Bone Work – Sharon Wheeler(5)〜最終日:Sharonの話(2)

2016年11月13日に最終日を迎えたSharon Wheeler(以下Sharon)のBone Work。無事終了した。

過去に4回、本ワークショップについて書いた。

最終日は復習に充て、今まで学んだ手技(上半身から下半身まで)を、Sharonが午前(午前11時半〜午後1時半)と午後(午後2時半〜午後4時半)の2回に分けて行った。

SharonのBone Workの面白いところは、手技もさることながら、SharonがIda Rolf博士(以下Ida)からどのようなことを学んだのかを一語一句再現できるところだ。Sharonは聴覚の記憶力が抜群にいいので、一つ一つ語られる物語が本当に生き生きと蘇ってくる。

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驚くべきことに、Ida自身のトレーニングは、その内容のほとんどを個人的に経験した物語を語る形式でなされ、解剖学がほとんど出てこなかったという。

解剖学の説明が必要な時には他の人に任せていたというのもあるが、本に書いてあることは事実ではないから、という強い信念に基づいていたのだと。

午前10時にチェックインを開始。参加者一人一人が感じたことを述べていった。その後、復習へ進んでいったが、その間にノンストップでIdaのエピソードを語っている。その中で興味深かったものをいくつか紹介したい。

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「どのようにしてBone Workを思いついたのか?そのプロセスを教えて欲しい」

というような質問が参加者から出た時に、Sharonは自分自身が諦めが悪く執念深いから結果的に手技を身につけたのだと語っていたが、その上に先生のIdaの影響もあるといい、Idaについて語り始めた。

アドバンスクラスのセッションを行っていた時のこと。SharonにはIdaのセッションを受けていたクライアント役の人の変化(例えば、肺動脈や血管が広がっていくところ)が自ずと見えたという。

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クラスが終わって、SharonがあるがままのことをIdaに語った時、

「私はそれが見えなかったよ」

とIda。

そして逆に、

「そのように見えるのならば、ぜひ私のそばにいて、見たことをそのまま生徒に語ってよ」

とSharonに伝える。

その後、Idaのそばでトレーニングをサポートするという貴重な機会となり、よりIdaの考え方が理解できるようになった。

その結果、Idaは常人には見えないものが見えた上で、それが当たり前のように感じていたということがわかってきたという。厄介なことに、教え子で身体に変化があると見えない人がいると、イライラしたというのだ。

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「では、Idaが実際に身体を見るためにどういった教育をしたのか?」

と聞いてみた。衝撃的な答えが返ってきた。

Put him into water and let them swim or drown(プールに飛び込ませて、泳ぐか溺れるかさせた)。

身体に対する見方をどう教えるのかが、わからなかったらしい。

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関連するエピソードとして、Sharonがいない時に、ロルフィングの教え子たちにIdaがなぜSharonを評価するかを語り始めた時のこと。

「Sharonは私と同じように身体が見えるから評価するのだ」

と言ったそうだ。

Bone WorkをSharonが発見した時にIdaは見当がつかなかったと本コラムで触れたが、実際は、Boneが変化するというのは語ってはいないものの、できたらしい。

というのも、折れ曲がった仙骨に適度な圧を加えることで元どおりに戻したということを、IdaがSharonの眼の前で示したからだ(Bone Workとは違った形で)。

なぜ、Idaは過去のことや見えること(今でいうスピリチュアルなこと)を一切語らなかったのか。

当時、女性の立場が弱い上に、常軌を逸脱した行為をするとアメリカは訴訟社会ですぐに訴訟になる(精神科医のWilhelm Reich(ウィルヘルム・ライヒ)が米国で逮捕されたというのも大きな影響を与えたという)。といった社会的な背景があったことが大きかったのではないか、とSharonは推測する。

Idaは本当に根は優しい人だったらしい。無意識にトラウマを感じる場所にいた人を、そこから強引にでも元の場所に連れ戻すということが本当に得意だったと。その上で興味深いのは、ユーモアを交えてそれを行っていたという。

感情が真っ盛りで、最悪のトラウマの時に笑わせる。Sharonはその実感として、泥からその人を救い出して、上から下の背景を見せるかのようだったと語っていた。

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Idaは、それを、心理学というものはなく生理学しかないのだ(There is no such thing as psychology only physiology)という形で語っている。

それは、

「構造が整っていけば、自ずと感情がリリースする」

という意味でもある。

Idaが素晴らしかったのは、その人をもとに戻すと人生を変えるということがわかっていたのだろう、とも。

他にも様々なことを語っていたが、スペースの関係上ここまでにしたい。

本当にあっという間だった5日間。雰囲気も最高で、素晴らしいメンバーに恵まれた。主催した日本ロルフィング協会のスタッフの皆さんの素晴らしい運営によって、ワークショップの学びに集中できたことに感謝したい。

2026年8月の注記

この回にIdaの教育について記録された答えは、Put him into water and let them swim or drown——プールに飛び込ませて、泳ぐか溺れるかさせた、というものだった。身体に対する見方をどう教えるのかが、わからなかったらしい。

Idaには常人に見えないものが見えていて、それが当たり前だと感じていた。だから、教え子で身体の変化が見えない人がいるとイライラした。見えることを教える方法を持たないまま、見えることを要求していたことになる。Sharonが評価されたのは「私と同じように身体が見えるから」だった。

この空白が、その後の歴史を作っている。1989年にRolf Instituteが分裂し、Guildとの差別化のためにRISI側はJeff Maitlandの哲学を含む内容をトレーニングに加え、2段階だった構成を3段階に分けた。

私が2014年から2015年に受けたのは、その3段階である。さらに2025年のアドバンスト・トレーニングでは、5つの原理とTaxonomyという分類体系が与えられた。今どの観点から働きかけるべきかを、体系の側から選べるようにするための枠組みである。

見ることを教える方法がなかったところから、見るための分類が整備されるまでに、およそ50年かかった。ただし、体系が与えられたからといって、見えるようになるわけではない。Phase IIで最初に教わったのは、定義を与えずに観察させることだった。基礎トレーニングの初期に置かれていたのは、依然として、放り込むことに近い何かである。

Sharon自身は、この体系化に対して距離を取っている。GuildもRISIもカリキュラムに差はなく、差別化の必要から内容が加えられたに過ぎない、という見方をしていた(詳細は「Cranio Work – Sharon Wheeler(3)〜Sharonの話(3)」に書いた)。分裂の際の政治的な動きに納得できず、Facultyメンバーにも入らなかった。

Idaから直接受け取った人が、後から整備された体系を必要としていないのは、当然ではある。泳ぎ方を教わらずに泳げるようになった人にとって、泳法の分類は後付けの説明でしかない。しかし、その後の世代は分類から入るしかない。私自身、2025年にTaxonomyという枠組みを受け取って、それが有用だと感じている。

この5日間で受け取ったのは、体系化される前のロルフィングがどういうものだったかという記録だった。1970年頃からIdaに直接学んだ数少ないロルファーの一人が、聴覚の記憶で一語一句を再現する。解剖学をほとんど使わずに教える。

科学的に説明がつかないまま、役立つから伝える。その形を見ておいたことが、9年後に体系を受け取ったときの位置を決めた。体系だけを知っていたら、それが唯一の形に見えたはずである。

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka