姿勢・動き科学シリーズ──重力と身体の関係を科学する|第5回

はじめに
「ヨガもピラティスも続けているのに、肩こりと腰痛が全然良くならない」
セッションでよく聞く言葉だ。表層の筋肉はほぐれているのに、深いところが変わらない——その理由は、アプローチが届いている「層」が違うからだ。
姿勢を支えているのは「筋力」ではなく「重力に対する身体の応答」だ。この問いに科学的な答えを与えたのが、フランス人ロルファーで神経科学者のウベア・ゴダール(Hubert Godard)が提唱した「Tonic Function(トニック・ファンクション)」という概念だ。
Tonic FunctionとPhasic Function──2種類の身体の働き
重力の環境下で、筋肉は2種類の働き方をする。
Phasic Function(フェイジック)=「一時的」に働く筋肉は、物を持ち上げる・スプリントするといった意識的な動きを担う。ブドウ糖をエネルギー源とし、α運動神経系が支配する——つまり脳が直接コントロールできる筋肉だ。表層に多く存在し、疲れやすく、ストレスや緊張でも収縮する。肩こり・腰痛の多くは、この筋肉が本来担わない「姿勢維持」という仕事を引き受けている状態だ。
Tonic Function(トニック)=「持続的」に働く筋肉は、24時間・無意識に姿勢を保ち続ける深層の筋肉だ。酸素をエネルギー源とし、γ(ガンマ)運動神経系が支配する——意識ではなく、小脳・延髄という無意識・習慣の神経系が担う。疲れにくく、重力を探知すると自動的に働く。
この自動的な働きの鍵となるのが筋紡錘(spindle)だ。深層筋には筋紡錘が豊富に存在し、筋肉の伸び縮みを感知する。身体が重力を探知すると、筋紡錘のスイッチが入り、意識しなくてもTonic Muscleが自然に働き出す。
| Phasic(一時的) | Tonic(持続的) | |
|---|---|---|
| 神経系 | α運動神経系 | γ運動神経系 |
| 制御 | 意識的・随意的 | 無意識・自動的 |
| 場所 | 表層 | 深層 |
| 疲労 | 疲れやすい | 疲れにくい |
| エネルギー源 | ブドウ糖 | 酸素 |
ヨガやピラティスで効果が出にくい場合、表層(Phasic)が緩んでいないため深層(Tonic)の筋紡錘にスイッチが入らないことが多い。まず表層を解放することが、Tonic Functionを回復させる順序だ。
→ Tonic Function①:ロルフィングの科学的理論の基礎
では、どういう運動をしたらいいのか
セッションでよく聞かれる質問がある。
「どういう運動をしたらいいのでしょうか?」
ジム、ピラティス、ヨガ。どれも身体にいいと言われる。しかし、それぞれが身体のどこに届いているかは違う。Phasic と Tonic の対比で見ると、その違いがはっきりする。
ジム運動──Phasicを鍛える
ジムで扱うのは、主に Phasic の領域だ。負荷を設定し、回数を数え、重さを増やしていく。意識的にコントロールできる筋肉を、意識的に鍛える。
ここで得られるものは大きい。
持久力は、長く走れる能力というより、戻る力だ。心肺機能が高いほど、負荷からの回復が早い。呼吸が深まり、内側に余白が生まれる。
筋力は、重いものを持てる能力というより、重力の中で自分を支える力だ。しっかり立てる身体、踏ん張れる脚、握れる手。これらは無意識のうちに「自分は支えられている」という感覚をつくる。
ただし、Phasic をいくら鍛えても、Tonic は自動的には働き出さない。むしろ、表層が過緊張のままだと、深層のスイッチは入りにくくなる。
ピラティス──中心軸と、動きの精度
ピラティスが扱うのは、Coordination(協調)の領域に近い。動きの精度を上げ、中心軸を整える。深層への意識が入りやすい設計になっている。
ただし、ここでも順序の問題が出る。表層が固まったまま「体幹を締めて」と意識すると、それは Phasic への指令になる。本来 Tonic が担う仕事を、Phasic で代替しようとしている状態だ。
ヨガ──呼吸と、知覚
ヨガは、本来は瞑想の準備のための運動の一つだ。呼吸とともに動き、思考を鎮め、内側に感受性を向けるようにアーサナ(ポーズ)が組み立てられている。
だからヨガが届くのは、筋肉だけではない。Perception(知覚)と Meaning(意味づけ)の層にも届く。空間の感じ方が変わり、「この場は安全だ」という身体の判断が変わる。
ただし、ヨガもまた、表層が緩んでいなければ深層に届かない。「ヨガを続けているのに肩こりが変わらない」のは、この順序の問題であることが多い。
安定性は、三つをつなぐハブである
持久力があっても、筋力があっても、構造が崩れていれば力は分散する。
安定性は、Tonic Function そのものだ。そして、他のすべてをつなぐハブになる。姿勢が整うと呼吸が変わり、力の伝達効率が上がる。同じトレーニングをしても、届く場所が変わる。
だから「どういう運動をしたらいいのか」への答えは、種目の選択ではない。どの層に届かせたいのか、そして今の身体がその層に届く状態にあるのか、という順序の問題になる。
表層が緩み、Tonic Function が回復してから運動に取り組むと、同じ種目でも身体の使われ方が変わる。ロルフィングが「運動の前に」と言われることがあるのは、この順序のためだ。
Tonus(筋トーン)──持続的な準備状態
Tonic Functionの生理学的基盤が「Tonus(筋トーン)」だ。
Tonusとは「Keep tone of the muscle(筋肉のトーンを保つ)」——筋肉が動く前の持続的な準備状態のことだ。α運動神経が「動け」という指令を出すのに対し、γ運動神経は「いつでも動ける状態を維持せよ」という指令を出す。
この筋トーンの質が、姿勢の質を決める。ロルフィングが目指すのは、γ運動神経系を適切に活性化し、Tonic Muscleが本来の仕事——重力への自然な応答——を取り戻すことだ。
→ Tonic Function②:Tonusと2方向性の詳細
「姿勢を良くしよう」とすると逆効果になる理由
「背筋を伸ばして」「肩を引いて」「体幹を締めて」——これらはすべてPhasic(意識的・疲れやすい)への指令だ。
本来Tonic(無意識・持続的)が担う領域を、Phasicで代替しようとしている。意識して姿勢を保つのが疲れるのは当然で、間違った筋肉に間違った仕事をさせているからだ。
「力を抜く」という言葉がある。しかしどの筋肉の力を抜けばいいかがわからなければ意味がない。答えはPhasic Muscleの過緊張を解くことだ。PhasicがTonicの仕事を代替している状態を解放し、Tonic Muscleが本来の働きを取り戻せるようにする——これが「力を抜く」の本質だ。
Tonic Functionの4つの視点
ウベア・ゴダールが示したのは、Tonic Functionは単に「筋肉の問題」ではないということだ。身体の姿勢・トーンは4つの視点から影響を受ける。
① Coordination(協調):身体の各部位がどう協調して動くかが、Tonic Functionの質を決める。動き方のクセや習慣が筋肉の緊張パターンとして刻まれていく。
② Perception(知覚):空間・重力・環境をどう知覚するかが、Tonic状態を直接変える。ペリパーソナル・スペース(自分を取り巻く個人空間)の感覚と姿勢は直結している。ロルフィングが「筋膜への直接的なアプローチ」だけでなく「空間の中で身体をどう感じるか」という知覚の変化も重視する理由がここにある。
③ Meaning(意味づけ):状況に対してどんな意味を与えるかが、身体のTonic状態に影響する。「この場は安全だ」「脅威がある」という意味づけは身体の緊張パターンを変える。身体心理学シリーズで扱ったトラウマ・愛着理論とも深く重なる視点だ。
④ Structure(構造・ロルフィングの特徴):筋膜・姿勢・重力との関係という身体の構造そのものに働きかけることで、上記3つすべてに波及する。身体の中心が整うとき、Coordination・Perception・Meaningのすべてが変わる。
| 視点 | 内容 |
|---|---|
| Coordination(協調) | 動き方のパターン・クセ |
| Perception(知覚) | 空間・重力の感じ方 |
| Meaning(意味づけ) | 状況への解釈・感情 |
| Structure(構造) | 身体の中心を整える ← ロルフィングの特徴 |
ロルフィングが「姿勢を矯正する」のではなく「身体を統合する」と言われるのは、構造への直接的なアプローチがこの4つすべてに波及するからだ。
重力とTonic Muscle──身体のバランスを保つ仕組み
ロルフ・ムーブメントのトレーナー、ゲール・ローズウッド(Gael Rosewood)のワークショップで深めた視点がある。
重力は常に身体に働いており、Tonic Muscleはこれに対して絶えず微細な調整を行い、身体が倒れないよう支え続ける。このプロセスは意識的な努力ではなく、神経系と筋肉の自動的な対話だ。
問題が起きるのは、Tonic Muscleが過緊張・低緊張・または誤った活性化パターンに陥ったときだ。慢性的な肩こり・腰痛・首の緊張の多くはTonic Muscleの機能不全として理解できる。「凝っているから揉む」のではなく、「なぜそのパターンが形成されたか」をTonic Functionの視点から問い直すことが必要だ。
→ 重力に関わるTonic Muscleが身体のバランスをどう保つのか
動きとTonic Function──ロルフ・ムーブメントの視点
Tonic Functionは「静的な姿勢」だけでなく「動きの質」にも直結している。
Tonic Functionが正常に働いていれば、身体は最小限の力で最大の効率を発揮できる。スポーツ選手の「滑らかな動き」や武道家の「脱力した力強さ」は、Phasicの筋力ではなくTonicの自然な応答から生まれる。逆にTonic Functionが乱れると、動きの中で必要以上の緊張が生じ、特定の部位に負担が集中する。
→ 身体の動きとTonic Functionをどう関連づけるか
Tonic Functionをより深く学ぶ:
- Tonic Function①:ロルフィングの科学的理論の基礎
- Tonic Function②:Tonusと2方向性
- Tonic Function③:Space(空間認識との関係)
- 重力に関わるTonic Muscleが身体のバランスをどう保つのか
- 身体の動きとTonic Functionをどう関連づけるか
姿勢・動き科学シリーズ──重力と身体の関係を科学する(全6回)
第1回:しゃがむと座るは何が違うのか──椅子文化が身体に与えた影響
→ 第1回を読む
第2回:なぜ長時間座ると身体に悪いのか──内臓脂肪・慢性炎症・ストレスの科学
→ 第2回を読む
第3回:なぜ「立つ」は疲れないのか──重力と抗重力筋の仕組み
→ 第3回を読む
第4回:なぜ「歩く」は人間の基本なのか──二足歩行・重心移動・重力の科学
→ 第4回を読む
第5回:なぜ「姿勢の良さ」は筋力ではないのか──Tonic Functionと重力の関係(この記事)
第6回:なぜ「楽な姿勢」は存在するのか──重力・筋膜・ロルフィングの視点から
→ 第6回を読む
姿勢と動きを科学的に理解することは、「認識のOS」を更新する入口の一つだ。思考・感情・身体の統合というテーマをより深く扱っているのが、Mind and Bodywork Labの「認識のOS」シリーズだ。
→ Mind and Bodywork Lab:このサイトの歩き方
体験セッションで、あなたの身体に何が起きているかを確認することから始められます。
大塚英文(Ph.D.)|認定アドバンスト・ロルファーTM/ロルフ・ムーブメント・プラクティショナー
東京大学大学院医学研究科博士課程修了。製薬業界を経て、2015年より渋谷でロルフィング®セッションを提供。「思考・感情・身体の統合」をテーマに活動。
