科学活用)講座を提供している大塚英文です。

人が変化していくプロセスをどう支えるか?〜ロルフィングとコーチングから考える

ロルフィングとコーチング──一見、まったく異なる実践領域のように見える。 前者は身体を扱い、後者は言葉を扱う。しかし、その本質にあるのは共通の問いだ。

“人が変化していくプロセスを、どう支えるか?”

私は、CTI(The Coaches Institute)のCo-Active Coaching(以下コーチング)を2009年に学んだ。コーチングのスキルを追究して行く中で、ロルフィングに出会った。お互いに異なるように見える2つの手法。

いずれも共通しているのは「変容」という共通テーマに向き合っている点だ。今回、ロルフィングとコーチングについて以下の7つの視点から紐解いていくことにする。

全体を通じて、「触れる」「問う」「聴く」「在る」という多面的に「変容」について考えていきたい。身体から働きかけるロルフィングと、言葉を通して深層に触れるコーチングを比較することで、人の変容とは何か、考えるきっかけになれると確信している。

第1回は、両者に共通する中核的な在り方であるニュートラル(Neutral)とプレゼンス(Presence)に焦点を当てる。

ニュートラル:DoingからBeingへ

「共に在る」ことで場が変わる

CTIにおけるニュートラルの態度:「Being With」

『Co-Active Coaching: 4th Edition』では、コーチングの基本的姿勢を以下のように述べている

“Co-Active coaching is not about fixing people. It is about being with them in their full humanity.”
― Co-Active Coaching, p. 8

コーチは「答えを与える存在」ではなく、クライアントと共にプロセスに居続ける存在である。たとえば、ある企業の管理職クライアントとのセッションでは、昇進直後の混乱の中にある彼が「本当はやりたくないプロジェクトを任されている」と打ち明けた。そのとき、コーチは安易なアドバイスではなく、「今、その話をしてくれているあなたは、どんな気持ちでそこにいるのですか?」と問いかけただけだった。沈黙のあと、彼は「自分が本当に大事にしていることに、背を向けていたかもしれません」とつぶやいた。

ここには、「治す(fix)」の発想はない。ただ、「共にある(being with)」という在り方から、クライアント自身が深い気づきを得ていく。

ロルフィングにおけるニュートラル:「治す」ことを手放す在り方

Jeff Maitland は、『Embodied Being: The Philosophy and Practice of Manual Therapy』(2017)の中で、 施術者が真に癒しの空間にいるための条件として、ニュートラルを次のように述べています:

“Neutral is a receptive, non-manipulative state of awareness that does not seek to impose, fix, or direct anything.”
― Embodied Being, p. 149

さらに彼はこう続けます:

“To be neutral is not to be passive or detached. It is a deeply engaged way of being-with.”
― Embodied Being, p. 150

セッションの現場では、ニュートラルとは「何もしない」ことではない。ある日、呼吸の浅さに悩むクライアントに胸郭のワークを行っていたときのこと。手を胸に当て、最小限の圧でただ見守っていた。すると、彼の身体は、わずかな動きとともに呼吸が変わり始めたのだ。後で「なんだか、胸の奥にスペースができた気がします」と答えている。

この変化は、「何かをしよう」とした結果ではなく、“身体が変わろうとする動き”に共鳴した結果である。ロルファーのニュートラルとは、「意図を手放すこと」ではなく、「深く関与しながら開かれて在ること」なのだ。

ニュートラル〜共通点と相違点

観点CTIロルフィング
ニュートラルの定義Fixせず“being with”非操作的な共鳴状態・深い関与
手段沈黙・問い・共感空間、姿勢、非操作的タッチ
支えるものクライアントの創造性・可能性身体の自己組織化と表現の動き

ニュートラルとは、何も「しない」ことではなく、「開かれて共に居る」積極的な在り方である。

プレゼンス:最も深い「触れ方」は、在り方そのもの

CTIにおけるプレゼンス

『Co-Active Coaching』では、プレゼンスは以下のように定義されている

“Presence is the source of intuition, creativity, and genuine connection.”
― Co-Active Coaching, p. 54

CTIでは、プレゼンスとはコーチが「今ここ」に完全に存在。クライアントの言葉の背後にある本質的な情報を感受する力とされる。

たとえば、あるクライアントが「何を話せばいいか分かりません」と言ったとき、私はただ静かにその場で見守っていた。見守った甲斐があったのか、その沈黙の中から「この沈黙の中で、私、自分の声を探していたのかもしれない」と語り出した。プレゼンスは「聴く力」であると同時に、「場を開く力」であるといえる。

ロルフィングにおけるプレゼンス

Jeff Maitland は、プレゼンスをロルファーにとっての「最深の技術」とみなしています:

“The most profound transformations happen not from what we do with our hands but from the quality of our presence.”
― Embodied Being, p. 145

プレゼンスは「技術」ではなく、「意識の質」であり、 それが空間全体に作用して、変化を促すフィールド(場)をつくると述べている。あるセッションでは、クライアントの骨盤周囲に微細な不安定さを感じたとき、操作するのではなく、「そこに居る」状態で手を触れていた。その結果、身体が自然に再編を始める瞬間が訪れた。

プレゼンス〜共通点と相違点

観点CTIロルフィング
プレゼンスの定義創造性・直感・つながりの源泉空間を変容させる「Beingの質」
発動する手段言葉・沈黙・問いタッチ・空間保持・姿勢と意識の一致
もたらすもの本質的な気づきと選択自己組織化・統合・自由な動き

プレゼンスとは「その場に何が起こるかを決める見えない力」であり、 コーチもロルファーも、「技を使う前に場を保つ」ことが変容の前提になる。

まとめ:変化を支えるのは、DoingではなくBeing

ロルフィングとコーチング(CTI)は、それぞれ異なる手段(身体 vs 言葉)を用いながら、

  • クライアントの中にある力を信頼し
  • 変化を「起こす」のではなく「起きることを支える」

という、共通の哲学を共有していると言っていいでしょう。

比較軸CTI(Co-Active Coaching)ロルフィング
ニュートラルFixしない“being with”非操作的共鳴:Right Relationship
プレゼンス気づきの源変化を起こす最深の力
主な手段対話・問い・沈黙触れ方・空間・在り方
本質“変容は共に在ることから始まる”“治すことをやめた時、変化は始まる”

次回の予告

次回は、CTIの「4つのコーナーストーン」とロルフィングの人間観を比較し、 両者が前提としている“人間の本質”について掘り下げていく。

参考文献

  • Jeff Maitland (2017). Embodied Being: The Philosophy and Practice of Manual Therapy. North Atlantic Books.
  • Henry Kimsey-House, Karen Kimsey-House, Phillip Sandahl, & Laura Whitworth (2018). Co-Active Coaching: The Proven Framework for Transformative Conversations at Work and in Life (4th ed.). Nicholas Brealey.
  • Ida Rolf (1977). Rolfing: Reestablishing the Natural Alignment and Structural Integration of the Human Body for Vitality and Well-Being. Healing Arts Press.

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka