【R#374】「脳は下から上へ、右から左へ─社会的脳の発達と愛着の神経基盤」(第6回)〜全7回・IPNBとの接点

はじめに

こんにちは。渋谷でロルフィング・セッションを提供している大塚英文です。

第6回では、脳の発達の基本的な流れ──下位脳(脳幹)から上位脳(皮質)へと積み重なる構造的発達に焦点を当てる。さらに、この流れにおいて重要な「右脳→左脳」の順序性や、Interpersonal Neurobiology(IPNB)の視点、愛着理論との関係、そしてロルフィングとの接点についても探っていく。

発達は「下から上へ」──脳の垂直構造の統合

IPNB(対人神経生物学)の創始者であるダン・シーゲルは、「脳の発達は構造的にも機能的にも階層的である」と指摘する。

まず、脳幹(brainstem)という最も原始的な部分が発達し、呼吸、心拍、体温といった生命維持の自律的機能を支える。これは、私たちが安心・安全を感じるための最も土台となるレベルである。

次に、大脳辺縁系(が発達し、情動・動機づけ・記憶といった社会的反応の基盤が整う。ここでは愛着行動や情緒的な反応が形成され、人との関係性における快・不快、危険・安全の判断が始まる。

そして、最後に大脳皮質(特に前頭前皮質)が成熟し、理性・判断・共感・自己制御といった高次の社会的機能が形成される。

この「下から上へ」の発達順序は、安心感 → 感情の安定 → 認知的統合という流れを象徴しており、セラピーや教育、ボディワーク全般の構造と見事に一致する。

発達は「右から左へ」──脳の水平構造の統合

Allan Schoreの研究では、生後1〜3年の間に右脳が先行して発達し、非言語的な共感・身体感覚・感情処理などを担うとされる。右脳はまた、愛着行動や相互調整に重要な役割を果たす。

この右脳主導の初期段階では、子どもは言葉よりも「身体と言葉以外の合図(非言語的表現)」を通して他者との関係性を築いていく。

その後、3歳以降に左脳が徐々に発達し、言語、論理、計画、時間的順序といった機能が強化されていく。 これは、世界を言語でラベリングし、過去や未来を計画的に扱う能力へとつながる。

つまり、「右から左へ」「下から上へ」という二重の統合の流れは、自己認識や社会的適応、情動調整において極めて重要であり、IPNBが提唱する「統合の科学」の中核である。

対人関係と脳の発達──愛着理論と社会的脳

脳は環境との相互作用の中で形づくられるが、その中でもとりわけ重要なのが「他者との関係」である。特に乳児期の愛着関係は、神経系の発達に深い影響を与える。

Bowlbyの愛着理論に基づけば、親(あるいは養育者)との安定した関係が築かれることで、子どもは「この世界は安全で、自分は愛される存在だ」という感覚を身体レベルで学ぶ。

この感覚は、腹側迷走神経系の活性化を促し、前頭前皮質を育てるための神経的な安全基地となる。逆に、不安定な愛着関係は、扁桃体の過敏化や自己調整機能の未熟さに繋がりやすい。

さらに、相手のまなざし、声のトーン、皮膚感覚を通して右脳の共鳴が起こり、非言語的な情動調整がなされる。 このプロセスは、ダイアディック・レギュレーション(dyadic regulation)とも呼ばれ、神経可塑性によって脳の構造そのものが変容する原動力となる。

ポリヴェーガル理論──安全の神経生理学

Stephen Porgesが提唱したポリヴェーガル理論は、脳幹レベルの自律神経系がどのようにして社会的関係性と安全感を支えるかを明らかにしている。

迷走神経は進化的に3層構造をもち、

  1. 背側迷走神経系(古い防衛反応/シャットダウン)
  2. 交感神経系(闘争・逃走反応)
  3. 腹側迷走神経系(社会的関係性・共調整) が状況によって使い分けられる。

腹側迷走神経系が機能しているとき、私たちは「つながり」「安心」「好奇心」を感じやすくなる。この状態が、上位脳(前頭前皮質)を機能させる土台になる。

扁桃体と前頭前皮質──早い脳と遅い脳の対話

扁桃体(amygdala)は脳の警報装置のような働きを持ち、危険や恐怖を迅速に察知して反応する「早い脳」である。一方、前頭前皮質(prefrontal cortex)は「遅い脳」として、状況を慎重に評価し、最適な行動を選択する。

この2つの領域が協働することで、私たちは「感じる」だけでなく「選ぶ」ことができる。

マインドフルネスの実践によって、この協働が促進され、扁桃体の過剰な反応が抑制され、感情的トリガーへの対応力が高まることも知られている。

ロルフィングとの接点──下から上への再統合

ロルフィングでは、重力との関係を通じて身体の下から上への構造的な再統合を促す。このプロセスは、神経発達の階層構造とも響き合っている。

「地に足をつける」「呼吸が深まる」「軸を感じる」などの身体体験は、脳幹と辺縁系を安定させ、その上に前頭前皮質の働きを乗せるための土台となる。

このように、ロルフィングはIPNBが示す脳の発達モデルと密接に連動し、身体を通して脳の統合を支える実践でもある。

最終回の第7回は、感情の調整から共感へ──社会的脳が成熟していくプロセスについて掘り下げていく。

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka