【R#373】感じる力は“共鳴する脳”から──共感と自己感覚を育む神経回路(第5回)〜全7回・IPNBとの接点

はじめに

こんにちは。渋谷でロルフィング・セッションを提供している大塚英文です。

第5回では、「共感する力」がどのように脳の中で働き、私たちの人間関係やセラピー体験にどう影響しているのかを、神経科学と身体感覚の両面から掘り下げていく。

ロルフィングでは、「姿勢を整える」「身体を解放する」だけでなく、共感する力=“他者とつながる力”を育て直すことが重要なテーマになるからだ。

ミラーニューロンが起動する!──“他人の体験”を“自分の感覚”として受け取る

ミラーニューロン(mirror neurons)は、1990年代初頭にイタリア・パルマ大学のジャコモ・リゾラッティ(Giacomo Rizzolatti)教授らの研究チームによって発見された。

当初の研究では、マカクザル(マカク属のサル)を対象に、運動に関わる神経活動を観察していた。実験中、サルがじっとしているにもかかわらず、研究者が手を伸ばして物をつかむ様子を見ただけで、サルの脳の運動前野が活性化するという予想外の反応が記録された。

これは、「見るだけで、自分が実際に動いたかのように脳が反応する」という全く新しい現象であり、その後この特殊な神経細胞が「ミラーニューロン」と名づけられた。

ミラーニューロンとは、他者の動作を見ただけで、自分の脳内の運動領域が活性化する「感じ合い」「真似る」神経細胞として知られている。共感は、この“模倣”から“感情の共有”へと脳内で変換されていくプロセスの中にあるといえる。

参考に、ミラーニューロン回路を脳の部位から見ると、以下のような全体像が浮かび上がってくる。

ミラーニューロン回路の全体像

ステップ主な脳部位働き
① 視覚・聴覚で他者を認識後頭葉・側頭葉動作・表情・声をキャッチ
② 動作の模倣下前頭回・運動前野(ミラーニューロン中核)相手の動きを自分でも再現するように反応
③ 情動の共振扁桃体・辺縁系感情の意味づけが起こる
④ 身体化された感情島皮質(insula)「自分の内側の感覚」として感じ取る
⑤ 統合的判断中前頭前皮質(mPFC)自己調整・共感・行動選択へつなげる

共感の階層モデル――三つのエンパシーとは?

共感は単なる感情ではない。神経回路の構造と発達に基づいた「三層の共感モデル」として捉えることができる。

参考に、「三層の共感モデル」は、Tania Singer、Daniel Goleman、Daniel Siegelらの神経科学・心理学的知見を統合した概念モデルとして知られており、現在は教育・医療・対人支援分野で広く用いられている。

本モデルによると、共感には、以下のような3種類が知られている。

種類内容関連脳領域
情動的共感(Affective Empathy)他人の感情を自動的に感じるミラーニューロン・扁桃体・島皮質
認知的共感(Cognitive Empathy)相手の視点や状況を理解する中前頭前皮質(mPFC)・頭頂葉
思いやり/共感的配慮(Compassionate Empathy)相手の苦しみに行動で応答するmPFC・前帯状皮質・迷走神経系

共感とは、「感じる → 理解する → 応答する」という三段階で進化するプロセス。そしてそれぞれに、異なる脳の部位が関与している。

では、このような知識をどのように活かすのか?

共感をどう育てるか?──NLP・コーチング・IPNBの比較

セラピーやコーチングの現場では、「どうすればクライアントや相手と深くつながることができるか?」という問いが常に存在する。

その問いに対して、NLP(神経言語プログラミング)Co-ActiveコーチングIPNB(Interpersonal Neurobiology/対人神経生物学)は、それぞれ異なる視点からアプローチしている。

NLPのアプローチ:無意識レベルの共鳴

NLPは「ラポール=無意識の同調」を土台とし、身体的・言語的・感覚的な一致(ミラーリング、ペーシング、VAKに合わせる等)によって、相手との深い信頼関係を築こうとする。

これは主にミラーニューロンと視覚・聴覚チャネルの一致を通じて、情動的共感(三層モデルの第一層)を刺激するものです。

コーチングのアプローチ:関係性の中の自己と相手

コーチングは、クライアントとの共創的な関係性(Designed Alliance)の中で、感情・意図・価値を丁寧に聴き合い、互いに主体的であることを大切にする。

傾聴レベル2・3の実践や、感情の言語化・確認によって、mPFC(中前頭前皮質)の働きを活性化させ、認知的共感と共感的配慮のバランスを取る力を育てる。

IPNBのアプローチ:神経系から育む安全なつながり

IPNBでは、「共感」は単なる心理的スキルではなく、脳と身体全体の統合状態(integration)としてとらえる。
右脳―右脳の共振、内受容感覚の観察(insula)、感情と記憶の再統合などを通して、共感の三層すべてを神経レベルで育てるプロセスが重視される。

表にまとめると、以下のようになる。

三領域の比較表:共感へのアプローチ

観点NLPCo-Active コーチングIPNB(対人神経生物学)
共感の捉え方ラポール(無意識の同調)相互の存在と意図に基づく関係性エネルギーと情報の流れの統合
技法例ミラーリング、ペーシング、VAK合わせレベル2・3の傾聴、感情のリフレクション右脳-右脳共振、統合マップ、内受容の観察
神経生理的焦点ミラーニューロン、視覚/聴覚連携中前頭前皮質のアチューンメント島皮質~mPFCの全層統合
主な目的同調と信頼の構築自己の主体性と関係性の両立安全な関係性の中で神経系を再統合

どのアプローチも「感じる力=共感の回路」を活性化

それぞれの方法論はアプローチの角度は異なりますが、共通しているのは次の点だ:

  • ミラーニューロン・島皮質・中前頭前皮質(mPFC)という共感の神経回路を活性化している
  • “感じる力”を回復させ、自己と他者の境界を取り戻す支援をしている
  • ボトムアップ(身体感覚)とトップダウン(認知)をつなげる役割を担っている

脳の進化と「社会脳」の拡大──共感は人類進化のカギだった

こうして見てきたように、NLP・コーチング・IPNBといったアプローチは、異なる角度から“共感という能力”を育て直すための方法論を提供している。

けれども、この「共感する力」は、単なる技法の積み重ねによって後天的に生まれたものではない。

そもそも私たち人類が、ここまで複雑な社会を築けるようになった背景には、この“共感する力”が進化の過程で選択的に強化されてきた、という事実がある。

つまり、「共感」とは私たちの脳に組み込まれた生存戦略であり、社会的知性の核心なのだ。

では、私たちの脳はどのように進化し、どのようにして「共感のネットワーク=社会脳」を育んできたのでしょうか?
ここからは、人類の進化と脳の構造の変化、そして「つながりの限界」を示すダンバー数について見ていく。

脳の進化──霊長類の中での変化

人類の脳は進化の過程で、単なる認知処理を超えた「他者とつながる能力=社会性」を強化してきた。

時代・種名脳容積(ml)社会性の特徴
約440万年前アルディピテクス300–400小集団生活。非言語的共感が中心
約100万年前初期ホモ属約930道具、狩猟、役割分担が拡大
約40万年前ネアンデルタール人約1450文化・埋葬など複雑な共感性
現代人ホモ・サピエンス約1490創造性、物語性、道徳的共感の飛躍

ダンバー数──150人までしか「共感のネットワーク」は持てない?

一方で、進化心理学者ロビン・ダンバーは、脳の新皮質のサイズと安定的な人間関係の上限に相関があることを示し、それを「ダンバー数(Dunbar’s Number)」と呼んだ。

脳の進化段階安定的関係数(目安)コメント
猿人50人程度接触中心の共感
原人100人程度道具や火による共有行動
現生人類約150人言語と物語による「社会的共感」

SNSや企業組織で「150人」がひとつの限界として機能するのも、この共感容量の脳的限界と一致している。

ロルフィングと「感じる力」のリハビリ──共感回路の再活性

現代社会では、ストレス・マルチタスク・姿勢不良などによって、共感回路そのものが“シャットダウン”状態に陥ることがある。

ロルフィングは、身体感覚から共感回路を呼び覚ますワークとして、次のような効果をもたらす。

🌀 ロルフィングによる共感の神経的回復プロセス

身体で起こる変化関連する脳の反応効果
姿勢・重力の再構築筋膜リリース骨盤底・横隔膜・足底の感覚入力増大身体の境界を感じる力が復活
呼吸・心拍・腸のリズムが整う島皮質が活性化内受容感覚と「今ここ」の気づきが高まる
感情と感覚がつながるmPFCが統合的に働く共感疲労を防ぎつつ、自己と他者の境界が明確に

ロルフィングを通じて、「共感しすぎて疲れる」「相手の感情に飲み込まれる」といった問題が緩和され、安全な共感力が回復されていく。

おわりに──感じる力は、生きる力

他人とつながる力、でも流されない力。
それを支えているのは、「共鳴する脳」としての私たち自身の内なるネットワークだ。

ミラーニューロン、島皮質、そして中前頭前皮質。
この三者の協調は、まさに「共感」と「自己感覚」の架け橋となる。

ロルフィングのセッションは、その橋を“身体から”再構築する試みといっていい。

次回予告(第6回)

次回は「下位脳から上位脳への発達の順序」と「なぜ身体からの介入が脳に効くのか?」をテーマに、ロルフィングと発達神経科学の視点から深掘りしていきます。どうぞお楽しみに!


この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka