本コラムで身体地図を取り上げた際に、ボディイメージとボディスキーマという2つの地図があり、人間は意識的(ボディイメージ)または無意識的(ボディスキーマ)に地図を絶えず書き換えていることを述べた(「身体地図と幻肢」参照)。今回はボディイメージについて取り上げたい。
Phase IIIのトレーニングに入ると、言葉をどのように使ってコミュニケーションをとるのかについてフィードバックを受ける機会が増える。
それは、ボディイメージに関係する。本コラムで、クライアントのボディイメージについて触れると、クライアント自身が否定される気持ちになるということについて触れた(「Case Presentation(2)〜セッション7を終えて」参照)。では、否定されるように感じる場合があるのはなぜか。NLP(Neurolinguistic Programming)の観点から見ると、それが理解できる。
NLPのトレーナーの一人ロバート・ディルツは、グレゴリー・ベイトソンの考え方をもとに人間の意識レベルを5つの知覚の種類に分類し、ニューロ・ロジカル・レベルという一つのモデルに体系化した。
- 環境:周りの環境を意識するレベル(WHEN, WHERE)
- 行動:特定の行動を意識するレベル(WHAT)
- 能力:才能や能力を意識するレベル(HOW)
- 信念・価値観:大切にしている価値観を意識するレベル(WHY)
- 自己認識:自分の存在理由、使命を意識するレベル(WHO)
このように5つの認識レベルがある。
本コラムでボディイメージの例として、南米の女性らしくなりたくないということを取り上げた。それをニューロ・ロジカル・レベルというフレームワークに当てはめると、どれに相当するのか。環境(文化)によって考えたのか。今までの行動によってその考えに至ったのか。能力によって考えたのか。信念・価値観に基づいているのか。それとも自分の使命として考えているのか。
タロットカードを例に、どのようにしてこのモデルを見るかについては以前触れた(「タロットカードのリーディングとニューロ・ロジカル・レベル」参照)。タロットカードを広げる際に、私は無意識に相手の5つのレベルのどこに該当するのかを聞くようにしている。
特に5の自己認識については、知りたい。なぜならば、5の自己認識に基づいて、その下にある4の信念・価値観、3の能力、2の行動、1の環境に影響を及ぼすからだ。そして自己認識が否定されると、自分の根幹が否定されると感じるのだ。
私は以前、タロットカードを例にどのようにしてこのモデルを見るかについては以前触れた(「「悪い行為」と「悪い人」の区別」参照)。タロットカードを広げる際に、私は無意識に相手の5つのレベルのどこに該当するのか?を聞くようにしている。
ボディイメージというのは自分の身体に対してどのように考えているのかに密接に関わっている。そして、それがいざ自己認識に結びつくと、自分が否定されていると感じるのだ。
これからもボディイメージを捉える際には、相手が上記の5つの視点の中で何を重視しているのかという観点で言葉を選びながら、ロルフィングで重要なボディスキーマに対処していければと思っている。
2026年8月の注記
この記事の主題は、タイトルのとおり言葉の選び方である。相手が5つのレベルのどこを重んじているかを見て、そこに向けて言葉を選ぶ。ボディイメージに触れる場面で相手が否定されたと感じるのは、届いた先が自己認識の層だったからだ、という見立てになっている。
四年半後、Rolf Movement Training の最後の課程で、同じことが教える側の主題として渡された。誰に向けて教えるのか、そのときにどの言葉を選ぶのか。一人一人が自分の文化を背景とした言葉の使い方を持っているので、教えるプロセスそのものを通して学んでほしい、と。
渡したのは Rita Geirola だった。2014年8月、基礎トレーニングのPhase Iで Movement を担当していた教師である。そして2019年12月、Rolf Movement の認定を与えたのも彼女だった。入口にいて、出口にもいた。
2015年3月に自分で立てた問いが、そのまま出口の教室の主眼になっていたことになる。しかも、クライアントへ向ける言葉として立てた問いが、教える相手へ向ける言葉として返ってきた。向きが一段変わっている。
もう一つ、この記事には粗さがある。ボディイメージとボディスキーマを、意識的か無意識的かで分けている。当時の理解としては間違っていない。ただ、二つの語の来歴はそこにはない。
body schema は Head と Holmes が1911年に、body image は Schilder が1935年に出したもので、別々の学統に属する。前者は神経学、後者は精神医学である。二十四年の隔たりがあり、互いを踏まえて作られた対ではない。後の時代に、似た事柄を指しているという理由で対にされた。一方は生理学的な構築、もう一方は現象学的な構築、という形で。
意識的か無意識的かという分け方は、その対にされた後の姿だけを見ている。二つの語がなぜ別々に必要だったのかは、そこからは見えない。
そして、この整理は基礎トレーニングの最初の課程で配られた資料に書かれていた。姿勢の制御をめぐる研究の年表で、Sherrington から Magnus、Rademaker、Bernstein を経て Penfield に至る並びが記されている。gamma innervation と muscle spindles が明記され、Penfield のところに最初の身体地図が置かれていた。身体地図という語は、この年表の中では脳の皮質の地図として現れる。後に Tonic Function を理解するうえで中心になる概念が、入口の課程で既に一枚の紙の上に並んでいたことになる。
同じときに、身体図式と身体像を扱った論文も配られた。読まなかった。だからNLPの枠組みを持ってきて、自分なりに分けたことになる。二つの語をきちんと扱う記事は、このシリーズを終えたあとに、別に一本書く。



