はじめに
ロルフィングを含め、ボディワークを使って身体を整えていくと、徐々に世界に対する見る目が変化する。
要は、他人軸で物事を見ていたのが、自分軸で物事を見れるようになる。
なぜ、このようなことが起きるのか?今回はこの点についてご紹介できればと思う。
この記事は2024年1月に書いたものに、同じ月に書いた別の記事の内容を加えて、一本にまとめ直したものである。自分軸がなぜ必要なのか、世の中が概念と思い込みでできているとはどういうことか、そして筋膜が動き出すと何が起きるのかについて、後半に書き足した。
知識で物事を見ること〜初心者と経験者
そもそも、物事を見ること、観察するということ、って我々はどのように学ぶのか?観察力を教える学校があれば、ぜひ私も入学したいと思うのだが、
「あるがままに物事を見る訓練」
って学校で取り上げることはない。
どちらかというと、知識を覚えて、そのレンズで物事を見る教育を受けている人の方が多いのではないかと思う。
鈴木俊隆さんの「禅マインド ビギナーズ・マインド(サンガ新書)」には、以下の文言がある。
In the beginner’s mind there are many possibilities, in the expert’s mind there are few.
初心者の心には多くの可能性があるが、専門家の心には可能性がほとんどない。
As soon as you see something, you already start to intellectualize it. As soon as you intellectualize something, it is no longer what you saw
何かを見ると、知性が働き始める。知性で考えると、見るものと違うものになる。
西洋の考え方vs東洋の考え方〜知識で見るか?直接見るか?
全世界的に言えることだが、小学校と中学校では、科学的なものの見方を学び、そのレンズで世界を見ることを身につける。対照的に、東洋では、瞑想、公案、身体の動き(ヨガ、呼吸法)を使って、直接、正解を見ることを大事にする。
要は、
「東洋は直接モノを見ることを大事にする」
のに対し、
「西洋は知識でモノを見ることを大事にする」
と考えていいかもしれない。
裏を返すと、科学的な知識を使うと、世界を支配できるので、それをコントロールしていこうという生き方に繋がるし、東洋では、逆に、あるがまま、自然と一体になって、共生する生き方につながっていく。
西洋の考え方の東洋化と現象論
実は・・・、20世紀に入り、西洋のモノの見方が東洋のモノの見方に近づいている。
ロルフィングの基礎トレーニングにも登場するのだが、現象学(フッサール、メルロ=ポンティ、ハイデッカー)の創始者たちは、東洋思想に近い「自然的な思考」=「生きている自然」をベースとした哲学を展開するようになるのだ。
彼らの共通点は、
モノを見るときに、
「「知性」で見ること」
ではなく、
「「直接体験したこと」を見ること」
を使って世界観を考えることだった。
「身体図式」とパソコンのOS
人間というものは、主観や客観で分けられない「身体図式」(ボディスキーマ、スキーマとはフレームワークや図式のこと)という世界を見る目を持つため、一人一人、個性を持つことができる。
「身体図式」って言われても、よくわからないよ!となると思うので、少し説明したい。
身体は、「視覚情報」「筋骨格系」「触覚情報」から絶えず情報収集を行なっているが、その情報を「脳」に伝えることで、
「世の中に対する見方」=「パソコンのOS」
の情報が更新される。
「世の中に対する見方」にあたるものを、現象学では「身体図式」(別の言葉で言えば「身体地図」)と呼ぶ。この語はもともと神経学から出ている。メルロ・ポンティは、既にあった概念を現象学の側へ引き取った。
例えば、「皮膚」「関節」「筋肉」「内臓」からの感覚の流れによって絶えず最新情報を入手。脳に情報を送ることで、パソコンのOSのように、日々、情報が更新されている。その上「身体図式」は、身体からの感覚を無意識(自動的)に処理されているのだ。
興味深いことに「身体図式」は、育った環境(学校教育、職場環境、顧客)、文化(国)、精神的なトラウマ体験による影響を受ける。
身体へのアプローチは「身体図式」を変えること
ロルフィングを使って、身体の「筋膜」にアプローチすることは、「皮膚」「関節」「筋肉」「内臓」からの感覚の流れを変化させる。結果的に、パソコンのOSの働きに変化。身体図式が無意識的に処理される。
今まで、知識で物事を見ていたのが、知識という、外から(教育によって、もしくは世間から)与えられた判断軸=他人軸を手放すことが可能になる。結果的に、自分で物事を判断できる判断軸=自分軸で判断できるようになるのだ。
だからこそ、世の中に対して新しい見方ができ、物事を決断しやすくなる、直感を使えるようになる、身体感覚を養うのにつながっていくと思う。
「自分軸」はなぜ必要か?〜筋トレの一つ
人というのは承認を受けたいという気持ちを持つ。これは、食欲、性欲、睡眠欲と同じような欲求。欲求の一つとして考えられるので、「承認欲求」は自分の中に無意識(自然発生)的に生まれてくるのだ。
自分の中で「承認欲求」が自然と生まれてくるという意識が大切。「承認欲求」を持っている自分を認めた上で、自分で判断する=自分軸を持つことが重要なのだ。さもなければ、他人からの承認を得る=「他人軸」の基準で物事を判断してしまうのだ。
この意識の積み重ねが、
「自分で判断する基準を作り、人に左右されない形で決断できるようになる」
につながっていく。
いわば、筋肉トレーニングの一つと考えてもいいと思う。
「自分軸」の2つの考え方〜概念と思い込み
自分軸で大事になるのは、世の中は「概念」と「思い込み」でできていることを知るということだ。
ここでは、
概念とは、「人間が決めた約束事」
思い込みとは、「無意識的・意識的に身につけた物事の見方」
という意味で使っている。

ユヴァル・ノア・ハラリ著の「サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福」では、人間は社会性を持つことが特徴であり、お互いに協力し合って生きてきたため、動物界の頂点に立ったと書いている。
社会性はいわば、関係性である。人は一人では生きていけないので、他人から物事を学ぶことで、「人間の決めた約束事」(概念)を知る。他人の中で一番影響力があるのが、両親。次に兄弟、学校の先生、生徒仲間、友人、仕事の同僚等だ。
興味深いことに、これらは「筋膜」の中に記憶されており、思い込みとして「無意識的・意識的に身につけた物事の見方」として自分に大きな影響力を持つのだ。
「筋膜」が動きたい方向へ〜自分軸が整う
「筋膜」には、心に抱えている過去のトラウマや悩みが緊張という形で身体内に記憶されている。「筋膜」は、動きたい方向がある。その動きが、トラウマや過去の経験により、動きにくくなっており、それが姿勢に大きな影響を与えているのだ。
施術者は、ニュートラルな状態になり、「筋膜」が動きたい方向へ誘導することによって、勝手に「筋膜」が動き出す。その結果として、自ずと身体が整えたい方向へ動き出す。最終的に身体を効率よく使うための整理整頓が起きてくる。
興味深いのは「筋膜」が動きたい方向へ動き出すと、身体の中から、主体性(英語で「agency」)が働き出し、自分軸で物事を判断するきっかけとなる。無意識に考えている執着や考え方を手放すことが思いの外、簡単にできるようになるのだ。
まとめ
身体にアプローチするということは、自分のパソコンOSのバージョン(身体図式)を更新こと。結果的に、身体感覚を養う、直感が使える、自分軸で物事を判断するにつながっていく。あわせて、その判断の軸がなぜ必要なのかについても触れた。
2026年9月の注記
この記事は、身体図式のことを「パソコンのOS」と呼んでいる。身体からの情報が絶えず送られてきて、日々、更新されている。そういう説明のための比喩だった。
同じ比喩を、この2週間ほど前にも使っていた。2023年12月の記事で、脳に身体の場所を伝えることをパソコンのOSにたとえている。思いついて一度使い、また使った、という形になっている。
いまは「認識のOS」という言い方をしている。思考・感情・行動の土台となるシステムのことで、脳だけにあるのではなく、身体・神経系・筋膜のパターンとして書き込まれている。そして4つの層に分けて捉えている。論理のOS、感覚のOS、対話のOS、視点のOS。ロルフィングが扱うのは、主に感覚のOSである。
比喩として使っていたものが、枠組みの名前になった。
もう少し前を辿ると、2017年の「なぜ、身体を整えると自分で判断することができるのか?〜身体を通じた潜在意識の書き換えとその意味」では、潜在意識と顕在意識という2つで同じことを説明していた。理屈脳と感情脳・直感脳、という言い方もしている。
2017年は2つに分けていた。2024年はOSという比喩を当てた。いまは4つの層に分かれ、それぞれが何によって磨かれるのかまで含めて整理されている。別のことを言っているのではない。同じものを、そのつど手元にある言葉で言い直してきた。
この記事には、もうひとつ直した箇所がある。
身体図式という語を、当初はメルロ・ポンティが表現したものとして書いていた。実際には、この語は神経学から出ている。ボディスキーマの起源はHeadとHolmesの1911年の論文、ボディイメージの起源はPaul Schilderの1935年の著作で、2つは別々の学統から出て、24年の隔たりを置いて、後から対にされた。メルロ・ポンティが『知覚の現象学』を書いたのは1945年である。既にあった神経学の概念を、現象学の側へ引き取った。
その区別を書いた資料は、2014年8月に配られていた。基礎トレーニングのPhase Iで、Giovanni Felicioni先生が配った年表と論文である。読まなかった。10年後に、読まないまま同じ語について書いていたことになる。
