【R#367】ロルフィングは“安心の地図”を描きなおす──ポリヴェーガル理論から見るつながりの回復(第4回)〜全5回・愛着理論との接点

はじめに

こんにちは。渋谷でロルフィング・セッションを提供している大塚英文です。

この連載では、「愛着と身体のつながり」をテーマに、ロルフィングの可能性を神経系や感覚、関係性の視点から掘り下げている。

第4回は、ポリヴェーガル理論(Polyvagal Theory)を中心に、安心という感覚がどのように神経生理学的に生まれ、ロルフィングを通じてどのように再構築されていくのかを探る。

ポリヴェーガル理論とは何か?

ポリヴェーガル理論は、神経科学者スティーブン・ポージェス(Stephen Porges)によって提唱された、自律神経系に関する理論。従来の「交感神経 vs 副交感神経」という2軸の理解を超えて、副交感神経の中に2つの迷走神経系が存在することを明らかにした。

ポリヴェーガル理論では、自律神経系の応答を以下の3つの階層的な防御・社会関与システムとして捉えている:

  • ❄️ 背側迷走神経系(Dorsal Vagal Complex):進化的に最も古く、極度の恐怖において「フリーズ(凍りつき)」「シャットダウン」「解離」として現れる。生命の維持を最優先する状態。
  • 🔥 交感神経系(Sympathetic Nervous System):危機や脅威に直面した際、「戦う(fight)/逃げる(flight)」という行動反応を準備する。心拍数上昇、筋肉緊張、注意力の集中などが特徴。
  • 🌿 腹側迷走神経系(Ventral Vagal Complex):哺乳類特有の“つながり”を促す神経系。表情・声の調整・共感・遊び・安心など、人間関係を築く基盤となる。

この3つの神経系は、「生存戦略の階層」として、より原始的なものから進化的に新しいものへと重層的に働いている。

安全な状況では腹側迷走神経が優位になり、共感的な対話や身体のリラックスが可能になります。 脅威にさらされると交感神経が作動し、闘争または逃走の準備が始まります。 それでも危険を回避できない場合、背側迷走神経が優位となり、フリーズや感覚遮断の反応が起こります。

ポージェスはこのように述べています:

“Safety is not the absence of threat. It is the presence of connection.”
― Stephen W. Porges, The Pocket Guide to the Polyvagal Theory
「安全とは、脅威がないことではなく、つながりが“ある”ことを意味する。」

この“つながり”とは、単なる心理的感覚ではなく、神経系が無意識にスキャンし判断しているもの(neuroception)だ。

中でも「腹側迷走神経のブレーキを少しずつ緩める」が重要だ。なぜ、重要かというと、社会的関与システムが関わっているからだ。

社会的関与システム(Social Engagement System)とは?

社会的関与システムとは、私たちの安心とつながりの基盤となるシステムだ。これは「腹側迷走神経」を中心に、顔や喉、耳、目、そして胸郭の動きに関わる複数の脳神経(V, VII, IX, X, XI)が連動し、人と安全に関わる能力を支える神経ネットワークである。

社会関与システムに関わる脳神経は、以下の5つ。

  • V(三叉神経):顔の筋肉、咀嚼、眼や口の開閉
  • VII(顔面神経):表情と感情の伝達
  • IX(舌咽神経):声のトーン、イントネーション、発話
  • X(迷走神経):内臓、呼吸、聴覚、心拍調整
  • XI(副神経):頭の回旋、姿勢安定

これらの神経に関わる構造──顎、喉、胸郭、舌骨、横隔膜、首──をロルフィングで調整することにより、構造と神経の“つながり直し”を支援することができる。

「腹側迷走神経」がうまく機能しているとき、人は相手の声や表情を受け取り、柔らかな目線や声で応答できる。つまり、共感や安心が自然に生まれ、「他者とともにある」ことが可能になる。

一方、トラウマや慢性的なストレスにより、この神経系の働きが低下すると、身体は無意識に「他者=脅威」とみなすようになり、「交感神経」あるいは「背側迷走神経」の防御反応が優位になる。その結果、声が出にくい、視線を合わせられない、身体がこわばる、関係性を避けたくなるといった状態が生まれる。

愛着スタイルと神経系の関係

ポリヴェーガル理論と愛着理論の接点として、「社会的関与システムの発達と機能」は極めて重要である。

愛着理論では、乳幼児期の養育者との関係性により、以下の4つの愛着スタイルが形成されるとされる:

  1. 安定型(Secure Attachment)
  2. 回避型(Avoidant Attachment)
  3. 不安型(Ambivalent/Anxious Attachment)
  4. 混乱型(Disorganized Attachment)

これらは単に心理的傾向ではなく、神経系の応答パターンそのものである。

  • 安定型:腹側迷走神経系が十分に発達・活性化しやすく、他者と自然に共感し、安心して関われる。
  • 回避型:親の一貫性のない応答や無関心な関わりにより、共感や情緒的つながりよりも自己防衛が優先され、交感神経優位のまま人との距離をとる。
  • 不安型:愛情と拒絶が交錯する環境で育つことで、相手への過度な依存と不安が混在し、交感神経が過敏になりやすく、“つながり”を求めつつも不安定になる。
  • 混乱型:トラウマ的養育環境において、養育者自体が恐怖の源である場合、背側迷走神経が優位となり、解離やフリーズが起こりやすい。人との関係が恐怖や混乱と結びつく。

このように、愛着スタイルはポリヴェーガル理論における神経応答のパターンとして理解できる。ロルフィングは、これらの反応パターンに対して“身体を通じて安全を再学習する”ための支援を行う。

「腹側迷走神経のブレーキを緩める」には?ーフリーズへの対応として

ロルフィングは、呼吸、姿勢、表情、声、視線といった身体の要素に働きかけながら、腹側迷走神経の再起動を助ける。次のような9つのステップは、神経系を“つながりの回路”へと導く具体的なプロセスである:

9つのステップ

  1. Create/Negotiate Safety:安心・安全の場を整える
  2. Ground:グラウンディングの環境を作る
  3. Orient:周囲へ注意を向ける(視覚・聴覚・首の回旋)
  4. Eye Contact:可能であればアイコンタクト
  5. Co-regulate:共調整(声・視線で共鳴する)
  6. Regulating touch:触れる/触れさせる
  7. Make sounds:ハミング・歌・「ヴー」と発声
  8. Check-in:状態を確認し続ける
  9. Mobility:動きを少しずつ導入する

これらを段階的に応用することで、神経系は“安心してつながれる身体”へと戻ることが可能となる。

セッション例:声の仕事に携わるクライアント

あるクライアントは、「声がうまく出せない」という悩みを抱えて来室した。

セッションでは、身体全体のつながりとグラウンディングを感じてもらいながら、 腹側迷走神経に関与するエリア(目の動き、胸郭、横隔膜、首)に焦点を当てた。

顎と舌骨、胸郭周辺の構造的な調整を行い、呼吸の動きと声の通りを促進。 最終的に、

「声が安定して出るようになり、グラウンディングできている感覚がある」

とクライアントは語った。

このように、身体と神経系が同時に変化する体験が、深いレベルでの「つながりの回復」につながるのだ。

まとめ:ロルフィングは“安心の場”をつくる

ロルフィングは構造を整えるボディワークでありながら、 ポリヴェーガル理論の観点から見れば、腹側迷走神経が働きやすい「安全な身体空間」をつくる実践でもある。

安心は、脅威の不在ではなく、“つながりの存在”として身体に再構築されていく。

そのプロセスを支えるのが、触れること・呼吸・姿勢・共に在ること。 ロルフィングは、まさにそのような「社会的なつながりの神経生理」を再統合する実践なのだ。

次回予告

【第5回】「ロルフィングと“つながり直す力”:愛着から統合へ」

シリーズ最終回では、ここまで扱ってきたフェルトセンス、トラウマ、DARE、ポリヴェーガル理論を踏まえ、 「ロルフィングがいかに“統合”を支えるのか」についてまとめていく。

どうぞお楽しみに。

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka