はじめに
東京・渋谷でロルフィング・セッションと脳科学から栄養・睡眠・マインドの脳活(脳科学活用)講座を提供している大塚英文です。

人が変化していくプロセスをどう支えるか?〜ロルフィングとコーチングから考える
ロルフィングとコーチング──一見、まったく異なる実践領域のように見える。 前者は身体を扱い、後者は言葉を扱う。しかし、その本質にあるのは共通の問いだ。
“人が変化していくプロセスを、どう支えるか?”
私は、CTI(The Coaches Institute)のCo-Active Coaching(以下コーチング)を2009年に学んだ。コーチングのスキルを追究して行く中で、ロルフィングに出会った。お互いに異なるように見える2つの手法。
いずれも共通しているのは「変容」という共通テーマに向き合っている点だ。今回、ロルフィングとコーチングについて以下の7つの視点から紐解いていくことにする。
- 【第1回】ニュートラルとプレゼンス
- 【第2回】4つのコーナーストーン
- 【第3回】3つのPrinciplesとロルフィング10シリーズの対応
- 【第4回】セッション間のプロセスの持ち方
- 【第5回】関係性の質(Designed Alliance / Right Relationship)
- 【第6回】スキルの比較(CTIの5スキルとロルフィングの技法)
- 【第7回】総括
全体を通じて、「触れる」「問う」「聴く」「在る」という多面的に「変容」について考えていきたい。身体から働きかけるロルフィングと、言葉を通して深層に触れるコーチングを比較することで、人の変容とは何か、考えるきっかけになれると確信している。
変容と関係性について
変化は「何をするか」だけではなく、「誰と、どのように共に在るか」によっても大きく左右される。
CTI(Co-Active Coaching)とロルフィングの両者は、変容を支える上で、関係性の質そのものが“介入”であるという視点を共有している。
第5回は、
- CTIの「Designed Alliance(デザインされた協働関係)」
- ロルフィングにおける「Right Relationship(正しい関係性)」
を比較し、変容の場において“関係が果たす役割”について考えてみたい。
CTIのDesigned Allianceとは?
『Co-Active Coaching(4th ed.)』では、セッション開始時に「Designed Alliance(協働関係の設計)」を行います。
これは単なる合意形成ではなく、意図的に“どんな関係性でいたいか”を共に設計するプロセスといってもいい。
“The Designed Alliance is a consciously created relationship where power is shared and responsibility is mutual.”
— Co-Active Coaching, p. 92
ポイント:
- セッションの“場”をクライアントと共に創ることが強調される
- コーチとクライアントは対等なパートナーシップである
- 「安全・チャレンジ・信頼・責任」を明示的に共有する
- クライアントが自己信頼を深められるような“関係の枠”を提供する
キーワード:共創・明示的合意・相互責任・場の設計
たとえば、クライアントが「挑戦されたい」「安心できるスペースを持ちたい」と望んだとき、 コーチはその要望をセッションの冒頭で確認し、それに沿って関わる。 「関係性」そのものを“契約”として可視化することで、深い探究が可能になる。
ロルフィングにおけるRight Relationship
ロルフィングでは、「関係性」について明示的に定義することは少ないが、セッションを行うこと、それ自体が「関係の質」の反映になる。
Jeff Maitlandは、以下のように語っている。
“Right relationship is not about being detached. It is being open and present without control.”
— Embodied Being, p. 126
ポイント:
- ロルファーは「導く者」ではなく、「変化の場を保つ者」
- 操作的・支配的ではない“開かれたプレゼンス”が求められる
- クライアントの身体と“対話”し、その応答に深く聴き入る姿勢
- 何かを起こすのではなく、“起こることに共に居る”関係性
キーワード:非操作・開かれた在り方・身体との共鳴・信頼と共に居る
渋谷でロルフィングを提供している現場では、セッションの冒頭で「今日はどんな体の感覚ですか?」と尋ね、 その受け答えによって毎回のセッションを共に創っていく姿勢を貫いている。 これは、明示的な「契約」ではないにせよ、身体との協働的に「同意」していくと考えてもいい。
比較:意図された合意と沈黙の同伴
CTIとロルフィングの「関係性」の取り扱いには、表現や方法に違いがありつつも、共通してクライアントとの“共創的な場”の形成が根底にある。前者は明示的な言葉で合意を交わすことによって、後者は触れ方や態度によって、信頼と安全、そして深い変容のためのフィールドを築いていく。
以下では、その構造的な違いと共通点を比較しながら、それぞれが“変容のための関係性”をどのように支えているかを表にする。
観点 | CTI(コーチング) | ロルフィング(ボディワーク) |
---|---|---|
関係の形成 | セッション開始時に明示的にデザインする | 非言語的・触れ方の質で表現される |
主体性の分配 | クライアントとコーチは対等な創造者 | ロルファーは“場の保護者”として共に在る |
支配 vs 受容 | 相互責任と協働で力を分かち合う | 非操作・受容・共鳴による関係性 |
共通目的 | セッションの成功・変化を共にデザイン | 起きるべき変化のための“場”に開く |
セッション構造の比較:変容を設計し、「今ここ」を探求し、未来に橋をかける
変化の場は偶然に起こるのではなく、一定の構造やプロセスによって支えられている。CTIのコーチングにおいても、ロルフィングの身体的なプロセスにおいても、変化を可能にするための「流れ」が存在する。
ここでは、CTIのセッション構造とロルフィングの10シリーズの構成を比較し、それぞれが「どのように意図を明確にし、変化を探求し、未来に向けた統合を導いていくのか」を明らかにしていく。
CTI:Design → Explore → Forward
『Co-Active Coaching(4th ed.)』では、効果的なセッションは以下の3段階から構成されると述べられている(p. 107–111):
フェーズ | 概要 |
---|---|
Design(意図を設計する) | セッションの焦点と目的を共同で明確にする |
Explore(今を深く探る) | クライアントの内的・感情的・身体的プロセスを共に深める |
Forward(前に進む) | 気づきをもとに次の一歩を見出す/行動に落とす |
この構造は、「変化を起こす会話」の流れを、目的・探求・統合/行動という3層に整理することができる。
ロルフィング:SLEEVE(1–3)→ CORE(4–7)→ INTEGRATION(8–10)
ロルフィングの10シリーズは、以下のような構成を取る
フェーズ | 主な目的 |
---|---|
初期(セッション1〜3) | 呼吸、接地感覚、身体境界の回復(Sleeve) |
中期(セッション4〜7) | 垂直軸・内的方向性の再構成(Core) |
統合(セッション8〜10) | 全体の動的バランス、空間との統合、動きの自由化(Integration) |
CTIとロルフィングの構造の比較
ここでは、CTIとロルフィングのセッション構造を、より実践的・機能的な観点から比較する。言語と身体、意図と構造という異なる手段を持ちながらも、両者には驚くほど多くの共通点がある。以下の対応表は、それぞれのセッションがどのようにクライアントの変容を支えているかを整理したものだ。
CTIの構造 | ロルフィングの構造 | 共通テーマ |
---|---|---|
Design(意図の設定) | セッション1〜3(Sleeve) | 呼吸・接地・空間感覚の回復 |
Explore(深い探究) | セッション4〜7(Core) | 深部構造との接触と再編成 |
Forward(行動・前進) | セッション8〜10(Integration) | 統合・動きの自由・定着 |
どちらのアプローチも、「今ここにあるもの」に深く触れ、そこから未来へつながる変容の場をつくっている。
まとめ:変化は構造と関係性の両面から支えられる
CTIとロルフィングは、手段は異なれど、以下のような原則に立脚している。
- 変化は強制されるものではなく、現れてくるもの
- 意図と構造が整えば、人は自然に次へ進む
- そのプロセスを支えるのは、設計された場と共創の関係性
“Coaching is not about solving problems, it’s about creating a space where transformation can occur.”
— Co-Active Coaching (4th ed.), p. 110
(コーチングとは問題を解決することではなく、変容が起きる空間をつくることにある)
少しでもこの投稿が役立つことを願っています。
参考文献
- Henry Kimsey-House et al. (2018). Co-Active Coaching: The Proven Framework for Transformative Conversations at Work and in Life (4th ed.). Nicholas Brealey.
- Jeff Maitland (2017). Embodied Being: The Philosophy and Practice of Manual Therapy. North Atlantic Books.
- Dr. Ida Rolf (1977). Rolfing: Reestablishing the Natural Alignment and Structural Integration of the Human Body for Vitality and Well-Being. Healing Arts Press.