2016年11月9日(水)から、神楽坂で日本ロルフィング協会主催のワークショップに参加している。今回の先生はSharon Wheeler(以下Sharon)。ロルフィングの創始者であるIda Rolf博士から直接教わった先生の一人。ドイツのフランクフルト在住のロルファー、鎌田孝美さんからの勧めもあり(鎌田さんのブログ「Scar Work」参照)、今回受講することになった。

午前9時から午後5時半まで、話がノンストップで、次から次へと役立つ情報が出てくる。興味深いのは話の仕方だ。アメリカ人の場合、機関銃のように話すというイメージがあるのだが、間を入れながら話すので、ノンストップとはいえそのようには感じないところが面白い。
Sharon自身が個人個人のクライアントと真摯に向き合っていることもあり、クライアントの感情や、どういった身体状態の変化が起きたのか?を生き生きと語る。本当に仕事を楽しんでいるというのが伝わってくるし、クライアントの感情も語るので、どんどんその世界観に引き込まれていく。
話を聞くだけで、
セッションに臨むにあたって、どのようなことを大事にしていったらいいのか?
例えば、Idaとのエピソードとして印象的だったのは、初期の頃ロルフィングを学んだ際、Sharonは
手技を学んだのはいいが、やりすぎてクライアントに害が出るのではないか?
とやめたいと思っていたところ、
Idaからは
施術を行うことで身体の各部位は、自ずとどこに自分の家(Home)=適切な場所があるのかわかるから、心配することはない
と言われたらしい。
Sharonは、解剖学や生理学の教科書をIdaから取り上げられ、感覚重視でセッションを積み重ねていったというバックグラウンドがある。だからこのような教え方になったのだろうと推測できる。
今回学んでいるBone Workも、事故によって足が変形した子供に対して、偶然にも骨へアプローチしていった結果生まれたという。おそらく理論的に考えていたら生まれていなかったこのワークは、その後、外反母趾、骨肥大、治癒不全によるずれ・可動域制限を含め、様々な骨への問題に対して有用なものへと発展していった。
興味深いのは授業の進め方だ。初日にデモを行った後、基礎的なテクニックを2日間半教える。その後の2日間半は外部クライアントを呼んで練習する。あくまでも実践形式を重んじている。
初日のデモの際、外部クライアントを呼んだのだが、両側の鎖骨が骨折のため変形していたにもかかわらず、Sharonの手にかかると一瞬のうちによくなっていく。いとも簡単に。
その後のテクニックの紹介も、科学的な理由はわからないが、このような手順で行えばすぐにできるようになる、と言われた通りにやると本当にうまくいく。まるで、今までの既成概念が崩れていくという印象だ。
5日間のうち2日間が終わり、明日から外部クライアントへのセッションが始まる。引き続き楽しみたい。
2026年8月の注記
Sharonが受け取ったものは、教科書ではなかった。解剖学と生理学の本をIdaに取り上げられ、感覚を頼りにセッションを積み重ねる。それが1970年頃から直接学んだ数少ないロルファーの一人の、学び方だった。Bone Workそのものも、事故で足が変形した子供に偶然アプローチした結果として生まれている。理論から出てきたワークではない。
この回に記録されているIdaの言葉が、その姿勢を端的に示している。やりすぎてクライアントに害が出るのではないかと不安を訴えたSharonに対し、施術を行えば身体の各部位は自ずとどこに自分の家(Home)があるかわかるから心配ない、と答えたという。
正解を施術者が持ち込むのではなく、身体の側に判断を委ねる。2025年のShape the Hand——自分の手で何かをしようとするのではなく、クライアントの身体に自分の手を形作ってもらう——が指しているのと同じ方向である。
11年後から振り返ると、この時期に3つの異なる系譜に触れていたことになる。欧州系譜(Giovanni、Hubert Godard、Tonic Function)は、Rolf Movementの理論的な枠組みを持つ。2025年のアドバンスト・トレーニング(Ray McCall、田畑浩良)は、Jeff Maitlandの哲学を基礎に置き、5つの原理とTaxonomyという分類体系で個別のセッションを設計する。
そしてSharonは、そのどちらでもない。Idaから直接受け取ったものを、解剖学も理論もほとんど使わずに伝える。
しかもSharonは、Maitlandの哲学が導入された経緯そのものに批判的な見方を示している(詳細は「Cranio Work – Sharon Wheeler(3)〜Sharonの話(3)」に書いた)。同じロルフィングの中に、これだけ異なる立ち位置が並存している。
2016年から2017年にかけて、東京とシアトルでこの系譜に触れておいたことは、2025年のトレーニングを受けるうえで大きな意味を持った。一つの体系だけを見ていたら、それが唯一の形に見えたはずである。シアトルまで行った甲斐は、手技よりもこの点にあった。



