はじめに
年末年始、集中内観(詳細は「集中内観に参加して(1)〜自分をありのまま認めること、手放すこと、今ここに集中すること」参照)に取り組んでからあっという間に1か月半が過ぎた。
集中内観後に、参加したメンバー4名と「パンドラの箱」というLINEグループを作り、情報交換している(日常内観の取り組みについては「集中内観に参加して(2)〜「ご迷惑をかけたこと」についての気づき」に書いた)。
現在、内観で気づいたことを、ロルフィングのセッションにも取り入れている。
心と身体は繋がっている
そもそも「心と身体は繋がっている」。心の状態は身体の状態を反映するので、「自分の心や身体がどのような状態なのか?」を知ること。そして、身体の方がわかりやすいので、私はロルフィング=身体から心へアプローチしている。
一方で、心からは、適切な質問をすることでアプローチできる。
「ご迷惑をかけたこと」を問う
今回、年末年始に取り組んだ集中内観では、「相手にどれだけ負担をかけているのか?」=「ご迷惑をかけているのか?」ということを問いかけることの大切さを学んだ。
そもそも、人間は他人抜きに生きていくことができない。それを意識していないと、色々と起こりうる。内観では、家族の中に自分が迷惑をかけていることをわからない人がいると家庭がめちゃくちゃになるという話や、非行に走る人には人に迷惑をかけているという意識がないという話を聞いた。
それだけではない。自己中心的、エゴの強い人は、「ご迷惑をかけている」の視点から考えることもできる。
何もかも自分で選んで人生を歩んでいる人が自己中心的と捉えがちだが、外から全て与えられていて、自分が何も決断しないままの人と、内から自分で全て計画して、自分で全てを決断している人では、同じ自己中心的であっても意識が違ってくる。
というのも、他人が考えている自己中心的な行動と、自分が考えている自己中心的な行動には違いがあり、自分で決断している人は、他人目線で見ることができるので、他人が考えている自己中心的な行動を慎む傾向があるからだ。
内観をすると、相手の立場で物事を見られるようになる。だから司法試験にも受かりやすくなる、という話も聞いた。試験と結びつけるのが本当かどうかは分からないが、相手の立場に立つという部分は、内観で繰り返しやっていることそのものだ。
WHYではなく、HOWで問う
内観の素晴らしさは、嘘や盗み、ご迷惑という、普段自分に課すことのない質問をすることで事実を見ていくところにある。
ただ、事実に直面した際、感情(自己嫌悪、自己逃避)が出てくると、「なんで私はこういう人間なんだろうか?」というWHYの質問になり、現実から逃げていく形になる。
それをいかに受け入れて、「どのように自分の個性を生かしていくのか?」(=HOW)、ご迷惑をかけたことを事実ベースで考えると、考え方が変わっていく。
まとめ
私のロルフィングのセッションは、コーチング、内観の見方、ボディワークをセットにして進めていく。適切な質問をしつつ心の問題の解決の糸口を持ちつつ、身体のセッションを行うことで、身体の整い具合が変わっていくからだ。
2026年9月の注記
集中内観は1週間ある。そのあいだ、外部からの情報は遮断される。本も電話もスマートフォンも持ち込めない。屏風で囲った半畳ほどの場所に座り、1時間半に一度、面接があって、何を思い出したかを話す。
面接では、こちらの話を否定されない。批判もされない。徹底して受容される。
カウンセリングを60回受けるような印象があった。いまもその印象は変わらない。
この記事で書いている区別についても、後から確かめられたことがある。
事実に直面したときに「なんで私はこういう人間なんだろうか」という問いが出てくると、現実から逃げる形になる。そうではなく「どのように自分の個性を生かしていくのか」という問い方に変えると、考え方が変わっていく。内観で教わったのは、そういうことだった。
同じ区別を、コーチングの側からも持っていた。初回のカウンセリングについて書いた記事を2026年に手直ししたとき、原因を追究する問い方をすると、状況の説明と自己正当化に向かってしまう、という書き方に改めている。内観とコーチングは別の場所で学んだものだが、問いの向きについては同じことを言っていた。
もうひとつ、この記事の締めに「コーチング、内観の見方、ボディワーク」と並べている。
いま読み返すと、内観だけ性格が違う。コーチングには問いかけ方という技術があり、ボディワークには手技がある。内観には、セッションの中で使う手順がない。にもかかわらず、セットにして進めていく、と書いている。
2025年のアドバンスト・トレーニングで、技術よりも在り方が問われる、という言い方を繰り返し受け取った。ニュートラルであること、相手に関心を持ちながら結果に執着しないこと。手順ではなく、施術者がどういう状態でそこにいるか、という層の話である。
内観は、その層にある。だからセッションの手順を説明するときには出てこない。2019年の暮れに、その年の取り組みを3つ書いたことがあるが、そこにはエネルギーワークと可動域の評価とロルフィングの手技しか並んでいない。内観の名前はない。手順を並べた文章だったからで、やめたわけではない。
いまも続けている。続けていくと、いい意味で自分勝手になる。自分の軸がはっきりしてきて、好き嫌いもはっきりする。相手の立場から物事を見る訓練をしているのに、結果として出てくるのは、自分の側が明確になることだった。







