ロルフィングのトレーニングでは、どのように相手にフィードバックを与え、どのように相手からフィードバックを受け取るのかについて、学ぶことが多い。現に、今まで受けたどのような研修内容よりも、今回のトレーニングのほうが、フィードバックをすること・受け取ることについて具体的に学んでいる。それは、フィードバックについて具体的なガイドラインがあり、Giovanni Felicioniから直接その方法について学んでいるからだと思う。
なぜフィードバックがロルフィングで大切かというと、自分が感じたことと相手が感じたことにどれほどギャップがあるのかを把握することが、施術の技術を磨いていくために重要だからである。
ロルフィングのトレーニング中に、フィードバックについてガイドラインが配布された。ロルフィング教師のMonica Caspariの資料を下敷きに、Marshall B. Rosenbergの『Nonviolent Communication(NVC、非暴力コミュニケーション)』から採られたものである。受け取る側が一貫して否定し続ければ、学習の場から何も得られず、反応が反応を呼ぶ状態に留まる。一方、伝える内容が有益で、受け取る側がそれを使えるならば、学習が起こり、応答的な対話へと移っていく。そうした考え方が背景にある。
その内容を要約すると、次のようになる。
相手にフィードバックをする場合の心構え
- 自分を世界の中に位置づける。身体の声を聴く。身体全体で参加する。
- Felt Sense(実感される感覚)に開く。
- 相手にとって有益であることを意図する。自分の不快感を解消するための手段としてフィードバックを使わない。気に入られるために肯定的なフィードバックをすることも避ける。
- 澄んだ鏡のようであること。解釈ではなく、描写する。行動、言葉、自分の反応を描写する。なぜ(why)よりも何(what)を大事にし、自分の関心や意見は伝える内容から外す。
- 相手の立場に立つ。相手が受け取れる状態にあるかを考える。相手へのリスペクトが伝わるような時と場所を選ぶ。
- 一般的にではなく、具体的に。その人への全体的な印象ではなく、具体的な行動を描写する。可能な限り、特定の場面に触れる。関係のない話に逸れない。できるだけ単純にする。
- 自分の経験を自分のものとして引き受ける。自分の反応は自分のものだと認め、相手が変わらなければというプレッシャーではなく、情報として共有する。
- 直接的に、恐れずに伝える。伝えないでおくことのほうが、伝えるよりも害になることがある。
- 言うべきことを言ったら、手放す。時間が持つ働き(essence of time)に委ねる。相手がそのフィードバックをどうするかについては、執着しない。
相手からフィードバックを受け取る場合の心構え
- 自分を世界の中に位置づける。身体の声を聴く。身体全体で参加する。
- Felt Sense(実感される感覚)に開く。
- 開かれた心を持つ。言われていることを、ただ聴くことに注意を向ける。相手が何を言おうとしているかを既にわかっていると思い込まない。確認が必要なら、時間をかけて尋ねる。
- 説明しない。自己正当化や、守り、自分を説明しようとする衝動に抗う。
- 自分の状態に好奇心を持つ。肯定的なものであれ否定的なものであれ、フィードバックを聴いている時に自分の中に何が起きるかに気づく。
- 学ぶ機会をありがたく思う。相手が関心と洞察を惜しみなく差し出してくれたことに感謝する。
- 聴いたことをよく考える。自分自身の知性を使う。相手の洞察が自分のものより正確だとも、不正確だとも決めつけない。言われたことに従って、すぐに変わろうとしない。
- 自分の感情を自分のものとして認める。フィードバックをくれた相手のせいにしない。
- 自分の感情と、正直さと、優しさと、時間が持つ働き(essence of time)とともに向き合う。
ここから読み取れるのは、フィードバックというのは学習のプロセスであるということ。どちらが知っているか知っていないか、自分が偉い、相手が偉くないというのではない。フィードバックというのは相手が失敗したことを語るのではなく、あくまでも試してみた結果、どのような変化があったのかを語るという、いい学習の機会なのだ。
つまりフィードバックとは、
自分と相手との間に学習する時間やスペース(空間、間)を用意することで、お互いが有益になるようなものである。
Giovanniの指導法は、良さを認めつつも、もっといい方法はこうだ、という形で伝える。そしてそこには、相手へのリスペクトの気持ちがある。その点だけでも学び甲斐がある。
最後にフィードバックについて。Microsoftの創業者であるBill Gatesも、「Bill Gates: Good Feedback Is the Key to Improvement」という記事の中でフィードバックの大切さについて紹介しているので、それを引いて本記事を締めたいと思う。
We all need people who will give us feedback. That’s how we improve. If all my bridge coach ever told me was that I was ‘satisfactory,’ I would have no hope of ever getting better. How would I know who was the best? How would I know what I was doing differently?
誰にでもフィードバックをくれる人が必要である。それが自分の向上につながる。もし私のブリッジのコーチが、私は満足のいく出来だ、としか言わなかったとしたら、上達する見込みはない。誰が最も優れているのかを、どうやって知ればいいのか。自分が何を違うやり方でしているのかを、どうやって知ればいいのか。
2026年8月の注記
この記事は、フィードバックのガイドラインを書き写したものである。トレーニングで配布された内容と、Giovanni Felicioniの指導法。当時は、学び方についての記録として書いた。
いま読み返すと、施術そのものの記述になっている。
フィードバックは、身体から始まっていた
ガイドラインの1番目と2番目は、与える側と受け取る側で同じである。
自分を世界の中に位置づける。身体の声を聴く。身体全体で参加する。そして、Felt Senseに開く。
言葉のやり取りについての資料が、身体の状態から始まっている。当時は、この2項目の意味がよくわからなかった。
2025年のアドバンスト・トレーニングで、Jeff Maitlandが最も強調したのは観察する力(Seeing)を鍛えることだった。単なる目視ではなく、感覚器官全体を使って身体を聴くこと。Somatic Sensorium(身体感覚の総動員)によって情報を得ること。Ray McCallも、身体全体で受け取ることが観察だと語っている(「Advanced Rolferの認定までの歩みについて【総括】」参照)。
Participate with your whole body。11年前の資料に、同じことが書かれていた。
言葉を交わす前に、身体をどう置くか。フィードバックの作法は、そこから始まっていた。
伝えた後に、手放す
ガイドラインの4つ目に、次の一文がある。
「フィードバックを伝えた後、その伝えた内容を手放してみる。相手にも考える時間を与え、間(スペース)を大事にする。相手がどう変化するかについては、執着しない」
2025年のアドバンスト・トレーニングで、Ray McCallはクライアントとの関わり方を Kind Indifference(優しい無関心)と表現した。クライアントの体験に過剰に巻き込まれないこと。しかし同時に、深く関心をもって見守ること(「Advanced Rolferの認定までの歩みについて【総括】」参照)。
オステオパスのJim Jealousの言葉も紹介された。
「クライアントのプロセスは、私たちのビジネスではない。観察はしても、ストーリーの一部になってはいけない」
伝えた内容を手放す。相手がどう変化するかに執着しない。この記事が書いたのは、フィードバックの心構えだった。11年後には、施術者の在り方として同じことが語られている。
伝える側と施術する側で、求められる距離が同じだったことになる。
そして、この距離には根拠がある。変化は施術者が起こすものではなく、クライアントの内側から起こる。施術者の役割は、その変化が生まれる場を整え、信頼し、待つことにある。フィードバックも同じで、相手が何を受け取り、どう変わるかは、伝えた側の領分ではない。
良さを認めつつ、もっといい方法を伝える
この記事は、Giovanniの指導法をこう書いている。良さを認めつつも、もっといい方法はこうだ、という形で伝える。そこには相手へのリスペクトの気持ちがある、と。
もう一つ、書き落としていた特徴がある。Giovanniは、質問に対して答えを返さず、質問で返すことが多かった。どう思うか、何を感じたか、と。答えを求めて聞いたはずが、こちらが考えることになる。
2016年12月、Phase IV(Supervision Workshop)で、Pierpaola Volponesが Teach と Educate の違いを説明した。Teachとは手順を一つ一つ伝えて、生徒に手技を覚えさせること。Educateとは、生徒の良さを引き出す(eduは引き出すという意味)ためにどうしたらいいのかを、生徒に考えさせること。Paolaの教え方は、どちらかというと後者だった。
Giovanniの伝え方も、同じ側にある。質問で返すというのは、答えを持っていないからではない。答えを渡さないことが、教え方だったことになる。
同じトレーニングを受けたロルファーの鎌田孝美さんも、Giovanniについて同じことを書いている。質問に決して直接の答えをまずくれない、と。そして、それは相手に自分で探る間を与えるためだった、と(「ヨーロッパロルフィング Giovanni Felicioniという人」参照)。
答えを渡さないことは、間を作ることでもあった。
良さを認めるというのも同じである。既にあるものを見つけ、それを引き出す形で次の一手を示す。
伝える内容を情報共有に留め、相手が変わらなければというプレッシャーにならないようにする、というガイドラインも、同じ思想から来ている。変えるかどうかを決めるのは相手であり、伝える側ではない。
間を用意するということ
この記事は、フィードバックを次のように定義している。
「自分と相手との間に学習する時間やスペース(空間、間)を用意することで、お互いが有益になるようなもの」
同じ時期に、身体についても同じ語を使っている。Articulationとは身体内のスペースを広げる意識をもつことであり、スペースがあることに意識を向けると余計な力が抜けていく(「Articulationという言葉〜身体に空間を作るということ」参照)。
身体の内側にスペースを作ること。人と人の間にスペースを作ること。トレーニングを受けていた2か月の間に、同じ語で両方を書いていたことになる。
そして、これはGiovanniその人の主題でもあった。
孝美さんは、Giovanniを一言でいうならspaceを体現する人だと書いている。間が人を引き出すスイッチを押すということを、本人が自覚している。セッション中にわざと入れる間、クライアントとの境界の取り方、質問を質問で返して相手に探る時間を与えること。それらが同じ一つのことだった、という整理である。
観察しながら、いくら分析しても収まらない何かが引っかかっていて、それがスペースだとわかったのはだいぶ後になってからだった、とも書かれている。
この記事が公開されたのは2014年11月16日、孝美さんの記事は同年11月21日である。5日違いで、同じ主題が別々に書かれていたことになる。孝美さんの記事にも、その符合への言及がある。
受講中の私も、同じものを別々に書いていた。身体のスペース、フィードバックの間、そして講師の教え方。それが一つのことだったとは、当時は気づいていない。




