カテゴリ:「身体の科学|筋膜研究・エビデンス」

はじめに
腰が痛むとき、我々のほとんどは「筋肉」を思い浮かべる。凝った、張った、傷めた筋肉を。
近年、その見方に、別の視点が加わってきた。筋膜そのものが、痛みを感じ、時に痛みを生み出す組織である ── しかも、その下にある筋肉よりも敏感に感じるという知見だ。
私は、別のブログ記事で、筋膜を「炎症の起こる現場」という視点でまとめた。今回のブログ記事は、その続編にあたる。同じ「生きている」顔の、もう一つの側面 ── 痛みという現象に、免疫と神経の視点から考えてみたい。とりわけ、もっとも身近な悩みのひとつ、腰痛(low back pain、LBP)を手がかりに。一方で、その多くがまだ研究の途上にあることにも、注意していただきたい。
筋膜は、痛みを感じる ── 侵害受容器という装置
まず、痛みを感じるとはどういうことかを、押さえておく。
組織に危険が及んだとき、それを知らせる神経の終末を、侵害受容器(nociceptor)という。細い自由神経終末で、強い機械刺激、熱、あるいは化学的な刺激に応え、「ここが危ない」という信号を脊髄へ、そして脳へと送る。
問題は、この受容器が筋膜にも備わっているかどうかだ。答えは、備わっている。腰の筋膜 ── 胸腰筋膜(thoracolumbar fascia、TLF)── を調べた研究では、その組織が、痛みを伝える感覚線維(サブスタンスPやCGRPを含む侵害受容線維)によって、神経支配を受けていることが示された。その線維は筋膜の外側の層に多い。筋膜は、単なる包みではなく、痛みのセンサーを織り込んだ、感じる組織と見ることができる。
筋肉より、筋膜のほうが痛い ── 高張食塩水の実験
では、その痛みは、下にある筋肉の痛みと、どう違うのだろう。これを人で確かめた臨床報告がある。
健常な12名に、超音波でガイドしながら、背中の三つの層 ── 脊柱起立筋、胸腰筋膜(後葉)、そして皮下 ── に、それぞれ高張食塩水(痛みを起こす刺激)を注射し、痛みの強さ・長さ・質を比べた。結果、筋膜への注射は、筋肉や皮下への注射よりも、強く、そして長く続く痛みを生んだ。痛みの広がりや、痛みの「つらさ」の度合いも、筋膜のほうが上回った。
興味深いことに、被験者は、筋膜の痛みを「灼けるような」「ズキズキする」「刺すような」と表現した。これは、素早く伝わるA線維と、じわじわ疼くC線維、両方の侵害受容器が関わっていることを示唆する。腰においては、筋膜は、その下の筋肉よりも、化学的な刺激に敏感な組織だった ──「痛みの発生源としての筋膜」という見方が示唆される。
慢性腰痛と、滑らない筋膜 ── 人での知見
もうひとつ、慢性の腰痛と筋膜をつなぐ、人での臨床研究がある。
胸腰筋膜は、密な結合組織の層が、ゆるい結合組織の層をあいだにはさんで重なった構造をしている。ゆるい層があるおかげで、密な層どうしが、体幹を動かすときに互いに滑り合える。ところが、121名(12ヶ月以上続く慢性腰痛の71名と、痛みのない50名)を超音波で調べた研究では、慢性腰痛の人たちの筋膜は、この層のあいだの滑り(shear strain)が、およそ20%低かった。
なぜ滑りが失われるのか。異常な体幹の動きのパターンによるのか、それとも組織そのものの変化 ── 線維化や、配列の乱れ ── によるのか。おそらく、その両方が絡んでいる。ここで、炎症の記事で見た線維化の話が戻ってくる。収束しきれない炎症が、線維化を準備し、滑らかに滑るはずの筋膜を、癒着し、こわばった状態へと傾けていく ── 「滑らない筋膜」は、その帰結のひとつの可能性がある。
痛みが、痛みを呼ぶ ── 感作と中枢性感作
筋膜の痛みには、もう一段、深い層がある。痛みは、刺激の強さに、いつも比例するわけではない、ということだ。
まず、末梢で起こることがある。炎症を引き起こす物質(メディエーター)や、神経成長因子(nerve growth factor、NGF)といった物質は、筋膜の侵害受容器を感作(sensitization)する。感作された受容器は、閾値が下がり、ふだんなら痛くないはずの、軽い刺激にも反応してしまう。実際、人の筋膜にNGFを与えると、その部位の痛覚が敏感になることが示されている。炎症の火種が、痛みのセンサーを、過敏にしてしまうのである。
さらに、中枢でも起こる。人の胸腰筋膜を高頻度で電気刺激すると、その後、痛みが増幅される ── 神経回路の「長期増強(long-term potentiation、LTP)」に似た現象が観察された。これは、痛みの信号が、末梢だけでなく、脊髄や脳のレベルで増幅されうることを示す。慢性の痛みでは、痛みを伝え、処理する回路そのものが、変わってしまうことがある ── これを中枢性感作(central sensitization)という。
だからこそ、慢性の腰痛は、「組織がどれだけ傷んでいるか」の大きさだけでは、説明しきれない。痛みは、組織と、神経と、そして脳の、共同の産物なのである。
筋肉痛は、じつは筋膜の痛み?
もうひとつ、身近な例を挙げておきたい。運動の翌日などに訪れる、遅発性の筋肉痛(delayed onset muscle soreness、DOMS)だ。
「筋肉痛」と呼ばれてはいるが、その痛みの出どころは、本当に筋肉なのだろうか。腰部のDOMSを詳しく調べた研究では、その痛みの質のパターンが、筋肉の求心性線維よりも、むしろ筋膜の求心性線維の感作を示唆した。つまり、慣れない運動のあとに感じる「筋肉痛」の少なくとも一部は、じつは筋膜からの痛みなのかもしれない ── 動物とヒトの双方で、伸張性の運動のあとに筋膜由来の痛みが増すことも、報告されている。
動くこと、触れること ── どこまでが言えるのか
では、この知識は、痛みとの付き合い方に、何を示すだろうか。ここは、慎重に、控えめに述べておきたい。
もっとも確かなことから言えば、非特異的な腰痛に対して、「動きを保つこと・適度に運動を続けること」が助けになる、というのは、比較的よく確かめられた知見だ。炎症の記事で見たように、組織を穏やかに伸ばすことが結合組織の炎症の収束を後押ししうること、そして慢性腰痛で筋膜の滑りが失われていること ── これらを重ねると、「滑りと動きを取り戻す」働きかけが、理にかなった方向に見えてくる。
手技によるボディワークも、組織を変形させ、滑りに働きかける刺激ではある。
ロルフィングが、筋膜の連続性や滑走、そして動きの再教育を大切にするのも、この地図の上では、腑に落ちる。しかし ── ここが肝心なのだが ── 手技が腰痛を「治す」という直接の証拠は、まだ確立されていない。仮に痛みがやわらぐとしても、その理由は、組織が物理的に変わったからとは限らず、神経系のはたらき(過敏さや、動きへの怖れ)が変わったから、という可能性も大きい。言えるのは、これらの見方が響き合う、ということまでだ。
誠実な限界
魅力的な主題だからこそ、線を引いておきたい。
第一に、「筋膜が痛みに関与しうる」ことと、「筋膜が痛みの主因である」ことは、まったく別だ。腰痛の多くは、原因を一つに特定できない非特異的なもので、椎間板・関節・筋・神経・生活習慣など、多くの要因が関わる多因子の現象である。筋膜は、その一つの登場人物にすぎない。
第二に、慢性の痛みは、末梢の組織だけの問題ではない。中枢性感作や、不安・ストレス・睡眠・信念といった心理社会的な要因が、大きく関わる(生物心理社会モデル)。「筋膜さえ整えれば痛みが消える」という単純な話ではない。
第三に、手技や運動が痛みをやわらげるとしても、その機序は、組織の変化とは限らず、神経系を介したものである可能性が高い。ロルフィングを、腰痛の治療法として位置づけることは、現時点では正当化されない。
第四に、ここで紹介した人での研究は、まだ数が限られている。胸腰筋膜を超音波で測る手法も、標準化の途上にある。
なお、痛みが強い、長く続く、あるいは脚のしびれや力の入りにくさ、発熱などを伴う場合は、まず医療機関で診てもらうことが第一である。筋膜の話は、そうした受診に代わるものではない。
それでもなお、「筋膜は、痛みを感じ、時に痛みを生む、生きた組織である」という事実は ── そして「動くこと・触れること」が、その痛みの回路に関与しうるという可能性は ── 痛みとの付き合い方に、一つの示唆を与えてくれる。
おわりに
筋膜は、感じている。そして時に、痛んでいる。
痛みは、敵ではない ── それは、何かを知らせようとする、身体からの信号でもある。組織と、神経と、脳とが織りなすその信号に、動くことと、触れられることが働きかけていく。痛みを、ねじ伏せる対象としてではなく、対話の相手として眺め直すこと。そのための一つの手がかりとして、「痛みの発生源としての筋膜」という見方が、役に立つのかもしれない。
参考文献
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大塚英文(Ph.D.)|認定アドバンスト・ロルファー™/ロルフ・ムーブメント・プラクティショナー
東京大学大学院医学研究科博士課程修了。外資系製薬会社でメディカル・マーケティング業務に従事した後、2015年より渋谷でロルフィング®セッションを提供。「科学と実践の統合」をテーマに活動。
