はじめに
こんにちは。渋谷・恵比寿でロルフィング・セッションを提供している大塚英文です。
現在、東京・市ヶ谷で開催されたアドバンスト・ロルフィング・トレーニング(Phase 2)に参加中。第二週の週末(2025年7月4日、現在)を迎えた。Phase 2では、講師のRay McCall先生と田畑浩良先生の指導のもと、Spinal Biomechanics(脊椎バイオメカニクス)の奥深さに触れる機会を得た。
ロルフィングの創始者のIda Rolfは、Spinal Biomechanicsを教えることがなかったが、アドバンスト・ロルフィングのトレーニングの根幹を担っている考え方とのことだ。なぜ、この手法の理解が重要なのか?その点を含め紹介したい。
Spinal Biomechanicsとは?
Spinal Biomechanics(脊椎バイオメカニクス)は、背骨(脊椎、胸椎、腰椎、仙骨)、頭蓋といった背骨全体の構造に手技で働きかけることで、背骨を通じて、身体全体の“動きの知性(movement intelligence)”を呼び起こす。
本アプローチは、骨を矯正したり、動かそうとしたりするのではない。
むしろ──
- 骨が自ら動きたくなる環境を整えること
- “その人のなかにある自然な変化”が起こる瞬間を待つこと
背景には、
“The position of vertebrae is the end result of a tension pattern in the fascial matrix.”
日本語訳:背骨の位置は、筋膜の中にある張力のパターンによって最終的に決まる
があるという。
骨の位置そのものが問題なのではなく、それを支える筋膜の張力のパターンこそが本質的な課題となるため、脊椎へのアプローチはセッションの初期ではなく、ある程度、筋膜の張力が整った段階でロルフィングの後半のセッションを行うことが重要となる。
この手法は、いつ使うのか?評価法(Slinky)とともに、アドバンスト・トレーニングでは取り上げており、今後大いに活用していきたい。
脊椎へのアプローチ:動きを“見て”、意識で“感じる”
トレーニングでは、脊椎の基本的な動きの簡単な説明から入った。
脊椎の動きは、側屈(lateral flexion)と回旋(rotation)が互いに影響し合いながら同時に生じることが多く、この動きのパターンは脊柱全体で均一ではない。特に、T1〜T6の上部の頸椎と、T7〜仙骨までの下部頸椎〜胸椎〜腰椎〜仙骨では、側屈と回旋の“連動方向”が異なるという特徴がある。
上部頸椎(T1〜T6)|側屈と回旋が「同側(同方向)」に起こる
上部胸椎(T1〜T6)では、側屈と回旋が同じ方向に連動する(同則)という特徴がある。たとえば、右側屈が起これば、右回旋も同時に起こりやすい。これは、肋骨の形状や椎間関節の配列、そして胸郭全体の可動性によって生まれる動きの特徴であり、視線の向きや呼吸運動と連動する胸郭の拡がりをともなう。
頸椎(T7)〜仙骨|側屈と回旋が“反対側(対側)”に起こる
一方、下部胸椎(T7〜T12)〜腰椎〜仙骨にかけては、**側屈と回旋が反対方向に連動する(対則)という特徴がある。
たとえば、右側屈すると、左回旋が自然に伴いやすい。
脊椎の可動域の制限と身体の動き
これらの原則がわかっていると、脊椎の可動域の制限があれば、側屈と回旋の動きを使って、制限を取ることができる。実際、生徒同士で、練習。単純な方法なのに、非常にパワフルに効果を発揮することを実感。
身体は、「どの方向に自然に回りたがっているか」「どこにスペースが生まれたがっているか」を、脊椎のねじれ(トルク)を通して教えてくれるようだった。
胎児の記憶と椎骨へのワーク
一方で、頭蓋から仙骨までの椎骨には、胎児期のソマイト形成記憶が刻まれている。要は、一つの背骨は上下のソマイトから発生している。そこで、アドバンストの実習では、椎骨の「上」「中」「下」にそれぞれ指を置いて、視線の上下動とともに前面を感じるワークを行った。
不思議なのは、「動かそう」としていないのに、骨が勝手に応答してくること。しかも、身体全体へインパクトがあることだ。あたかも身体が“自らの記憶”を再編しているような体験だった。
仙骨ミューテーション・カウンターニューテーション(S2のトラッキング)
仙骨(sacrum)は骨盤の中心に位置する逆三角形の骨。両側にある骨盤(腸骨)と関節(仙腸関節)をなしている。この仙腸関節において起きる、ごくわずかな動きが「ニューテーション(nutation)」「カウンターニューテーション(counter-nutation)」だ。
仙骨の第2椎体(S2)に親指を置き、ごくわずかな前後・左右の動きを調べることができる。このことをロルフィング用語で、トラッキングと呼ぶ。
この動きは、呼吸や視線の動き、さらには内的状態(感情・無意識)にもリンクしている。興味深いことに、ここでも、動きを“起こさせよう”としないこと。田畑先生が「ニュートラルなタッチ」「優しい無関心」と表現したように、ただそこに透明な意識で存在することが、変化を呼び起こす鍵となり、練習を通じて、劇的な変化を感じることができた。
ニュートラルとは「見守らず、ただ在ること」
この一連のSpinal Biomechanicsを貫くキーワードが「ニュートラル」だ。
ニュートラルとは、ただ中立的であるだけではなく、
- 変えようとしない
- 良い/悪いの判断を手放す
- “ただ在る”という状態で共にいる
という、非常に奥深いあり方だ。
興味深いのは、「見守る」という意識が強すぎても、変化は起きにくいということ。むしろ「もう何もしてない」くらいのときに、骨が微かに動き出す瞬間が訪れるのだ。
この姿勢は、クラニオセイクラル・ワークや、SourcePoint Therapy、そして禅や瞑想的な実践と深く共鳴するものでもある。
なぜIda Rolfは教えなかったのか?
Spinal Biomechanicsは、Ida Rolf博士が直接的に教えなかった技法。その理由は複合的ですが、主に以下のように考えられます。
1. 「ソフトティッシュ優先」の哲学
Idaは「構造は筋膜のテンションによって変わる」と考えていたため、骨格への直接アプローチは重視していなかった。
2. カイロやオステオとの違いを守りたかった
当時は「骨を矯正する」手法が主流であり、Idaはロルフィングを“自己変容のプロセス”として確立するために、他の手法と明確に一線を画した。
3. ウィリアム・ライヒ事件からの警戒
Idaが若い頃に関わった身体心理療法家ウィリアム・ライヒ(William Reich)は、「身体に触れることで感情が動く」ことのリスクを明らかにしながら、時代の反発により社会的に追放された。
彼のように“見えない力”を扱うリスクを、Idaは肌で感じていたのかもしれない。だからこそ、安全な土台のない状態で、骨に働きかけることを慎重に避けたとも考えられる。
まとめ
今回は、Spinal Biomechanicsについて取り上げた。
少しでもこの投稿が役立つことを願っています。