トレーニングが終わってから、1日が過ぎた。書ききれなかったことを中心に書きたいと思う。

2015年3月18日(水)、Phase IIIの最後のOPENの日(クライアント・セッションがない日)を迎え、質疑応答に時間が費やされた。本コラムでは、先生方が認定ロルファーになった頃、どのようなことを経験し現在に至ったのかについてシェアしていただいた内容を取り上げた(「今までどのように自分自身の身体と向き合ってきたのかがセッションに出る」参照)。
質疑応答の中で、子供に施術する際に注意すべき点などについても触れたので、今回はそれを中心に取り上げたい。

Jörg先生とAndrea先生の両先生に
‘How about kids?’(子供はどう?)
と聞いた際に、
beautiful to work with…(やりがいがあるよ)
という意外な答えが返ってきた。
もちろん、子供というのは身体が小さいため、レスポンスが非常に早い。そのため、身体に取り込める情報も限られることを念頭に考える必要がある。両先生が言っていたのは、時間的には10分で充分ということ。だいたい、子供は落ち着かず、テーブルに横になってもその時間になると起き上がってしまうからだ。
そして、もし戻ってきたいと思うならば、母親に、あの変わったおじさんのセッションをまた受けたい、という形で伝えるそうだ。
大切なのは、しっかりと聞き取り(インタビュー)を行うこと。しかも、親に対してではなく子供に直接。子供に対して、どのように感じているのかという形で聞いた方がいい。というのも、子供に問題がなく、親に問題がある可能性もあるからだ。
Andrea先生は、ある事例を紹介してくれた。ある日、子供が親を伴って遠いところから来たにもかかわらず、先生のOfficeに到着した時、セッションを受けたくないと親と話し合いになったそうだ。そういった場合にはもちろん、セッションをしないほうがいい。
もし10回セッションをするのであるならば、思春期を過ぎ、身体に変化が訪れた後の16歳から18歳以降にするといいとのこと。
子供に向き合うのに大切なのは、強制しないこと。ロルフィングのセッションをする場合には下着かそれに近いような状態でセッションを行うが、子供の場合にはその部分にも気を使うことが大事だそうだ。
この日、他にも音楽家やスポーツをしている人に対するロルフィングのセッションについても質問があった。セッションの最初と最後にスポーツや楽器の動作を実際に行ってもらい、どのように変化するのかを見てもらう、あるいは関連づけることで実感してもらうというのがいい。
このように、ロルフィングのセッションは工夫の余地があるところが興味深いところだと思う。
2026年8月の注記
質疑応答のこの日、音楽家やスポーツをしている人へのセッションについて出た答えは、セッションの最初と最後に、実際にその動作をやってもらう、というものだった。楽器を弾く、競技の動きをする。その前後で何が変わったかを本人に見てもらう。
これは、ムーブメントをセッションにどう取り入れるかという、この期間ずっと抱えていた行き詰まりへの答えになっている。何か特別な動きを用意して差し出すのではない。その人が普段からやっている動作を、そのまま使えばよかった。ムーブメントの回で、いざ取り入れようとすると何をしていいか分からなくなりクライアントとのコンタクトを失う、と書いた。持ち込むものを探していたからだった。
同じ形が、教える側にもある。Phase III と並行して Phase II を教えていた Harvey Burns は、プロの打楽器奏者だった。最初のロルフィング・セッションを受けたのは、ドラムセットを演奏している最中のことである。セッションの外で行われたのではなく、演奏そのものが場になっていた。同じ建物で並行して教えていた人の入口が、この日教室で語られた方法と同じ形をしていたことになる。
そして、この考え方は二年後から始まる課程の中核でもある。Rolf Movement は、ヨガ、ピラティス、ダンス、スポーツ、武術といったあらゆる動きの技法と併せて使える教育的なアプローチとして説明される。クライアントが自分の感覚的な知覚とつながるのを導き、新しい協調を日常へ統合できるよう支える。日常のほうへ持ち帰るのが前提になっている。2015年3月の質疑応答で渡されたのは、その最も簡素な形だった。
もう一つ、シリーズの終わり方について書いておきたい。
Phase III の記録は三十本あり、その最後がこの記事である。認定を書いたのが前の一本で、そこで区切りがついた。それでも残ったものがあり、それが、子供には10分で充分だとか、聞き取りは親ではなく子供に直接するとか、着衣にどう気を使うかといった細目だった。
まとめの後に細部が来ている。順序としては逆に見える。ただ、この課程で渡されたものが、初めから体系ではなく個別の判断の集積だったことを思えば、これで正しいのだと思う。最後に手元に残ったのは、そういう形をしたものだった。


