【R#362】呼吸と構造のダイナミクス─Tonic Functionと呼吸法から見る身体へのアプローチ(第2回)〜全3回・ヨガとの接点

はじめに

東京・渋谷でロルフィング・セッションと脳科学から栄養・睡眠・マインドの脳活(脳科学活用)講座を提供している大塚英文です。

この連載では、

「ヨガの練習をより深め、怪我を防ぎ、プレゼンスを高めるために、ロルフィングの視点から何が学べるのか?」

をテーマに、ヨガ実践者に向けたヒントを全3回で紹介している。

第1回では「身体の地図(ボディスキーマとボディイメージ)」を通して、感覚と構造のずれを見直すことが練習の安定につながることを伝えた。

第2回となる今回は、「呼吸」をテーマに、身体の深層に備わるTonic Functionを手がかりとして、ポーズの質を高め、怪我を予防し、より深くプレゼンスに入るための実践的アプローチをご紹介します。

Tonic Functionとは?

ロルフィングの動作改善のセッション(Rolf Movement)に大きな影響を与えたのが、ロルファーのHubert Godard(ウベア・ゴダード)だ。Godardは「トニックファンクション(tonic function)」という概念を提唱した。

トニックファンクションとは、重力との関係性において、身体がどのように協調しているかを示す考え方だ。ポイントは、重力の影響下で、どのような筋肉が働くのか?筋肉の機能的な側面に注目しているところだ。

Tonic筋とPhasic筋の違い

  • トニック(持続的・Tonic)に働く筋肉(トニック筋):重力に対して持続的(tonic)に活動し、姿勢の安定や軸の保持を担う。呼吸や立位保持など、無意識に継続される活動に関与。持続的に働き、筋肉は疲労を感じない。
  • フェイジック(一過性・Phasic)に働く筋肉(フェイジック筋):一過的(phasic)に活動し、主に動作、重量挙げや意図的な運動に使われる。歩く、手を動かす、ジャンプするといった動きの中で働く。筋肉はすぐに疲労を感じる。

肩こり、腰痛や、フェイジック筋が働きすぎの結果であり、できるだけ、トニック筋を働かせるのが理想。ヨガやロルフィングは、このトニック筋の感覚的・機能的活性化を促す技法である。

たとえば、ロルフィングでは、足裏の接地感覚を高め、内転筋や骨盤底筋群の再教育を通じて、 無意識に機能するトニック筋を活性化する。これにより、表層的なフェイジック筋に頼らず、 より深い安定感が生まれていく。

ヨガでも、例えば「タダーサナ(山のポーズ)」で足裏の均等な荷重を意識しながら呼吸をすることで、 脊柱起立筋や腹横筋といったトニック筋が自然に目覚める。

“Tonic function is not a posture but a coordination in gravity.” — Hubert Godard
「トニックファンクションとは、姿勢ではなく、重力の中での協調性である」

つまり、トニックファンクションとは、姿勢を固めることではなく、身体が重力に抗うのではなく、重力と共に調和して動く能力のことだ。

ヨガのアーサナでも、単に静止することではなく、呼吸と共に構造が動き続けることが求められる。

重力と協調するということ

ロルフィングでは、「構造が重力と調和したとき、身体は自然に癒える」とされています。

“When the body gets working appropriately, the force of gravity can flow through. Then, spontaneously, the body heals itself.” — Ida Rolf
「身体が適切に働くようになると、重力が流れはじめ、自然に身体は自己治癒を始める」

身体の奥には、動きと安定のバランスがあり、そのバランスがとれたときに「呼吸が通る」「動きやすくなる」「楽に在れる」という変化が生まれます。

呼吸は構造を語る

呼吸は、構造と神経系の状態を最も正直に表します。呼吸が浅い・止まりやすい・速いなどの状態は、交感神経優位の緊張状態姿勢のアンバランスを示している。

特に腹部の過剰な緊張、横隔膜の可動性の低下、首や肩の固まりなどは、呼吸の自然な波を妨げる。これはヨガのプラーナーヤーマ(呼吸法)でも重要視されている点だ。

しかし、ただ「深く吸う」「ゆっくり吐く」と意図的に行うだけでは、長期的な呼吸の質は変わらない。

呼吸とボーア効果──マキューンの理論

呼吸法の科学的側面として、パトリック・マキューン(Patrick McKeown)は『オキシジェン・アドバンテージ』などの著書で、呼吸と二酸化炭素の関係を詳細に解説しています。

“A reduction in carbon dioxide leads to decreased oxygen delivery to tissues.” — Patrick McKeown
「二酸化炭素が減少すると、組織への酸素供給も減少する」

これは「ボーア効果(Bohr Effect)」と呼ばれる現象だ。

  • 呼吸が速すぎたり、過呼吸になると、CO2が体内から過剰に排出される。
  • その結果、酸素が組織に届きづらくなり、慢性的な疲労や集中力低下を引き起こす可能性がある。

ゆっくりとした鼻呼吸や、息を止める練習は、CO2耐性を高め、呼吸の質を改善する。

たとえば、ヨガにおける「ナーディ・ショーダナ(片鼻交互呼吸)」は、 副交感神経を優位にし、二酸化炭素の保持能力を穏やかに高める方法の一つ。 また、「クンバカ(息の保持)」は、意識的にCO2濃度を高めることで、 酸素の組織への供給効率を改善するトレーニングともなる。

こうした伝統的な呼吸法が、現代の呼吸生理学とも一致することは、 実践と科学の架け橋として非常に興味深い。

呼吸・姿勢・プレゼンスの統合

ヨガの呼吸法(プラーナヤーマ)やロルフィングのタッチによる呼吸の再教育は、

  • 身体の深部感覚(interoception)を高め
  • 自律神経を整え
  • 「いまここに在る」ための内的空間をひらく

という共通の目的を持っています。

特に重要なのは、身体の深部感覚。

これは、内臓や筋膜、呼吸の動きなどを内側から感じ取る能力であり、自分の状態に気づき、調整するための“感覚の土台”だ。ヨガやロルフィングのような身体的実践は、この深部感覚を繊細に開き、外界との関係性ではなく、まずは内側とのつながりを築くことからプレゼンスを育てていく。

Jeff Maitlandは「プレゼンス」を「あるがまま」を現れると喩え、以下のように語っている:

“Right action arises when we allow what is to show itself.” — Jeff Maitland
「正しい行為は、“あるがまま”が立ち現れることを許したときに生まれる」

深い呼吸と構造的安定性は、この“あるがまま”を感じ取るプレゼンスへの入り口になる。

まとめ:呼吸とは構造との関係性である

  • 呼吸は「肺の運動」ではなく、「身体全体の協調運動」である
  • トニックファンクションは重力と調和する“協調性”としての姿勢を育てる
  • ボーア効果とCO2感受性は、呼吸の質と神経系に深く関係する
  • プレゼンスとは、呼吸が“起こる”ための空間を身体に取り戻すこと

参考文献

  • Hubert Godard(トニックファンクションの概念)
  • Patrick McKeown, The Oxygen Advantage(ボーア効果とCO2耐性)
  • Jeff Maitland, Embodied BeingSpacious Body
  • Ida Rolf, Rolfing and Physical Reality

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka