2015年4月26日(日)、友人2人と一緒にDialog in the Dark(ダイアログ・イン・ザ・ダーク、以下DID)のイベントに参加することができた。
2014年2月6日に一度だけDIDのイベントに参加したことがある。過去にご夫婦で世界一周している横畠文美さんの主催する財団法人Hearth、平了さんが率いる青空応援団とDIDのコラボイベント「Hearth×青空応援団×ダイアログ」を通じての出会いだった。矢野ディビッドさんのよるライブパフォーマンスや青空応援団の応援も興味深かったが、15分と短時間であったが、その時に体験した暗闇体験は強烈な印象として残っている。その印象については、【RolfingコラムVol.17】にも書いたが、改めてここでも触れたい。
15分間に、7人の体験者が視覚障害者のアテンドさんの案内とともに暗闇へ向かう。最初は明るい部屋から、次に薄暗い部屋へ、徐々に暗さに慣れていきながら、3番目の部屋は非常灯の全くない暗闇の世界。
真っ暗闇で、目の使えない状況下で、まず襲ったのは恐怖感だった。その後、サッカーボールを回す、デコボコした足場を手をつなぎながら歩いていくという、ごく単純な体験だったのだが、目が見えていない状態で、どのように五感を使うのか?という模索が始まる。相手との距離感、声を出し合いながら助け合っていった。手をつながりながら、団体で移動しつつ、聴覚や距離感の取り方を含めたコミュニケーションを使ったと思う。視覚に頼る、電子メールのやりとりや察することのできない状況でどのように意思疎通をとることができるのか?考えさせられた。興味深かったのは、暗闇から出た後、7人が非常に仲良くなったこと。それは、暗闇を通じて助け合うということの大切さを実感できたからだ。そして、当然視覚障害者へのリスペクトも生まれた。
茂木健一郎とDIDとの共著「まっくらの中での対話」
には以下のようなことが書いてあって、私の体験をうまく語っていると感じた。
「カウンセリングにこられる方の多くは、自分が今までもっていたものを手放さざるをえなくなってしまった人です。失恋してしまったり、病気になってしまっ たり、リストラされてしまったり、配偶者をなくしてしまったり。喪失したものはさまざまですが、その失ったものを忘れることができずに多くの人がとても苦しんでいるんです。
そして、その「喪失」という意味において、「ダイアログ」の体験って「喪失」そのものなんですよ。真っ暗な中に入って、今まで見えていた世界が一切みえなくなってしまうわけですから、視覚の「喪失」です。
ほとんどのお客さんは、初めて「ダイアログ」に入るとき、最初だけですが、本当の暗闇に恐怖を覚えるのです。でも、十分も経つ頃には、ほとんどのお客さ んが「もういいや、見えなくても」と、見ようとする努力をあきらめるのです。一種、開き直るようなものですが、そうすることで今まで半ば閉じられていた聴覚や嗅覚などがだんだんと冴えわたるのです。
今自分が置かれている状況を受け入れたときから、人は新たに歩みだすことができます。」
その時に伺うことのできた、DIDの代表を務める金井真介氏(現志村真介氏)の言葉の一つ一つが心のこもったものであり、ぜひ時間が取れたらもう一度、今度はフルバージョンを体感してみたいという思いがあった。そこで世界一周を終えた2015年4月26日に知人を誘い、再びDIDヘと向かった。
運が良かったこととして、「暗闇から世界が変わる ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパンの挑戦」という本が講談社現代新書から発売されていたことだ。金井さんの本が出た場合には必ず購入すると決めていたので、当時kindle版が出ていなかったため、帰国直後(2015年4月15日)に入手。すぐに読み終えることができた。
20年かけて、DIDをどのようにして軌道に乗せて行ったのか?常設化に向かった際の苦労。値段設定等。事業を立ち上げる際の苦労を含め正直に書いているところがいい。
視覚がなくなった状態で人間はどのように変化していくのか?DIDの暗闇に入り視覚が使えなくなることで、他の感覚を使うことでどういった変化が訪れるのか?障害を障害としてみるのか?個性としてみるのか?暗闇を通じて学ぶことの可能性も語られており、その人の人柄が出ていて面白かった。
今回は、午前11時50分〜午後1時までのほぼ70分。私を含め5名が、視覚障害者のアテンドさんとともに徐々に暗さに慣れながら暗闇に入っていった。木の匂いの漂う部屋、畳や芝生に触れながら、最後はカフェへ。紅茶とお菓子を暗闇でいただきながら、5人との対話が深まったと思う。
不思議に思うのは、前回ほどのインパクトもなかったし、恐怖感もなかった。それは、なぜなんだろうか?と少し考えてみた。
今回の世界一周の旅は25カ国、55都市に及ぶ。英語を母国語とする4カ国(アメリカ、イギリス、マレーシア、フィリピン)、6都市を除くと21カ国、49都市は英語以外を母国語とすることになる。そこでは大半の標識は、英語・日本語の表記がないため、視覚に頼ることができなかった。そのため、英語を使った聴覚によるコミュニケーションをヨーロッパで、英語が通じない南米では、ボディランゲージが大切となった。また、ロルフィングのトレーニングを通じて人との間にスペース(間)をとることの大切さを学ぶことを通じて、コミュニケーションの取り方をどう柔軟に行うのか?考えるきっかけを与えてくれた(【RolfingコラムVol.83】参照)。
そういった体験があったからこそ、暗闇に入っても視覚に頼らず、五感を通じたコミュニケーションが取れたのだと思う。そう考えると旅をするというのは、単なる視覚を通じた体験ではなく、五感をフル動員した経験といえる。
これからいろいろな場所に行く機会はあると思うが、視覚のみならず他の五感を通じた体験も大事にしていきたい。