2017年1月30日(月)。シアトルの滞在最終日。Sharon Wheeler(以下Sharon)のワークショップも昨日で全4日間の日程が終わった。初日の模様については「セッション7を効率よく行うための手技として」に書いた。
初日は、クライアントを呼んでSharonがデモ(クライアント・デモ)を行い、そこで学ぶべき全ての手技を紹介(なんと、クライアント・デモが合計3時間近く!)。
午後にはパートナーを組み、学んだ内容を時間をかけて(約3時間)じっくりと練習に入るという、超実践的な進め方だった。一つ一つ丁寧に手技の紹介をしながら参加者同士でパートナーを組んで交互に練習し合うというクラス方式ではなく、全てのデモを見た後にいきなり練習する点が、2016年11月に行われたBone Workとはやり方が違っていた。
不明な点があったらSharonに聞くという、本当にSharonらしい形でクラスが進んでいったが、これは4人という少人数のクラスだったという幸運があったからだと思う。
初日は、私がセッションを受ける側。Cranio Workでは、首の下から頭頂までをチェックした後、側頭部、頭頂部を二つの拳で伸ばしていくというCranio Torqueというテクニックから始まり、濡れた砂をなぞるように顎、口、鼻、目の外側の骨をなぞっていくことで骨を調え、口と鼻の中へアプローチして、最終的にAO関節を調えて終える。
初日は、20年の経験を持つStructural Integrationの学校を卒業した参加者から受けたが、変化が強く、2日目にだるさを感じることになる。
2日目は、私がパートナーに施術する番だったが、Sharonの教え方は地に足がついており、間違えやすいところを的確に指摘してくれる。そのため、いつの間にかできるようになってくる。
2日目の後半では、頭にだるさを感じたので、だるいと感じた右側を中心にCranio TorqueをSharonから受けた。予想以上に軽く頭に触れているのだが、インパクトが強いことが、起き上がったときに感じられた。
3日目の午前は、Sharonの2人目のクライアント・デモ。1〜2日目に練習したので、何をやっているのか?が明確になった状態でのセッションだったので、どの点を工夫しているのか?何が起きているのか?がより明確になった。
3日目の午後と4日目の午前は、各2名ずつ合計4名のクライアントをそれぞれの参加者が担当。2名ずつなので、私は3日の午後は見学し、4日の午前にセッションの練習を行った。3時間近くのセッションだったため、自分のペースを守ることができた。
4日の午後は復習に充てられ、骨模型を使って細かく一つ一つの手技について説明があり、ワークショップが無事終わった。
Sharonは解剖学を使わず、簡潔な言葉を使ってワークショップを進めていくので、明日にでもすぐに使うことができるところに特徴がある。
今回のCranio Workはセッション7を補完するものだが、左右のバランスが崩れている人や、肩こりでAO関節に問題を抱えている人にとっては有用なものになると思う。ぜひ、明日以降にもセッションを再開するので、クライアントにもご提供していきたい。
2026年8月の注記
同じ講師が、内容によって教え方を変えていた。2016年11月のBone Workでは、手技を一つずつ丁寧に紹介し、そのつど参加者同士で交互に練習していた。2017年1月のCranio Workは違う。3時間近いデモで学ぶべき全ての手技を見せてしまい、そのあと午後に約3時間、いきなり練習に入る。
順序を追って積み上げるのではなく、全体を見せてから手を動かさせる。しかも解剖学はほとんど使わず、簡潔な言葉で進む。明日にでもすぐに使える形になっている。
Bone Workの記事に書いたIdaの教育——プールに飛び込ませて泳ぐか溺れるかさせる——を思い出す。あれは方法がなかったことの結果だったが、Sharonのやり方は、そこから方法を取り出したもののように見える。全体を見せる時間は確保する。少人数にする。不明な点はその場で聞ける状態にしておく。そのうえで、順序立てた説明はせずに練習させる。放り込むことと、放り込む前に何を用意するかは、別の問題だった。
同じ手順の理解が、施術中にも起きている。3日目の午前に2人目のクライアント・デモを見たとき、1〜2日目に自分の手で練習した後だったので、何が行われているのかが明確に見えた。初日のデモでは見えていなかったものが、手を動かした後に見えるようになる。見てから動かし、動かしてからもう一度見る。順序が一方向ではない。
2025年のアドバンスト・トレーニングで受け取ったTaxonomyという分類体系は、これとは逆の設計を持っている。観点の種類を先に整理し、どこから働きかけるかを選べるようにする。地図を渡してから歩かせる方法である。
どちらも必要なのだと思う。地図がなければ迷い続けるが、歩いた経験がなければ地図は読めない。2017年のシアトルで4日間、地図なしで歩いておいたことが、9年後に地図を渡されたときに効いた。



