この記事は、2015年8月から9月にかけて書いた5本を、2026年9月に1本へまとめたものである。モノ・仕事・身体の3つの整理、聴くときの情報の絞り込み、自己受容感、人との関わり方、そして古いパターンと新しいパターンを扱っている。末尾に2026年の注記を置いた。
3つの整理
私は定期的に棚卸しをしている。モノの整理、仕事の整理、身体の整理の3つである。
モノの整理を徹底的に行ったのが2014年7月29日。世界一周する前に、奥沢駅の近くで借りていたマンションの中の荷物の断捨離を行った。長年使用していたダイビング器材、ベッド、本棚、ヨガ収納用のラック。本の電子化を済ませることにより書籍等を処分した。
結果として、衣服を含めた荷物(13kg)、ヨガマット(3kg)、PCと一眼レフカメラ(9kg)の合計25kg以内に収めて旅に出ることができた。
次に仕事の整理。自分の仕事と他人がやるべき仕事は何か、という側面で仕事を見ることである。
岸見一郎氏と古賀史健氏の『嫌われる勇気』では、対話形式で、デール・カーネギーやスティーブン・コヴィーの考えに影響を与えた心理学者アドラーの考えが述べられている。
アドラーは、すべての悩みは対人関係の悩みであるといい、これは誰の課題なのかという視点で悩みを見ることが大切だという。他人の問題に首を突っ込みがちだが、他人の問題は他人に解決を任せ、自分が本来解決すべき問題に集中するということである。
自分の問題に集中する際には、自己肯定よりも自己受容が重要だという。変えられるものと変えられないものの見極めである。
自己肯定は、できもしないのに私はできる、私は強いと、自らに自己暗示をかけること。自己受容は、仮にできなかったとしたら、そのできない自分をありのままに受け入れ、できるようになるべく前に進むこと。
この見方は、自分の仕事と他人の仕事を分けて整理する際に役立つ。それを考える一助になるのは履歴書だった。意識するようになったのは外資系の製薬業界に入ってから。いつ次の就職先を探さなければならないのか行く末が見えなかったこともあり、LinkedInを使って定期的に履歴書を書き換えていった。履歴書の書き換えを通じて、自分の働き方の適性を理解する上で大きな一助になった。
そして身体の整理。定期的にヨガを通じて自分の身体と向き合っている。ここでの身体には、体と心の両方を含めている。
モノの整理が身体感覚に効く
ロルフィングのトレーニングを始める前、2010年6月から学んでいるタロットカードリーディングやコーチングを通じて、対面セッションを500人近く体験した。
興味深かったのは、500人のうち半分以上の人たちが片付けをしっかりとできていないことだった。
直感や五感を含めた身体感覚は、モノがどれだけ整理されているかによって発揮される。モノが散らかっていると、頭も散らかっている。自分自身が見えていない人、恋に悩んでいる人、執着を持っている人は、その感覚が鈍っている。
断捨離という観点から、心を整理することが効率が良いことがわかった。
自己受容感
次に確認するのが、自己肯定感や自己受容感である。
自己肯定感の高い人とは、自分自身を肯定できる人。自分自身のいいところ・悪いところを「あるがまま」に受け入れられている人のことだ。自己肯定感の高い人は、自分との関係がしっかりしているため、他人の意見に動じることが少なくなる。逆にこの意識が低いと他人の意見に振り回され、周囲に合わせ、自他を比較する。今までの様々な人との出会いから、自己肯定感の高い人と低い人の割合は、経験上1対10という割合になっている。
自己肯定感の基礎があって初めて自信が身につくと思うが、松本正著『あるがままの自分を生きていく』によると、自信には「根拠のない自信」と「有能感からくる自信」という二つがある。根拠のない自信はシンプルに自分を信じること。有能感からくる自信は、仕事を通じて達成することで身につくもの。
最近、私は自己肯定感という言葉に違和感があり、無理してポジティブになっているという印象がある。あるがままの自分を受け入れることのできる、自己受容感という言葉のほうがしっくりくる。
自己受容感を取り戻す場合には、どのようなアプローチが大切になるのか。私が一番注目しているのは関係性である。タロットを見る際に、よく親との関係を見る。そして、親と一対一で会って「ありがとう」という言葉を通じて感謝したことがあるか、と聞く。この言葉は関係を一度終わらせる秘訣で、非常に効果のある言葉だ。私自身はそれを「卒業」という言葉で呼んでいる。
吉福伸逸氏の『吉福伸逸の言葉』を以前に紹介したことがあるが、自分と他人との関係を見る「関係性の力」が最も大事だからである(「心の4レベル」参照)。
これには、母、父、兄弟姉妹、同輩、自然を含む社会との5つの関係が想定されている。興味深いのは、吉福氏がこの関係性には健全な関係がないと極論している点だ。健全な関係を築く場合には「別れ」が肝心で、別れるためには本格的な出会いをする必要があるという。
親と子は、親子関係という形で出会っているが、子供は母や父という役割を担った人間の側面としてしか見ておらず、一人の人間として対峙していない。子供の目から父母を一人の人間として出会う。それが本格的な出会いの意味である。それができるようになれば、これまでのような強い執着や拒絶から離れ、自己受容感にもつながっていく。
情報を絞り込む
整理の対象には、情報もある。
帰国してから、約20人のタロットカードリーディングと約40回のロルフィング・セッションを行ってきた。人の話を聴く際に、どのような工夫をしているのか。
強調したいのは、相手には最小限の情報を与え、相手が答えを出すために考える時間と心のスペースを用意するということ。そして、相手のことを完全にわかるという前提で接するのではなく、この人については私はまったく分かっていない、という新鮮な眼が前提だということ。私はそれを、心がニュートラルな状態と表現している。
ロルフィングやタロットでコミュニケーションをとっていると、自分はこの人のために役立てよう、この人にどういった情報を与えたらいいのだろうか、こういった情報を与えたほうがいい、といった考えが思い浮かぶ。今回も必ずと言っていいほど様々な考えが出てきた。その場合には、自分の内面に入りすぎと考えていいと思う。いわば自分の考えと他人の考えの区別ができなくなってしまう状態である。結果、相手がどのようなことを考えて、どういった課題を持っているのかを見失ってしまう。
ロルフィングのトレーニングでは、身体観察を行う際に、目に頼り身体を観察すればするほど情報量が増えてしまい、大切なものを見失ってしまうことがある、ということを取り上げた(「Body Readingと情報の寡多」参照)。
情報量が多すぎると、ロルフィングの技術について様々なことを学ぶので、その人を見ることをせず技術偏重に走って、結果的にその人のためにならないセッションになってしまう。対策は、目的をはっきりさせながら、情報を絞り込んでいくことだ。トレーニング期間中は、それをLess is Moreと表現していた。最小限の施術で最大限の効果が得られることへつながる。
これは、人の話を聴くときも同じである。相手が自分の内面に入り、自分で解決策を見つけ出す手助けをすることが重要になる。できるだけその人の話を聞いて、相手のガイド役となることだ。
会話に集中し、気になったことを質問すること、直感で思い浮かんだことを問いかけてみることを行う。その結果として、情報が自然に絞り込まれていき、見えてこないことが見えてくるようになる。そして、相手が自分の言葉で自分の状態を語り、必要とする解決策を自分で見つけることができれば大成功といえる。
自分の内側に入りすぎないため、そして相手と対峙するときの外側の情報に振り回されないためにも、ニュートラルな状態を心がけることが肝心だ。自分の内面をしっかりと見つめる上で、身体を調えていることが一つの手助けとなる。
なぜ自分の身体を調えることが重要かと感じたかというと、人の話を聴いていると、予想以上にエネルギーが使われるからだ。自分の内側がしっかりと見えている状態で、相手にも入りやすいスペースを作ること、その上で相手の中にもしっかりと飛び込むことで情報をキャッチするという、自分の外側とのバランスが調っている必要があると分かってきた。
その対策として、ここ1年はロルフィング、ヨガ、瞑想、靈氣などを通じて、身体をどのように調えていったらいいのかを探っていった。
ヨガやロルフィングを通じて、自分の身体の緊張がどこにあるのかがわかってきて、自分の身体の状態を把握した。瞑想を通じて、自分の内面に入りすぎないような方法を学んだ。靈氣を通じて、外側に意識を向けすぎないよう、そして自分の内側にいかにして戻ってきたらいいのか、そのさじ加減がわかってきた。
そのため、以前は話を聴くことで多くのエネルギーを使っていたのだが、最小限のエネルギーで済むようになった。
心がニュートラルというのは、いわば意識が内側と外側にバランス良く同時に向いている状態である。
交換型と循環型
人と会うことについても書いておきたい。
最近、頻度を高めて人に会うようにしている。自分の世の中に対する考え方を広めるというのが一つの大きな動機であり、結果としてロルフィングに興味を持っている人と出会えればいいと考えている。
2008年のスキューバ・ダイビングから始まって、ヨガ、心理学から派生してきたNLP、CTIのコー・アクティブ・コーチング、茶道、書道、タロット、中国語、ジャズ鑑賞や読書会などに関心を示すようになった。関心の輪を広げるのは大事だが、いい人を引き寄せるには「誘われやすい人間になる」ということが重要だと思う。新たな友人と出会って、今後仲良くしていきたいと思った場合、次の誘いは断らない。これが結果的に、人とのつながりを飛躍的に増やすことになる。
世界一周から帰ってきて、信頼を得るということの大切さを日々感じるようになってきている。きっかけを与えてくれたのは、ミュンヘンのPhase IIで教わったGiovanni先生だ。
Giovanni先生の相手への距離感の取り方が絶妙で、人に対して指導するときに、このような見方をしているんだね、それも素晴らしいが、このような見方をしてみたらどうか、といった、相手の考えを信頼した上での提案型だった。悩みを抱えているときにはサポートに入り、場を和ませる。自分の技術を信じること、失敗することは学びの一つのプロセスであること、努力は報われていくことを、見本でもって示す。信頼を得ることで能力は磨かれていくようなクラスの雰囲気があった。私のロルフィングの能力が開花したのは、間違いなく彼のトレーニングに対する姿勢が大きい。
信頼を考えることで、人には大きく分けて2つのタイプがあることに気づくようになった。友人との会話の中で生まれた言葉だが、その人から何かを得ようと考えながら打算的に動く「交換型の人間」と、見返りを求めず自分のできる限りのものを与え、循環して最終的に自分のところに戻ってくるという「循環型の人間」だ。
会社という営利組織に所属していた関係上、交換型の人間と接する時間が自ずと長くなる。一方で、旅というのは、年齢や肩書き関係なく、他人の目を気にせずに相手をこういう人間なのだと判断することなくオープンに接するようになる。逆に、打算ではなく、その人が信頼できるか否かで判断されるといってもいい。信頼の上でお互いに自分のものを与え合うので、旅や仕事から離れている期間中は、循環型の人間と接する機会が自ずと増えていった。
コーチングは、人の話を聞いて、その人のポテンシャルを上げるためにどうしたらいいのかを考える一つの手段である。その中で、DOINGとBEINGを分け、BEINGにフォーカスする。DOINGは何をするか、BEINGは自分がどうあるべきか。BEINGという無意識になりがちな価値観に働きかけることによって、意識に上るDOINGが自然に変化するというのがコーチングの本質だ(「Sensing・Doingとコーチング〜CTIの教育システムから考えてみた」参照)。
この視点で考えると、交換型の人間はDOINGに力点、循環型の人間はBEINGに力点をそれぞれ置いていると思う。人はどちらかに分類されるというわけではなく、どちらの割合が大きいのか、そのバランスを身につけていくことが大切である。
古いパターンと新しいパターン
ロルフィングは、身体のバランスを整えて、その人本来の力を発揮することを目指していくところに特徴がある。
トレーニングでは、施術する前に相手が持っていた古いパターン(old pattern、古い動きの習慣)と、施術後の新しいパターン(new pattern、施術の結果として生まれた新しい動きの習慣)という二つの言葉が使われることがある(「古いパターンと新しいパターン」参照)。
ここで注意していただきたいのは、パターンに「正しい」「間違い」ということはないことだ。新たな選択肢を与えられると考えたほうがわかりやすい。
古いパターンと新しいパターンのあいだでクライアントが迷う場合には、Negotiation(交渉)やRe-negotiation(再交渉)の余地があり、セッションを積み重ねつつ、対話を通じて徐々に新しいパターンを受け入れていく。イメージとしては、古いパターンを徐々に片付けて、新たに新しいパターンで身体を整理するという、身体の再教育、あるいは身体の新たな仕組み作りを行っていくようなものだと思う。
考えてみれば、身体は自分一人で今のパターンになったわけではない。親のしつけ、学校の教育、社会に出てからの社会人としての心構えなどを通じて身につけたものである。それを新しいパターンという選択肢を通じて変えるということは、身体を通じて心を変えていく作業といってもいいのではないかと思う。
交換型であれ循環型であれ、一種のパターンであると考えると、そこにも善悪はないように思う。
最終的に、筋肉を自然にリラックスさせて、必要なときだけ力を発揮できるような身体へと変化していく。ロルフィングの施術を通じて身体の余計な緊張が取れていくことからでもあるが、各々のセッションはテーマに沿って行われるもので、そのプロセスを通じて身体が整理され、新たな仕組みができるような感覚になっていく。
身体地図
日常生活のなかで習慣化された身体の動きには、無意識のうちに頭が作り出していく「地図」のようなものがある。
身体の姿勢や身体を構成するパーツを、なぜ自分で認識することができるのか。それは人間には身体地図(body map)があり、地図を頼りにどこに何があるのかを知ることができるからだ。
その身体地図には2種類ある。ボディスキーマとボディイメージだ。ボディスキーマとは、脳が様々な外部情報を集めることで無意識的に作られる身体地図。ボディイメージは、育った環境、文化等の主観的なイメージによって作られる地図である(「身体地図と幻肢」参照)。
以前、例として女性のケースを取り上げた。その人は「南米の女性らしくなりたくない」というボディイメージを持っているためか、胸を隠すという無意識な姿勢(ボディスキーマ)に現れていることが明らかとなった(「Case Presentation(2)〜セッション7を終えて」参照)。
ロルフィングが行っているのは、ボディスキーマで無意識になっている身体地図を意識化し、新たな選択肢(新たなパターン)を提示することによって、身体地図を少しずつ書き換えていくことだ。そのことで、ボディイメージが変わることを期待する。できることをすることで、ボディイメージに変化を与えること。これが自己受容感にもつながっていくように思う。
心へのアプローチとしては、私はモノ、身体、言葉の順番で効果があると実感しているが、身体へのアプローチはこれからますます進むような予感がする。
2026年9月の注記
この回は、モノ、仕事、情報、身体という4つのものを扱っている。当時は別々の話として書いていたが、やっていることは一つだった。整理する、である。
Less is Moreは情報の断捨離であり、古いパターンと新しいパターンは身体の断捨離にあたる。この整理の話を続けて書くきっかけになったのも、ヒロさんが「ロルフィングというのは体の断捨離だと思う」とコメントをくれたことだった。
そのうえで、末尾に順番を書いている。心へのアプローチとしては、モノ、身体、言葉の順番で効果がある、と。
11年後、この順番は変わった。
そもそも自分が経験したことしか相手に伝えられない。そして相手に伝わるのは、自分の在り方のほうである。だとすれば、モノを片付けることから始める形にはならない。いまは身体が最初にある。
もっとも、それはこの回が自分で予告している。身体へのアプローチはこれからますます進むような予感がする、と最後の一文にある。
自己受容感という語を選んでいることも、いま読むと効いてくる。自己肯定感には違和感がある、無理してポジティブになっている印象がある、と書いている。あるがままの自分を受け入れられるほうがしっくりくる、と。
同じ向きの選択を、10年後にもしている。2025年に受け取ったニュートラルは、整えることではなく、整う条件を作ることだった。10回セッションについて書いたときも、制限を欠陥として書かないという方針を立てた。理由なく硬くなる筋肉はない。制限と可能性は対で存在する。
できない自分をありのままに受け入れ、できるようになるべく前に進むこと。この回が引いたアドラーの自己受容の説明は、そのまま身体の話としても読める。
身体地図の書き換えについて、ボディスキーマとボディイメージという語で書いているが、この2語はこの後どこにも出てこない。Rolf Movementのトレーニングでは、扱っている事柄はTonic Functionの語彙に翻訳されて続いていた。語が消えて、事柄が残った例である。




