Phase III(11)〜授業の進め方

ロルフィングのPhase IIIトレーニングが始まってから4週間が過ぎた。ここで、どのように授業が進められているのか?について触れたい。

Phase IIIの開始時間は午前8時半。午後6時前には終わるので、Phase IIに比べ時間にはしっかりしている(Phase IIは午後7時半までかかることもあった)。途中、30分の休憩が2度(午前10時〜午前10時半、午後3時半〜午後4時)と、1時間半の昼食休憩(午後12時半〜午後2時)を挟む(Phase IIの授業の進め方については「授業の進み方(1)」「授業の進め方(2)」参照)。

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Phase IIIの特徴は、外部からクライアントを呼んで施術を行うということ。各生徒は2人のクライアントを受け持つ。また、2人の先生も各担当のクライアントが1人つく。

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現在、10人の生徒がロルフィングを学んでおり、2回に分けて5人の生徒が一斉にロルフィングのセッションを行う。その間、残りの5人はセッションを見学する。各生徒は、先生のデモ・セッション(2回)、生徒のセッション(2回)と自分の担当セッション(2回)の合計6回のセッションを体験できる。

つまり10回のセッションのことを考えると、60回のセッションを見ることになる。身体を通じて覚えるのはこういったことなのか?と感じさせられるぐらい有意義なものになっている。

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Phase IIのときにクライアント・セッションを経験しているためか、その時に感じた緊張感は全くなく、スムーズに進んでいるというのもいい(「クライアント・セッション」参照)。

また、ロルフィングに於いては分析に加えて「知覚すること」を大事にしているからかもしれない(「Seeingと知覚すること(1)〜概念を持つと、見えるようになる」「Seeingと知覚すること(2)〜部分の和は、全体にならない」参照)。セッションを見る機会が多くなるが、それはそれで学ぶことが多い。

さて、トレーニングの30日間のうち「OPEN」と呼ばれる日は9日間。OPENの日は、基本、各セッションの理論の説明やPracticum(手技の練習)に充てられる。ただし、理論についてはごく簡単なものの説明のため、事前にDropboxにて保管された資料やPhase IIで学んだ内容(録画した動画を見ることがメイン)を予習・復習しておく必要がある。

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予習・復習は、クラスが行われない日の時間を充てる。トレーニング期間は30日間。平日で8日間休み、土日で14日間休みがある。その期間に休憩することになるのだが、Phase IIの復習、Phase IIとPhase IIIで配布された文献や課題図書、そして本コラムにてロルフィングについての考えを整理するのに時間を費やすと、すぐに休みの時間が過ぎ去ってしまう。

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特に本コラムに考えをまとめることについては、学ぶことが多い。Phase IIの動画で気になったことや文献を読んでいて興味深いと思ったこと、トレーニングで新しく学んだこと等、書くことで考えの整理につながる。おまけに、意外と思うかもしれないが、ロルフィングのトレーニングには資料の配布はあるが、本当の意味での教科書がない。そう考えると、自分のために、自分で教科書を作るという意識が強いかもしれない。

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生徒は10人。新たに2人の生徒(シンガポール人とメキシコ人)が加わった。Giovanni先生からJörg先生に変わったのと同様、新しい生徒から学ぶことはまた多い(Giovanni先生とJörg先生の指導方法の違いについては「中間面談」にてまとめた)。セッション中のノートの取り方についての新たな発見や、教わった先生が違うと身体観察についての見方も変わるので、自分がどのようにして自分の方法でセッションを行っていくのか?参考になる。

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トレーニングも残り4週間。今、目の前にトレーニングとして与えられた時間を大事に過ごしていきたい。

2026年8月の注記

教科書がないという設計

「資料の配布はあるが、本当の意味での教科書がない」。2015年3月の時点では、これを不便として書いていた。だから自分で作るのだ、と。

11年後に分かったのは、これが不備ではなく、ロルフィングの教育がその始まりから持っていた形だということである。

2016年11月、東京でSharon Wheelerのワークショップを受けた。彼女は1970年頃からIda Rolfに直接学んだ数少ないロルファーの一人で、そのとき聞いた話の一つに、解剖学と生理学の教科書をIdaに取り上げられたというものがあった。本に書いてあることは事実ではない、というのがIdaの考えだったという。Idaのトレーニングはほとんどが個人的な経験の物語で、解剖学が必要になれば他の人に任せていた。この経緯は「最終日:Sharonの話(2)」に記した。

教科書がないのは、誰かが用意し忘れたからではない。見ることと感じることを、書かれたものの外側で育てるための設計だった。ミュンヘンの教室で配られていたDropboxの資料と録画は、その設計が45年を経てなお残っていた痕跡だったことになる。

もっとも、この設計には空白もあった。Idaには身体の見方をどう教えるかが分からず、生徒を水に放り込んで泳ぐか溺れるかに任せたという言葉が残っている。その空白が1989年の分裂とMaitland哲学の導入につながり、2025年のアドバンスト・トレーニングでは、5原理とTaxonomyという形で地図が先に渡されるようになった。教科書を持たない教育から、分類を渡す教育へ。約50年をかけた移行の途中に、2015年のミュンヘンがある。

シアトルのCranio Workで見た進め方――全部のデモを見せてから一気に練習させる――は、その中間の形だった。放り込むことから方法だけを取り出すと、ああなる。

この記事から3日後に書いた「代替療法と多様性」で、同じ主題をもう一度、別の入口から扱っている。そちらは代替療法という制度の側から見た話になる。

時間の側からのLess is More

Phase IIは午後7時半までかかることがあり、Phase IIIは午後6時前に終わる。休憩の時刻まで決まっている。当時は几帳面な先生だと思って書いただけだった。

Jörg先生から繰り返し言われたのはLess is Moreである。与えすぎないこと。「Body Readingと情報の寡多」の注記で、この言葉がPeter Schwindの45分と同じ系譜にあり、Sharonの3時間半とは逆を向いていることを書いた。

授業の時間割も、同じ形をしている。長く延ばすことを良しとせず、決めた枠の中で終える。施術で言っていたことと、場の設計としてやっていたことが、最初から一致していた。教える人の資質が施術の外側にも現れる例として、この時間割は記録しておく価値がある。

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka