吉福伸逸氏のセラピストとしての考えについては、4回にわたって紹介してきた(「心の4レベル」、「コンテキスト」、「プロセス」、「Less is Moreについて」参照)。
ベースにした本は『吉福伸逸の言葉』。
吉福氏の言葉を教え子たちが集めることによって一冊にまとめられた。セラピストとしてクライアントに対峙するために、下記の「心の4つのレベ吉福氏の言葉を教え子たちが集めることによって一冊にまとめられた。セラピストとしてクライアントに対峙するために、下記の「心の4つのレベル」を参照すると、どこに注目して話を聞き出せばいいのか?が中心に述べられている。
Power of Becoming(関係性の力)
Power of Being(存在の力)
Power of Emotion(情緒・情動の力)
Power of Brain(あたまの力)
各々の詳細については、「心の4レベル」に書いたので、是非ご参照いただきたい。
2015年7月に、吉福伸逸氏の『世界の中にありながら世界に属しない』の出版で、吉福氏がセミナーでどのような話をしたのか?がまとまっているのだが、これも面白い。
私が、ロルフィングを志したのはコーチングやタロットを実践した経験を通じて、言葉の限界を感じたからだということをどこかで触れたことがあるが、吉福氏は以下のようにそのことについて言及している。
「日常生活でもセラピー(心理療法)のセッションでも、あらゆる瞬間に、一人の人間が感じたり、理解することをはるかに超えたもの、言葉を超えたものがあるんです。けれども、説明を聞いてしまうと「私は知っている」という気になる。「知っている。わかっている」という意識が経験と自分の間に入ってきて、一種のブロックになってしまうのです。体験的に実感していないままだと、上滑りのような形でしかなくて、みずからにまったくおよんでこないんです。つまり、安全で安心な状態のままで、あらゆることを「わかった、理解した」と思って終わってしまう場合が多い、自分が追い詰められて危機状態になることがないんですね。だから、僕はある時期から言葉や理解ということを避けて、ほとんど何も説明せずにワークショップをやってきたのです」
言葉というものは、過去の経験に照らして表現されがち。結果的に変化しようとしている自分に対し、ブロックして働いていく。だからこそ、自分の判断を極力くださず、相手に考えさせること、相手に答えがあるということを気づかせることが大事だと思う。
吉福氏は、人間というのは成長しないものであり、現状を維持することに腐心するものだと述べる。だからこそ、現状に対して一度破綻させることの意義について下記のように述べている。
「実際にいろいろな人と出会ってセラピーをやってみても、人はなかなか成長しない。人間の成長というのは大きな幻想だと僕は実感してきたんですね。ただ、そう思っても作業はずっと続けていったわけです。そうして僕が多くの人を見て思ったのは、子供から成長していき、ある程度のところまで来るとそこで成長は止まってしまい、その先にはいかなくなる。それからあともほぼ変化を起こすことはない」
「自我は現状維持に常に腐心しているからです。極めて保守的なんですね。その自我を最も脅かすのが現状の破綻なんです。その現状を破綻させることによって「あなたの立場は私の全てを支配している立場ではない。一歩さがりなさい」と自我に自分のいる位置を教えるんです」
具体的に書くと、何もしないままキッパリと仕事を辞めるというのが、その力を養う一つの方法だという。明日からどう暮らしていけばいいのか、わからないけど仕事を辞める。そして次に移るまで時間をかけること。それによって存在の力がつくという。肩書きや自分を守ること、他者に弱みや悪口を言われることに対して動じなくなるからというのもある。
吉福氏の言葉を更に借用しよう。
「ぼくのセラピーでは常に破綻することを勧めてきました。その人が今置かれてる状況の中で破綻すれば、成長とは呼べないまでも変化があるからです」
「その後どうなるのか。そんなことはぼくの知ったことではありません。さっき言ったように、少なくとも現状維持を止めれば、変わらざるを得ない側面がいくつも出てくる。そこから新しい人生を始めればいいというのがぼくの考え方です」
ロルフィングのセッションを提供するようになって、気付くことといえば自分自身の出来ることに限界があるということ。そして、変化やプロセスは結局、温かく見守ることしかないことなのかもしれない。
そのことを考えると、ロルフィングのPhase III(最終段階)トレーニングの最終日が近づいた際、インストラクターだったJörg先生とAndrea先生は以下のように言っていたことを思い出す(「今までどのように自分自身の身体と向き合ってきたのかがセッションに出る」参照)。
結局、ロルフィングができることは、クライアントに対して何か付加価値を与える(例、治療すること)ではなく、クライアントに対して気づきを与えることぐらいしかできない。そして自ずと、本人にとって適切だと思うことを選択していく。
最後に吉福氏のセラピストについてどのように考えているのか?セラピスト観について彼の言葉を引用して本コラムを終えたい。
「「なぜセラピーをやっているのか?」「なぜ、自分は人を救おうとしているのか?」そういう風にぼくは心の中で思いながら、何十年間もセラピーをやり続けているんです。僕がセラピーをやり続けているのは人を救おうと思っていなくて、とても勝手で、自分の欠損を補うために必要だと思うからやっているのです。これは鍵になることですから、忘れて欲しくないんです。本当に矛盾して話が合わないと思うかもしれませんが、ポイントはそこにあって、人は何かを思うから生きて行動し、人生を送っているのではなく、必要性があるから生きて、こうやっているんですね」
「そのポイントさえ押さえておけば、人に本当に嫌われるセラピーができます。なぜ人に嫌われることが大切かというと、僕の考えるセラピーは、当人が絶対に認めたくないことを認めてもらうということだからです。「あんたがあんたのような状態で、今そこにいるのは全部あんたのせいなんだよ」とぼくはいうわけです。どんなに嫌なことが自分に起こっていたとしても、その嫌なこと、それをやっているのは社会でもなければ他人でもない、自分自身がやりたいからそういうふうになっているんだということなんです。そういう言い方は一般社会では嫌がられます。一人の人間が、自分自身の妄想や投影で作りあげた社会の中で、うまく機能していない場合は確実に社会を責める。だけど、それを責めなくなると、そこで初めて自己が確立されたことになるのです」
2026年9月の注記
この回で吉福氏の言葉を引いている。人を救おうと思ってセラピーをやっているのではない、自分の欠損を補うために必要だからやっている。これは鍵になることだから忘れないでほしい、と念を押している。
10年経って、自分のためにセッションを提供しているのだと分かってきた。
順序としては、そもそも自分が経験したことしか相手に伝えられない。そして相手に伝わるのは、自分の在り方のほうである。だとすれば、施術者が自分の側で何かを経験し続けていることが、そのまま仕事の条件になる。人のためにやっているという形では、この順序が成り立たない。
同じことを、Phase IIIの最終日が近づいた頃にJörg先生とAndrea先生から聞いていた。本文の末尾に引いてある。ロルフィングができるのは気づきを与えることぐらいで、そこから先は本人が選んでいく。あの言葉を施術者の側から言い直すとどうなるかを、この回の引用が示していたことになる。
この回でもう一つ引いているのが、嫌われることを厭わない、という話である。当人が絶対に認めたくないことを認めてもらう。一般社会では嫌がられる言い方だと、吉福氏本人も承知している。
ここは、読み方が変わった。当時は言い方の問題として読んでいたが、実際に変わったのは相手に何を言うかではなかった。日々マインドフルネスで自分の在り方を整えていくうちに、どう思われるかが気にならなくなった。言い方を選ぶ技術ではなく、気にならない状態のほうが先に来る。
自分の側に軸があるから、相手に合わせなくてよい。合わせなくてよいから、どう思われるかも気にならない。そして自分がどう生きてきたかが、そのまま出る。別々のことを4つ言っているのではなく、一つのことを4つの角度から言っている。
この投稿は、いまのセッションのやり方に大きな影響を与えている。11年分の記事のなかで、当時読んだものがそのまま現在の仕事の形になっているものは多くない。多くは、後から名前がついたり、別の経路で受け取り直したりしている。この回は、読んだときに書き写した言葉が、そのまま残った。
この回だけ、投稿が5か月半空いている。前の4本は2015年5月26日から6月1日までの1週間に集中していた。その間に直傳靈氣とソースポイントセラピーのModule 1が入り、この回の5日後にModule 2が始まる。
引用の量も違う。前の4本は要旨で紹介して要所を引く形だったが、この回は引用が6か所あり、地の文より多い。2015年7月に『世界の中にありながら世界に属さない』が出ている。教え子が集めた言葉集ではなく、本人の講義録である。
そして、書いていることを1年半前に自分が通っている。存在の力を養う方法として、何もしないままキッパリと仕事を辞めること、次に移るまで時間をかけることが挙げられている。2014年5月末に製薬会社を辞め、9か月の世界一周に出て、8月からミュンヘンの教室にいた。本文はそこに触れず、他人の話として書いている。






