なぜ、身体を整えると自分で判断することができるのか?〜身体を通じた潜在意識の書き換えとその意味

2015年3月にロルファーとして認定されてから2年。様々なお客さんと出会い、セッションを提供することで、身体と心との関係について学ぶことができた。

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ロルフィングは、肩こりや腰痛に対して改善効果もあるが、セッションを経るにつれて、

「他人・世間・社会がそうだから、自分もそうしようと判断・決断していた人」(ここでは自分以外の基準で物事を判断する=他人軸で判断・決断とする)

で動いていた人が、

「自分の言葉で語るようになり、自分で判断・決断していく人」(ここでは自分の基準で物事を判断する=自分軸で判断・決断とする)

へと変化していく人がいることに気づいた。

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私も、ロルフィング10回セッションをロルファーの伊藤彰典さんから受けることで(「出会い」参照)、製薬会社をやめ、世界一周をし、個人事業主として独立することを決断した。身体が整う以外の効果については予想できるのだが、セッションを提供した結果、同じように人生における重大な決断を自分でできるようになる人がいたのには、正直なところ驚いている。

体験談を覗いても、

といったエピソードを紹介している。

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なぜ、自分で判断できるようになったのだろうか?

ロルフィングで「身体を整える」ことで、

「潜在意識に影響を及ぼすことで、思考が整理され、顕在意識へ働きかける。自分の基準で決断ができるようになる」

のではないかと考えている。

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よく知られているように、人間には潜在意識と顕在意識の2つがある。

「顕在意識」は、言葉を使って物事を考えていく部分、筋道立てて物事を考える、理屈脳である。言葉で表現する、未来や過去を考えることができるのは、理屈脳があるからだ。これはこれで重要である。

一方で「潜在意識」は、身体で自分を感じることのできる、感覚の部分。直感を使う場合も含まれるが、感情も出てくるので、感情脳・直感脳といえる。

「潜在意識」は身体の感覚に関わるので、衝撃的な体験、トラウマ、両親、学校の先生、会社の同僚によって、皮膚感覚として自分の身体内に記憶として残る。自分を守るために「思い込み」という考え方によって残るのだ。

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驚くべきことに、身体の大半が潜在意識で占められるという。

ということは、どんなに言葉で表現してわかっていても、潜在意識に準備がなければ、その言葉通りに実現しないことになる。

ロルフィングは、身体を整えることで、直接潜在意識に働きかけていく。

言葉を介さずに潜在意識に働きかけるので、結果としてどのようなプロセスなのか、はっきりとはわからない(一つの説として地図の書き換えがある。「心理的、知覚的な変化〜身体地図」参照)。それでも、心のブレーキが外れ、自分で決断できるようになっていく。

私がロルフィングに興味をもって、今セッションを提供しているのは、自分で判断できるような身体に整っていくことの醍醐味を、一人でも味わっていただきたいからだ。

これからも、セッションを通じて、一人でも多くの方が自分の道を見つけられるように手助けできればと思っている。

2026年9月の注記

この回で書いていることは、いまも変わっていない。

言葉で分かっていても、身体のほうに準備がなければ動けない。だから身体から入る。その考え方は、この時点で既に形になっていた。

変わったのは、言葉のほうである。

当時は、潜在意識と顕在意識という2つで説明していた。理屈脳と感情脳・直感脳、という言い方もしている。

いまは「認識のOS」という言い方をしている。思考・感情・行動の土台となるシステムのことで、脳だけにあるのではなく、身体・神経系・筋膜のパターンとして書き込まれている。

そして、4つの層に分けて捉えるようになった。論理のOS、感覚のOS、対話のOS、視点のOS。ロルフィングが扱うのは、主に感覚のOSである。

2017年の潜在意識/顕在意識という二分が、そのまま発展してこの形になった。別のことを言っているのではない。二つに分けていたものが、四つに分かれ、それぞれが何によって磨かれるのかまで含めて整理された。

もう一つ、当時と変わったことがある。

この回では「99%」という数字を書いていた。身体の大半が潜在意識で占められる、場合によっては99%だという記述である。今回、その数字を外した。出典を確かめられなかったためだ。

大半が潜在意識である、という見立てそのものは変えていない。ただ、数字で言い切るには根拠が要る。

11年やってきて、この記事に書いた驚きは、まだ続いている。肩こりや腰痛を目的に来られた方が、10回を終える頃に、まったく別のことを決めている。何度見ても、そのプロセスは説明しきれない。

この記事を書いた人

Hidefumi Otsuka