はじめに
東京・渋谷でロルフィング・セッションを提供している大塚英文です。
この連載では、
ヨガの練習をより深め、怪我を防ぎ、プレゼンスを高めるために、ロルフィングの視点から何が学べるのか?
という問いを軸に展開してきた。
第1回では「身体の地図(ボディスキーマ)」を、第2回では「呼吸とTonic Function」をテーマに扱った。最終回である本稿では、「スペース(空間)」というキーワードを中心に、ヨガとロルフィングの深いつながりを探っていく。

ヨガは「長時間座る」ための身体訓練である
私自身、2006年からアシュタンガ・ヴィンヤーサ・ヨガを継続するなかで、最初に師であるタリック・ターミ(Tarik Thami)氏から教わったのが次の言葉である。
ヨガの目的は、身体に負担なく20分間座ることができるようになること
この言葉は、私のヨガ観を大きく変えた。ポーズとは柔軟性を高めるための運動ではなく、坐るための“構造”を整える身体訓練であり、瞑想の準備であるという明確な意図を持っていた。
なぜ「身体に負担なく20分間」なのか。それは、内面を観るためには、身体の構造的安定と感覚の静けさが必要不可欠だからである。身体が不安定であれば、意識は痛みや不快感に引き戻され、瞑想に入ることは難しい。
しかし現実には、「座るのがつらい」「肩や腰が痛む」「呼吸が浅い」といった声を多く耳にする。これらの問題の背景には、構造的・感覚的な統合の不足がある。
Ida Rolfによるヨガの解釈──空間をつくる
この視点をさらに深めるために、ロルフィング創始者アイダ・ロルフの解釈を紹介したい。
“The principle aim of yoga asanas is to increase the space at bony interfaces (joints).” — Ida Rolf
「ヨガのポーズの主要な目的は、骨と骨との間(関節)にスペースをつくることである」
“Slowly she realized that the asanas did not achieve length and separation of the joints…”
「彼女は徐々に、ポーズによって関節のスペースが広がるどころか、むしろ収縮することが多いと気づいた」
ロルフは、ポーズの反復が無意識である場合や、過剰な柔軟性を追い求める場合、関節や筋膜が縮まり、構造的自由が損なわれるリスクがあると警鐘を鳴らしている。
ヨガにおけるスペース──duhkhaとsukhaの身体哲学
2013年に日本で開催された、ヨガ・インストラクターのLeslie Kaminoff氏によるワークショップ(Under the Light Yoga School主催)に参加した際、私が深く印象に残っているのが、sukha(スカ)とduhkha(ドゥッカ)というサンスクリット語の解説である。
「sukhaとは“good space”、duhkhaとは“bad space”である。ヨガとは、sukhaを広げ、duhkhaを狭める実践である」
ここでいう “kha” は「スペース(空間)」を意味する。
- duhkha(ドゥッカ):スペースが窮屈な状態(=苦痛、苦しみ)
- sukha(スカ):スペースが開いている状態(=快適さ、自由、呼吸しやすさ)
仏教における「苦(dukkha)」の語源もここにある。
Kaminoff氏の「ヨガとは、身体内にスペースをつくり、呼吸をしやすくすること」という言葉は、ロルフィングの視点と響き合う。スペースがある身体こそ、呼吸が深まり、坐ることが可能になる身体なのである。
スペースを失うポーズ──構造の誤解がもたらすduhkha
現代のヨガ実践において、「見た目の完成度」が目的化されることが多く、結果として身体の内側のスペースが失われている場面を多く目にする。
たとえば以下のような例である:
- ダウンドッグでかかとを床に無理に押し付けることで、腰椎が圧縮される
- 前屈で頭を膝に近づけようとして背骨が潰れる
- 鳩のポーズで骨盤の非対称性が強まり、股関節の可動が制限される
これらは、“sukha”ではなく“duhkha”を生むポーズの使い方であり、本来の目的から逸れている。
ロルフィングとArticulation──“間”の知覚がスペースを呼び覚ます
私がミュンヘンでロルフィングのトレーニングを受けていた際、解剖学用語として頻繁に用いられていたのが「articulation」という言葉である。
同じく「関節」を意味する「joint」との違いは明確である。
- joint は「接合、繋ぐ(join)」という語源を持ち、「骨と骨の接点」として構造を閉じる方向に働く
- articulation は「間、分節、明確にする(articulate)」という動詞から派生し、空間の存在を前提とする語である
ロルフィングでは、身体の中に“間”をevoke(喚起)することで、余計な筋緊張が自然と抜けていくことを重視する。
「構造的に正そうとする」のではなく、「空間があることに気づく」ことで、動きも呼吸も自然に整っていく。これは、筋肉を「使って」正そうとするのではなく、構造が整った状態に「在る」とき、自然に整っていくプロセスである。
私の体験──スペースの変化がプレゼンスを支える
私自身の実践においても、ロルフィングによる構造の調整とヨガの練習を組み合わせることで、ポーズ中のスペース感覚が大きく変化した。
- 背骨を力まずに伸ばせるようになり、呼吸が止まらなくなった
- 骨盤下に“土台としての空間”を感じられるようになり、坐位が安定した
- 肩や胸郭が広がり、視線と意識が内側に自然と向くようになった
これらは、関節の開放だけでなく、内的スペースの喚起によって実現された変化である。
プレゼンスとは、「姿勢が正しいこと」ではない。スペースがある状態に“在る”こと、それがヨガとロルフィングに共通する身体のあり方である。
まとめ──ヨガとロルフィングに共通する、“スペースをひらく”という知恵
- ヨガは、sukha(自由なスペース)を育て、duhkha(窮屈な空間)を解放する実践である
- ロルフィングは、身体構造にarticulation(間)をもたらし、緊張のない統合状態へ導く技法である
- スペースは、形の中に生まれるのではなく、「構造と意識」が協調したとき、内側から現れる
- プレゼンスとは、開かれたスペースに自分を置く能力であり、「今ここ」に自然と還る身体の状態である
- 身体に負担なく20分間坐ることは、瞑想が自然に“起こる”ための構造的条件である
構造が整い、スペースが広がるとき、呼吸は深まり、意識は静まり、プレゼンスは“努力なく起こる”。ヨガとロルフィングは、その「スペースの再発見」を共に導く道なのである。
参考文献
- Ida Rolf, Rolfing and Physical Reality
- Jeff Maitland, Embodied Being, Spacious Body
- Patanjali, Yoga Sutras