2017年9月5日。ミュンヘンからデュッセルドルフ国際空港経由で、成田国際空港に無事到着した。8月30日の飛行機でミュンヘンに向かったので、1週間の短期滞在となった。

時差ぼけをそれほど気にすることなく、8月31日から9月3日まで、午前9時から午後6時(最終日は午後5時)のワークショップに集中して取り組むことができた。内容は盛りだくさんで、自分のセッションに活かせるものばかり。明日9月6日からのセッションが本当に楽しみになった。

参加者の構成については前回書いた(「Rolf Movement Instructorの3人の印象とクラスの雰囲気」参照)。男性5人、女性12人の合計17人。国籍はベルギー1人、ドイツ7人、スイス2人、ポーランド1人、チェコ1人、フランス1人、オランダ1人、ロシア1人、スウェーデン1人、日本1人。Rolf Movement Instructorの3人はイタリア人、アシスタントの1人はフランス人である。多国籍の文化を知るいい機会だった。
米国でのトレーニングとの違いは、英語を母語としない人がほぼ全員だったということだ。Rolf Movement InstructorのGiovanni Felicioni先生(以下Giovanni)のみが英語を母語としている。

そのため、Pierpaola Volpones先生(以下Paola)は、クラスが始まった8月31日に参加者全員で円卓を囲み、一人一人に発言する機会を与えてくれた。
参加者のロシア人が一番最初に発言した。英語の単語を必死に頭の中から拾うように、ゆっくりと話していたが、Paolaを含め周囲の人たちは、必死に理解しようと盛り立てていた。
また2日目以降は、4人から6人のグループに分かれ、前日に学んだことを語る時間が30分程度設けられた。このディスカッションではドイツ人と組むことが多かったのだが、一人が一方的に話すのではなく、それぞれが自然と意見を話せるような雰囲気があった。同じワークショップを受けているのに、違ったところに目がいく。そのことを尊重しているところが良かったと感じた。

ロルフィングの基礎トレーニングのPhase IIでGiovanniから教わったとき、最初の2週間は生徒の理解度を知るために、各セッションでどのようなところを見ていたのかというレポートの提出が求められた。改めて、一人一人の理解度が違うということを実感したのと同時に、その理解度が良い悪いで評価されていないところがいいと思う。
生徒同士での交換セッションの際も、背景となる国の違いはあるにせよ、ロルファーとしてどのようなアプローチを取っているのか、一人一人の違いを感じることができた。
例えばロシア人と組んだとき、単語は断片的だったが、身体感覚は万国共通だった。何を意図としているのかが、言葉を使わなくても伝わるということが分かった。他にも、Phase IからIIIまで一緒だった2人のロルファーがどうセッションに臨んでいるのか、身体へのアプローチの繊細さを含めて見ることができ、刺激を受けた。

ただし、ワークショップの内容も盛りだくさんである。今回扱ったのはセッション4から7までの深層セッション。毎日2つセッションを受けるという感覚は、身体に対する負担が大きい。途中の休憩では横になって寝る人も多く、トレーニングが濃密だったことを印象づけた。
次回のトレーニングは6週間後の2017年10月19日から22日。同じメンバーと再会するので、本当に楽しみにしていたい。
2026年8月の注記
この回に書かれているのは、言葉が通じにくい場で何が起きるか、である。
参加者17人のうち、英語を母語とする人は一人もいなかった。教師4人のうち英語を母語とするのはGiovanni先生だけである。イタリア人3人とフランス人1人。生徒は9か国から集まっていた。
初日、Paola先生は全員で円卓を囲み、一人ずつに発言の機会を作った。最初に話したのはロシアからの参加者だった。英語の単語を頭の中から拾うようにゆっくりと話し、周囲はそれを理解しようと盛り立てていた。
2日目からは、4人から6人のグループで、前日に学んだことを語る時間が30分置かれた。一人が一方的に話すことにならないような場になっていた。
これは自然に起きたことではないと思う。設計されている。
言葉に不自由がある場では、話せる人だけが話す状態になりやすい。円卓で全員に順番が回るようにするのも、少人数のグループに分けるのも、それを避けるための仕組みである。
同じことを、基礎トレーニングでも受け取っていた。Phase Iでは、一人一人が平等に話せるように教師が細心の注意を払っていた。Phase IIIのJörg先生は、日本人を教えるのは経験が少ないので何かあれば必ず言ってほしい、と最初に伝えてくれた。
そしてこの回には、もう一つ書いてある。Phase IIでGiovanni先生に提出したレポートについて、一人一人の理解度が違うことを実感したが、それが良い悪いで評価されていないところがいい、と。
理解度に序列をつけない。分かっている人と分かっていない人に分けない。
11年経って思うのは、この2つが同じ仕組みだということである。全員に発言の順番を回すことと、理解度を評価しないことは、どちらも同じ場所を守っている。分からないと言える状態を守っている。
分からないまま進むと、形だけを覚える。形だけ覚えた手技は、現場で使えない。
もう一つ、この回に印象的な記述がある。
ロシアからの参加者と交換セッションを組んだとき、単語は断片的だったが、身体感覚は万国共通だった。何を意図しているのかが、言葉を使わなくても伝わった。
言葉が通じない相手と、手を通じて通じ合う。
Rolf Movementは言葉を扱う課程である。手ではなく言葉でクライアントを導く。その課程の中で、言葉が通じない相手とは手で通じた、という経験をしている。
この2つは矛盾しない。言葉は身体への入口の一つであって、唯一の入口ではない。
いま、コーチングの場で最初の道具にしているのは沈黙である。言葉を渡さずに待つ。あれは、言葉が届かない場所があることを知っているからできることだと思う。
その最初の実感が、ミュンヘンの教室にあった。
