4回の移転とレンタル

ロルフィングを仕事にして(第3回)

2015年6月に渋谷で開業してから、セッションの部屋を4回移った。渋谷の桜丘に3か所、恵比寿に1か所。そのほかに、イベントの場として綱島を持っていた時期がある。

場所が変わっても続けてこられた理由の一つは、最初の部屋を借りたときから、セッションのない時間に部屋を貸すと決めていたことにある。部屋を選ぶ基準と、レンタルが事業をどう支えたかを書いておきたい。

最初の部屋(2015〜2017年)

2015年6月1日、渋谷駅から徒歩5分圏内の部屋に出会い、1週間以内に契約した。広さは40平米で、ヨガマットを6枚広げられた。開業の前に先輩のロルファーから聞いた施術室を独立して確保することを、ここで形にした。

契約は当初1年だったが、建物の改築の予定が延びたことで、2度延長になった。最終的には2017年6月30日までとなり、2年間、腰を落ち着けてセッションを提供できた。個人事業主としては、ある一定期間場所を確保するのは大切だということは日々実感していると、1年目の終わりに書いている。

2016年には、部屋を1つ増やした。セッションを受けやすい体制を整えるためである。

最初から考えていたレンタル

開業したときから、セッションが入っていない時間には、部屋の一部を貸すと決めていた。料金は渋谷付近の同じような部屋より低くした。部屋にはパンフレットがあり、借りた人のお客さんの目に触れる。借りてくれる人が、活動を応援してくれる仲間にもなる。

ほとんど告知していないのに、知り合いを通じて、ヨガやピラティスの指導者、ロルファーの利用が増えていった。2021年の時点では、月に20〜30枠を、ロルファーや鍼灸師を含むボディワーカーに貸しており、それまでに8名が借りてくれていた。

レンタルは、施術家に7年半にわたって続けた。借りてくれた人たちのおかげで、家賃を払い続けることができた。6周年のときに、こう書いている。

「最初から、レンタルを想定して部屋を借りることで、ビジネスが厳しい時に支えとなった。」

2つ目の部屋(2017〜2019年)

最初の部屋の契約の満了を前に、2017年の初めから次の場所を探した。考えたのは、「どういった人たちに集っていただきたいのか?」という点である。志を同じくする仲間が気軽に集えること。料理を含めたイベントを開けること。レンタルにも応じられること。そして、渋谷駅から徒歩5分以内であること。

2017年4月4日、友人からの連絡をきっかけに、渋谷駅の西口の近くの不動産屋へ内見に行った。事前に目をつけていた新築の1LDKが、提示された物件の中にあった。最終的に確保できたのは10階の部屋で、ロルフィングの10回セッションと同じ数字だった。以前より渋谷駅に近い。

寝室とリビングが分かれていて、2つ同時にセッションができる。レンタルも続けられる。キッチンの道具もそろえ、人が集まれる場にした。4月18日から新しい部屋で活動を始め、5月29日に最初の部屋から荷物を運び出した。2つの部屋が1つになり、よりコンパクトになった。

この部屋では、料理のイベントや、2017年12月に始めた読書会を開いた。最大で30名近くが集まったこともある。ただ、人が集まる場としては、狭さが目立つようになっていった。

恵比寿の部屋(2019〜2022年)

2019年3月26日、恵比寿・代官山に移った。12階で、エレベーターがあり、階段が難しい人も来られる。和室とリビングがつながっていて、襖を開けると最大で20畳近くになる。プロジェクターとスクリーンを使い、セミナーや読書会を開いた。

施術に使える部屋は2つで、どちらも貸し出した。2020年からのコロナ禍で、セッションが減った時期にも、レンタルは続いていた。

恵比寿での営業は、3年10か月近く続き、2022年12月29日に終えた。

セッションは渋谷、イベントは綱島(2023年〜)

恵比寿の部屋の2度目の更新を前に、場所を2つに分けることにした。セッションは渋谷、イベントは綱島である。2023年1月5日に引っ越し、1月6日から渋谷で営業を始めた。渋谷の部屋は、開業のときと同じ建物にある。

綱島では、2023年1月から2025年11月まで、読書会を35回開いた。駅から徒歩15分の場所だったが、「決してアクセスがいいわけではない場所にも関わらず、多数の方にお越しいただいた」。

2026年1月、3年住んだ綱島を離れ、渋谷に戻った。

2026年7月からは、渋谷の部屋でレンタルを再開した。いまは2名が借りてくれている。

まとめ

部屋を選ぶときに考えてきたのは、セッションができることに加えて、人が集まれること、そしてレンタルができることだった。最初の部屋を借りたときから貸すことを前提にしていたので、セッションが減った時期にも家賃を払い続けられた。場所を変えながら続けてこられたのは、その支えがあったからでもある。

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12年の集客と事業の記録は、ロルフィングを仕事にして──集客と事業の記録にまとめている。

この記事のもとになった記録

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka